04話 カボチャさんの本音と道しるべ
それは、昔馴染みに届け物をした帰り道のことだった。
私はある大きな町に入った。
本当ならその町に入る必要はなかった。
では何故、この町に入ったのか?
理由は単純明快。ただの気まぐれだった。
他にあるとすれば……、何となくだ。
同じに聞こえるかもしれない。けど違う。
何となく、何となくこの町に惹かれたんだ。逆を言えば、私の気を引くような何かが、今この町にあるということになる。
だから興味をひかれた。
そう。言うなれば、ただの好奇心とも言えるかもしれない。
わたしの容姿は良くも悪くも目立つ。
意識をそらすような術もなくはないけど、はっきり言って面倒だ。
そもそも、いちいち外に出るたびに術をかけるのが面倒に思える。それなら変装するのがいい。
いつもとは違う自分、と言う物はなかなかに面白い。
髪の色に髪型、目の色を変えるだけで印象と言う物は容易く変わる。
本来の目的に加えて自分が楽しめるなんて、まさに一石二鳥だ。
面倒な事に関わって顔を覚えられるのは面倒すぎる。
そんな時にも役立つ。
自分で言うのもなんだけど、私はかなり、ものぐさな方だ。
変装するのすら面倒な時だってある。
そんなときはお面を被る。少なくともとも顔を覚えられることはない。
……まあ、覚えられたところで返り討ちにするのなんて、お茶の子さいさいなんだけど。
話は変わるが私は長命種だ。
だからこそ言おう。長い命にこそ娯楽は必要だ。
娯楽と言ってもそう変なものじゃない。
要するに自身の気の向くもの、興味の向くもの、やる気の湧くもの、自分がしたいと思えることだ。
種族や個人によってそれは変わる。研究だったり波乱万丈な毎日だったり穏やかな日常だったり。
そういうものがないと……そう、つまらないんだ。
ボーっとしていたらいつの間にか何年もたっていた。そういうのは娯楽のない時によくあることだ。
別にそれが悪いわけではない。
短命種には理解されないことだけど、穏やかに回る世界をほのぼのとした気分で見ることができる。
例えるならば、日向ぼっこが一番近い。とても穏やかな気持ちになれるんだ。
けれどそればかりではいくら何でも味気がない。せっかく生きているのだから他の楽しみを持ったって良いじゃないか。
後天的に長命になったものはそれがかなり深刻だったりする。
もともと長命の命じゃないんだ。長い命に耐えられなくなるものが出てくる。特に吸血種の眷属になったものなんて良い例だ。
だからこそ、娯楽は必要だ。
元々長命種の存在は長い命のために自殺をする、なんてことはしない。
別に、長い命に耐えられないわけではないから、そもそも苦痛ではない。短命種とは時間に対する価値観が違う。
けれど、娯楽がなければ長い命でもそれは薄い、つまらないものになる。
生来の長命種ですらつまらないと思う。
長くて薄い命と短くても厚い命。どちらが良いのか。
つまらないよりは楽しい方が良い。どうせ長い命なんだから、薄くてつまらない命より厚くて面白い命の方が良い。
それが長命種の見解だ。
何を言いたいのかと言うと、何となく惹かれる方へ歩いてみると誰かが逃げている気配や声が聞こえたんだ。
私は悟った。きっとこれを助けるべきなのだろうと。この二人に惹かれたのだろうと。
そして思った。
助けには入るけど、面白そうだからもうちょっと様子見をしよう、と。
そこらの倒錯した変な趣味の輩と一緒にしないでほしい。
私はきちんと状況を見て、この二人なら私がいなくてもきちんと逃げ切れる、二人も別にそこまで悲壮な感じがしないとわかったからだ。
そうでないのであれば、自分の私情なぞ置いといてすぐに助けていたさ。
別に他人の不幸を楽しむ趣味なんてありはしない。ただ単に、どうやってこの状況を切り抜けるのか興味が湧いただけなのだ。
今回はただの気まぐれで様子見をした。気まぐれが起きなければすぐに助けていた。
良くも悪くも私は気に入らないモノは気に入らない。自分の感情に正直だったりする。
けど今、少し後悔していたりする。
先日、私の親友であり弟子であり師である存在から、ハロウィンなるものを教えられた。
その中には「ジャック・オー・ランタン」についてもあった。当然その伝承についてもだ。
面白そうだったのでカボチャ頭とそれにあうマントを作った。そしてたくさん入る特殊な袋に入れていた。
様子見をしていた私もムカついてきたので、そろそろ助けようとした時に偶然それを作ったのを思い出した。
ちょうど良いとばかりにそれを着て、自分が想像したジャック像をやってみた。
哀れだけども、安住の地を求める陽気でおかしな道化。
……の、はずだったんだけど。
うにゃぁぁぁああああああああああ!!!
予想以上に変なことをして焦っていたとは言え気まずい沈黙を破るためにしたことがぁぁぁああああああ。
「ヤッフゥゥゥゥ」って何ですか!? なんか似合っていたけど恥ずかしいですよ! なーんーでーあーんーなーこーとーをおおおおおおお。
おかげでさっきから顔が真っ赤で、脱ぐことができないですよ!
恥ずかしーよーーーーーー!!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジャックさん、大丈夫ですか?」
「はっ。大丈夫大丈夫。のーぷろぶれむ」
カボチャさんことジャックさんは頭を抱えていたけど、別に問題はないみたいだ。
今、僕たちはジャックさんと一緒に表通りに向かって歩いている。
時々カボチャさんが屋根の上まで跳んで方向を確認してくれている。
僕たちを屋根の上まで運んで、屋根伝いに表通りを目指すという手もあるけど、落ちたら危ないしそんなことしたらすごい目立つし。
何より、ジャックさんにそれだと簡単すぎてつまらないと言われてしまった。
「見知らぬ土地で迷子になるも旅の醍醐味」だそうだ。
「ジャックさんって旅人なんですか?」
「うん。気まぐれだけどね」
ならちょっと聞いてみるのもいいかもしれない。
「ジャックさんは高名で隠居してるけどすごい力を持った叡智にあふれる魔術師って知りませんか」
「……ずいぶんと難しい注文だな……」
僕もそう思ってしまった。
「ん~、『魔王』ならともかくなぁ~」
ま、魔王!? 何でそんなのが出てくるんですか!?
「あ、『魔王』と言っても『いと賢き魔導の王』と言う意味の『魔王』の方だけど。それなら世俗に嫌気がさしたりして隠居組もいるけどなぁ~」
ちょっとびっくりしちゃったじゃないか。
そういえば魔導王も魔王って呼ぶんだっけ。
ソラは何が何やらよく分かっていないようで、ちんぷんかんぷんと言う表情をしてる。
それにしても何やらジャックさんは意外と詳しそう。助けてくれたばかりじゃなく質問にも答えてくれる。それに良い人と見せかけているんじゃない。本当にいい人なんだ。
こんな良い人だったら、あんな無茶な注文の魔術師を探す理由を話したい。
事情を話さずにただ聞くだけっていうのはあまりにも好意に甘えすぎてる。
けど、仕方ないんだ。
話したところで、大抵明日になれば忘れてしまっている。
それに仕方ないのには、あんな無茶な注文に隠居ってあったのにも関係してくる。
体質とは言っているけど実はまだ、ただの体質なのか呪いなのかすら未だにわからない。
そして今までの旅の成果はただ一つだけ。
僕たちのような症状の存在は一人としていないということだ。
つまり他に類を見ない、珍しい、と言うことだ。
それがどういうことになるのか。
魔術師の機関や研究組織や学院と言う物はある。なら何故そこに行かないのか。
簡単だ。行けば碌なことにならないのが目に見えているからだ。
たった二人しか症例のないよく分からない何か。
世の中には「珍しい」と言うことにことさらこだわる人たちがいる。所謂希少価値でありそれを集めて悦に浸るものがいる。
中にはそれを「知りたい」っていう人たちもいる。同族だろうとお構いなしに、解剖して、これは神秘を知るために必要な事なんだって頭のおかしなことを言うんだ。
世のすべての存在がそんな存在だとは思っていない。
けど存在しないわけじゃない。
だから、そういう碌なことになる可能性の少ない、隠居したような魔術師を探しているんだ。
魔術師に限らず、隠居しているのには大雑把に二つに分けられる。
一つ目は自分の意思で選んだ者。
二つ目は追い出されて住処を失った者だ。
どっちにしても表舞台で華々しく活躍している人たちより、碌な結果にならないような欲望は少ないと思った。
特に二つ目は痛みを知っている人たちだ。
ならまだ可能性はあると踏んだんだ。
もしも、碌なことにならない人たちに目を付けられたとき、僕たちに関わった人たちはどうなってしまうのか。それが怖い。
ジャックさんはとても優しい。ジャックさんがもしそれを知ったらきっと、僕たちを助けると思う。
もしかしたら僕の思い過ごしかもしれない。自意識過剰なのかもしれない。
よく考えたら、ただ忘れるだけなんだ。そんなものに狂的な興味を持つ存在なんているわけないじゃないか。
だからこれは僕の、いや僕たちのわがままなんだ。
そういった機関とかに行こうとすると、何故か胸騒ぎがするんだ。不安になって何か恐ろしい結果がまっているような気がしてしまう。
僕だけならまだしも、ソラもそうなんだ。どれだけ忘れても、胸騒ぎがすることには変わりがなかった。
「大丈夫?」
くぐもったその声に顔を上げた。どうやら俯いて考え込んでしまったみたいだ。
隣ではソラも心配そうな顔をしている。
ソラにはそんな顔をしてほしくないのに、僕は何をしているんだ。
「ごめん。ちょっと考えごとしてて。大丈夫だよ」
「ほんとに?」
ちょっ、近い!? ソラが顔を近づけて聞いてくるんだけど、近すぎだよっ。
ソラってすごくかわいいから、そんなに顔を近づけたら……その、困る! と言うか恥ずかしい!
「ほんとに大丈夫だから! ああそうだ、話を聞き逃してました!」
「くっくっく。大丈夫だってよ?」
「むぅ~。ルナ、無理しないでね?」
わかったわかったと僕は生返事で言う。
と言うかその上目遣いは反則だと思う。
「ぷぷぷっ。ああ、それで何だったっけ?」
「魔術師についてだよ!」
安心したのかソラが元気よく答えた。
「そうそう、魔術師だ。ここから北東の方にいくつも山を越えるとエトワールという街がある。活気のある街で、近くに迷宮や迷宮都市があって、優秀な者たちが多い。ちょっと遠いけど、魔術師や騎士を目指す者を対象とした学院のある都市に此処よりは近い。あそこならハズレも多いかもしれないけど、期待できるでしょう」
「ほんとですか! ありがとございます」
「ありがと!」
「どういたしまして。まあ、期待しているのがいない可能性もあるけどね。あと、あそこで自分たちを鍛えてみるのも良いかもよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジャックさん、色々とありがとうございます」
ようやく表通りまでたどり着いた。
実を言うと、何回かジャックさんが道を間違えているけどそこは何も言わない。
というより、何か言う前に一人で落ち込んでいたし。
「ジャック、ありがと!」
「どういたしまして。では気を付けてね。ここからエトワールまで、かなり厳しい道があるから道もきちんと調べるようにね?」
「はい」
「うん」
ジャックさんはここでもうお別れ。
目立つから無理って言うから、脱げばいいのではって僕は言った。そしたら着た意味がないって返されてしまった。
これ以上好意に甘えるのは良くないと思ったから、それ以上は何も言わなかった。
そしてついに、偶然出会った、優しいジャックさんと別れた。
かなり遠くなるまで、僕とソラは何度も振り向いた。
二人が完全に人ごみに消えた後。
薄暗い路地裏で呟かれた言葉を聞く者は、誰もいなかった。
「汝らが健やかであることを、私は願うよ」