02話 天が呼ぶ! 地が呼ぶ! カボチャが呼ぶ! そして私参上!
「待ぁぁぁぁてやこらぁああああああ!」
石造りの路地裏にだみ声が響いた。
スキンヘッドの人相の悪いおじさんが追いかけてくる。その後ろには数人のこれまた人相が悪い人たちがいる。
中には走りながらナイフを舐めているツワモノもいるよ。
……危ないよね?
「ぎゃぁあああ! いってええええええ!?」
「うわっ!?」
噂をすれば何とやら。その人は足を絡ませて転んでしまった。
近くにいた人達はそれに巻き込まれてしまう。
おかげでと言うべきか、追ってくる人は減ったけど。
ご愁傷様です。
「てめぇら何してやがる! あのガキどもをさっさと捕まえろ!」
先頭を走るリーダーっぽいスキンヘッドなおじさんが叫ぶ。
けど壁や地面に体を打ち付けた人たちはなかなか起き上がれず、どんどんと僕たちから離れていく。
僕はつないだ手の持ち主である、ソラに大丈夫か声をかけた。
「大丈夫だよ!」
ソラはほとんど僕と同じ速度で走る。別に僕が遅いわけじゃない。単純に僕たちが速いだけだ。
だからまだ子供の僕たちが、こういうことに手馴れてそうな雰囲気のするあの人たちから、今だに逃げていられるんだ。
手をつないでいるのは単純にはぐれたりしないためだ。
はぁはぁはぁ。
でも、さすがにそろそろ疲れが出始めたかもしれない。もうどれくらいこんな風に走っているんだろう?
いったいどうしてこんなことになったんだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わあぁ! おっきいね~」
ようやくたどり着いた町の門と壁を見たソラの言葉だった。
今はちょうど昼ごろの時間だった。嬉しいことに今日の昼食は町で食べられるんだ。だって……そろそろ干し肉は飽きてきたんだよ。
僕たちは旅をしながら狩りもしている。僕とソラはどっちも身軽だしちょっと強いし、付け焼刃だけどなぜか魔術が使える。
何で使えるのかはわからないけど、たぶん忘れてしまった記憶の中にそれはあると思う。
ともかく下手なことをしないで獲物を見極めれば、狩りが失敗することはない。肉は適当に自分たちで干し肉もどきを作ったりして、毛皮や新鮮であれば肉や薬草を売る。
そのお金で保存のきくものを買ったり貯めているんだ。
ほんとはあまり町に近づきたくない。と言うよりあんまり他の人に会いたくない。けど旅をしている理由や、食糧のことを考えるとそういうわけにもいかなかいんだ。
この町で何か良い情報が見つかると良いんだけど……。
「はいお嬢さん、クルトの町にようこそ」
門の前にいる警備の兵がにこやかに言う。
ソラが通行料を渡したいって言うからお金を渡したんだけど、彼女の無邪気さに少し年配の兵は優しく声をかけてくれた。
お金はまけてくれなかったけど。
「それで、これからどうするの?」
ソラは町に入ってからも物珍しさからあたりをきょろきょろしている。ひとまず落ち着いてから次の予定を聞いてきた。
「うん、とりあえずご飯を食べに行こう」
「ごはんっ!」
目を輝かせて声量が上がる。
ソラって別に大食漢っていうわけじゃないんだけど、料理には並々ならぬ情熱があるんだよね。
適当な物でもきちんと食べるし、美味しいって言うけど。
はッ!? まさか普段、適当なものばっかり食べている反動とかじゃないよね?
「ルナ! 早く行こっ」
「わかったからそんな引っ張らないで」
ソラは僕のことをルナって呼ぶ。アッシュって呼んでって言ったと思うんだけど……、うん言ってないね。あくまでアッシュで良いよ、だったね。
ルナって名前で呼ばれるのはあんまり好きじゃないんだ。嫌いってわけではないんだけどさ、ちょっとね。
引っ張らないでって言ったのに、ソラは僕の手を握って表情を明るく輝かせて、辺りをきょろきょろと見ている。
どう見てもご飯食べれるところを探しているね。
でも一つ問題があった。
「ねぇねぇルナ。食堂ってどこ?」
僕も知らないよ。
ここ、始めてきた町だし。
「ご飯の前にちょっと毛皮を売りに商会に行くよ。商人なら美味しい店も知っているだろうしね」
「ぶぅ~」
お預けを食らったのが気に入らないのか彼女はちょっと拗ねちゃった。
けど、おいしい店と言う言葉が頭に染み渡ったのか、すぐに機嫌を取り戻してさっきまでの様に僕の手を引いてくる。
何か……ぶんぶんとぶん回されている尻尾が見えそう。
「はやくっはやくっ」
「待ってってば。それに君は商会の場所知らないでしょ。何処に向かうってのさ」
「あ……、あう~」
さすがに自分がはしゃぎ過ぎていることに気が付いたのか、ソラは顔を赤らめて伏せてしまった。
まあ僕も知らないけど。でもそこら辺の人に聞けばいいだけだから大した苦でもないけど。
よく考えてみればさっきの警備の兵の人に聞けばよかったよね? 昼食にしても。
そんな感じで周りへの意識が減ったからだろうか。それともこれから商会に持っていく毛皮の質と処理がかなり良くできて、ちょっと自画自賛するくらいには浮かれていたからだろうか。
ドンッ。
「いてぇな、おい?」
ガラも態度も悪そうな強面の人にぶつかってしまった。
かなり面倒事になりそうな予感がひしひしとしてくる。
強面そうに見えてその実、驚くくらい誠実で優しい人であることを期待するのは……。
「あ、すみません」
「ああ゛?」
無理だよね。うん、分かってたよ、その目を見れば一目瞭然だもん。
他者を見下して恐喝して踏みにじることに慣れて、当然とも言わんばかりのその目つき。
うん、僕は分かっていたさ。
「おいおい、いてぇーじゃねーかよ。ぶつかっといてそれはねぇんじゃねえのか? おい!」
大声で恐喝すればどうにでもなると考えているのか。
その顔は怒っているように見せているけど、その目は誤魔化しきれていない。
それに目だけじゃない。口元だってどこか嘲笑の形をしている。
身が竦んでしまったのはほんの一瞬だけ。不安そうな顔で手を握ってくるソラに握り返して安心させる。
目の前の人の恐喝を聞き逃していると、最後の言葉を言ってきた。
「有り金さっさと全部よこせや!」
……盗賊って、真昼間の町中でも出るんだね。
と言うか、いつの間にそんな話になったんだろう。
少し聞き逃しただけで話がここまで跳躍するって、違う意味ですごいよね。
そもそも、こんなとこでこんな行動に出るだなんてこの人、頭大丈夫かな。それともこの街って治安が悪いのかな?
さっきの兵は良い人だったけど……。
そう思って周りを見てみると、近くにいる人たちはひそひそ話をしていた。
「おい、またあいつかよ」「あんな子供まで脅すなんて……」と、そんな感じの言葉が聞こえたよ。
「ちっ。おい、何とか言えよ。謝るってんならさっさと誠意見せろや!」
「アァ、ハイハイ。スミマセンデシタネ、デハサヨウナラ」
自分でもびっくりするくらい、いい加減で棒読みな言葉だった。ちなみにデシタネとデハの間にはほとんど間がなかった。
僕は言い終わらないうちに、すでに後ろを振り向いてソラの手を引っ張って逃げた。
「なっ!?」
後ろからそんな声が聞こえたけど気にしない。
ああいう輩はどうせ追いかけてきたりするんだから。
まあ、どうやら町の人たちにも問題になっているみたいだから、騒ぎが起きれば巡回兵や警備の人が気付いてどうにかなるよね。
と言うか有り金全部って渡すわけないじゃないか。話にならないよ。
話をするだけ無駄だから、逃げるの一択は正解だったと思う。
――結論
少なくとも今日に限っては、あんまり正しくなかったかも。
だって、まだ昼食食べてないんだもん。
お腹すいたよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、はぁ。へへっ、残念だったなぁ。こんな袋小路に追い詰められりゃあ、もう逃げられないぜ?」
強面スキンヘッドの男には、どうやら手下の人たちがいたみたいだ。
途中から増えてきたのもふりきれなかった原因の一つだ。
僕たちは今、あの男が言ったように袋小路を背にして四人にまで減った追跡者と相対している。
最初は十人ぐらいだったのを考えると運が良いかな。
これくらいなら目くらましに魔術を使えば逃げられる。
だけどこれ以上逃げるのには一つほど問題があった。
――ぐぎゅる~
お腹、空いたよ。
特にソラの走る速度がこれ以上落ちたら、かつぐことも視野に入れないといけない。
一応逃げる方法はあるし、今までの様子からして強さを含めても十分に勝算はある。たぶん問題ないだろう。
そうして、はぐれた人たちが来ないうちにもさっさと行動に移ろうとしていたら、冷静さがなくなりかけることを言われた。
「へっ、それにしてもそっちの嬢ちゃんは珍しい髪してんな。こんなにも迷惑かけたんだから追加の金貰ってもいいよなぁ?」
袋小路に追い詰めたのに気を良くしたのか、饒舌そうにわめいている。
「こりゃ好事家が喜びそうだぜ。よく見りゃあ、どっちも顔はかなり整っているみてだしな。おい、おめぇら! どうやらしばらく金に困らねえかもしれないぜ!」
ぎりッ。
「そっちの坊主もですかい? アニキ、そんな変態野郎に心当たりなんかあるんですかい。へへっ」
「しまったな、なかったぜ! まあそこいらの闇奴隷商にでもうっぱらうか? どっちにしろ大金が手に入るぜ! げははははははは」
「ぎゃはははは!」
ぎりッ!
げらげらと不快な言葉を続けている。
あまりにも不快すぎて、何を言っているのかほとんど理解していなさそうなソラを安心させようとしている手を、思いっきり握りしめてしまいそうでかなり苦労した。
けど何も握っていないもう片方の手はそういうわけにもいかなかった。あらんかぎりの力でこぶしを握っている。
ソラになんてことを言うんだッ!
ほんとは目隠しのつもりだったけど、あまりの怒りに目潰しにしようかと僕は平然と考えてしまった。
四人程度なら大丈夫だ。一番最初にあの不快なスキンヘッドを倒せば十分に混乱するだろう。
僕がそう考え、一歩足を踏み出そうとしたその時。
「――そこの生ゴミ四つ。さっさと失せないと、犬も食わん合い挽き肉にするぞ」
頭上から、屋根の上から、どこかくぐもった声が冷酷に告げた。
声のした方を見上げるとそこには黒い影が見えた。
そして黒い影は高らかに謳う。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! カボチャが呼ぶ!」
影は屋根から落ちてきて、僕とソラを庇う様に背を向ける。
さっきまでは見えなかったその黒い影の正体に僕とソラは口が開かなかった。
そこには――
「――そして私参上!」
マントを羽織り。
頭をすっぽりと覆う、目と鼻と口の穴を開けたカボチャを被る存在がいた。
中の人は誰でしょうねぇ~。