01話 灰被りの月と藤色の空
わたしは目の前にいる男の子に誰なのか尋た。
その少年は見たことのない人だったの。
見た目、少年はわたしと同じくらいの年齢みたい。
ちょっと女の子みたいな顔をしているけど、仕草からすると男の子みたい。
座っているからだいたいだけど、背はわたしと同じくらいかな?
さっきまでわたしのことを心配そうに見ていたのに、今度は顔を歪めて苦しそうに、辛そうに、悲しそうにしている。
知らない人だけど、見ているこっちが苦しくなりそう。
だから心配になって、大丈夫なのって声をかけたんだけど……
「……大丈夫、だよ。気にしないで」
そう言っていたけど、とてもそうには見えないよ。
「無理、しないで。さっきからとても辛そうな顔をしているよ?」
「……やっぱり、何度でも君は優しいんだね」
――え?
少年は下を向いて寂しそうに、同時にどこか嬉しそうな顔をしていた。
でも、初めて会ったのに「何度でも」って、どういうこと?
「君にとってはそうなんだね……」
「わたしにとっては」って、あれ? そういえば昨日何をしていたんだっけ。彼のことだけじゃなくて昨日のことも思い出せない?
まあ、今はいいや。
そんなことより、彼は本当はもっと明るいんだと思う。もっと表情がころころ変わる気がする。そんな感じがするの。それにその方が似合うと思う。
なのに、さっきからずっとさみしそうな顔をしている。
もっと笑顔になってほしいよ。
わたしがそう言うと、一瞬呆けた後にはっとして、ちょっとぎこちない笑みを浮かべてお礼を言ってきた。
……ぎこちなさすぎるよ?
「ねえ、もしかして……わたしのこと知っているの?」
「……うん」
そう言って、わたしの目を真っ直ぐ見て教えてくれたの。
そして――わたしは後悔した。
この優しそうな少年に、なんてことをしてまったんだろうって。
わたしと少年は一緒に旅をしていたんだって。
それは同じで違う共通点があったから。そのために、探していたの。
『忘れる』
それが、わたしと彼の共通点。
――わたしは目が覚めると昨日の記憶を忘れている。
――彼は目が覚めると昨日の記憶を忘れられる。
わたしは自分の記憶の大半を忘れて。
彼は自分に関することを『他者』が忘れる。
そんな呪いのような体質なんだって。
全部を忘れるわけじゃない。
けどわたしは、それを教えてくれた少年に関しては、毎日必ず忘れているみたい。
ただでさえ昨日のことを忘れる体質なのに、そこに昨日の自分に関しての記憶を忘れられる体質の少年が合わされば、あとはもう想像に難くないよね。
いつもわたしは少年のことを忘れた。
そしていつも「あなたはだぁれ?」って。
さすがにわかるよ。彼はその言葉を言われるのが嫌なんだ。
だから、さっきみたいな表情をしたんだと思う。それも、いつも毎日。
「気にしないで」って弱弱しく言う少年の顔を見たら体が勝手に動いちゃった。
わたしは……思いっきり抱きしめたの。そしてごめんねって。そうするのが自然だって、体が勝手に。
後で思い返してみるとすごく恥ずかしい……。
少年はあわあわ取り乱したけど、少し元気になったから良いよね?
わたし達はこ『忘れる』体質をどうにかするために、何か情報を得るために旅をしているらしいの。
当事者のわたしが「らしい」って言うのは、やっぱり忘れるから。
けど何度聞かれても、わたしは同じ答えを出すよ。この体質のことを知ったからには絶対にどうにかしたい。
わたしは覚えていないけど、「忘れる」のも「忘れられる」のもきっと辛い。
もう、あんな泣きそうな顔はしてほしくないよ。
「わたし達っていつから一緒に?」
「……実は、わからないんだ」
「え?」
わからないってどういうこと?
『忘れられる』のは貴方であって、『忘れる』のはわたしって言ったよね?
「わからないんだ。何故か、覚えていないんだ。記憶を思い返してみると、君と一緒に手がかりを探して旅をしているんだ。それより前の記憶は……思い出せない」
旅を始める前の記憶が無い。
まるで、存在しないかのように。切り取られたかのように。
いったい、どういうことなの?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もぐもぐ。もぐもぐもぐもぐもぐ。ごっくん。
がさがさ。ぱくり。もきゅもきゅ。もきゅもきゅもきゅ。ごっくん。
さぁて、何の音でしょーか?
1、もぐもぐ
2、もきゅもきゅ
3、ぴーーーーーー
はい、正解は干し肉を食べているだよー。
え? 選択肢はどうしたって?
ふっふっふー。引っかかりましたね~?
1、2、3と言ったけど、その中から選んでとは言っていないよ~。
え? 最後の三番は何かって?
ごめん。思いつかなかったの。一番と二番も似たような気もするけど。
え? 何でそんなことを言っているって?
……だって。
だってだってだって! 気まずいんだもんっ!
少年は少し元気を取り戻したみたいだけど、まだちょっと落ち込んでたし。
「これはわたしが引っ張っていかないとダメだよねっ!」って思うんだけど……うぅ、やっぱり気まずいよぉ……くすん。
なにか……そう、何か話しかける切っ掛けがあれば、彼にも元気を分け与えられるように引っ張ることが出来るはずなのっ。むんっ。
それで今は、彼の名前を聞こうとしたら、そのぉ……お腹が鳴っちゃって。とりあえず身支度をしてご飯を食べているの。
それにしてもきゅもきゅ、ちょっともきゅもきゅ塩気が薄いもきゅもきゅ気がするの。このもしにきゅ。
彼はもう食べ終わったみたいだけど、さっきまでのような辛い感じはだいたいなくなったの。でも、また明日になれば今日と同じことになるんだよね。
「ごめんね……」
あれ、何処からか声が。
少年は何故かわたしを見てる。もしかして……?
「わたし……が言ったの?」
「え? そこから!?」
うん。
ツッコミを入れてくれたから、私のことはともかく、少しは元気が出たみたい。
わたしが食べ終わると少しお話をした。今日はクルトっていう大きな町を目指すみたい。というか今日も? ここ数日はこの森を通っていたんだって。
ちなみに覚えているだけでも、わたし達は一年以上も旅をしているらしい。
話をして分かったことだけど、やっぱりこの少年は表情がころころ変わる。
ちょっとのことで喜んだり落ち込んだり、まるで可愛らしい子犬みたい。そう言ったら、雨にぬれる子犬みたいになりそうだから言わないけどねー。
うっふっふー♪
そうこうしているうちにそろそろ出発するみたい。
だけど大事なことを忘れてた。
「ねえ」
「ん? どうしたの?」
「あなたの名前。教えて?」
そして先にわたしの名前を名乗った。名前は簡単にするりと出てきたの。
彼はすでに知っているだろうけど、何となく言いたい気分なの。
まるで、名前だけは忘れたくないみたいに。
「わたしはソラ。ソラ・ウィスタリア。ソラって呼んでね」
少し恥ずかしくて、「えへへ」って笑っちゃった。
きっと、こんな会話を何度も繰り返してきたんだろうね。いつかきちんと名前を憶えて呼びたいなぁ。
彼は少し笑って、ちょっとはねた灰色の髪をぴょこぴょこ揺らす。
そして何度目になるかわからない言葉を、また言うの。
「――僕はルナ・アッシュカバード。アッシュでいいよ」
「アッシュでいいよ」っていう所で妙に声に力がこもっていたけど。
それも、ちょっと可愛いくらいにむきになった感じで。
ふふっ、かわいいね。
けど、「アッシュ」より「ルナ」の方が良いなぁ。
――願わくば、彼の事を忘れない日が来ることを……
実はルナの名前、アッシュカバードしか考えていませんでしたよ。これ書いてる途中で残りを考えました。たはは。
ルナにしたのは、ソラは単純に空のつもりだったので、何となく月にしてみようかなーみたいなノリで行きました。まじです。