18話 調律者
中心に噴水が設置された大きな広場には色々な人がいた。
男の人も女の人も――よく分からない人も。子供から大人、杖をつく腰の曲がった老人もいる。親子連れや友達、冒険者仲間など組み合わせも様々。
人間や、小人族より少し大きいくらいの身長で筋肉質なドワーフ、獣の尻尾や耳が生えた半獣などとその種族も多々。
邪魔にならないところには、石畳の上に敷物を引いた露店や、馬車をそのまま移動式の店として改造した店を開く、商魂逞しい人たちもいた。
かくいう僕もそんな店の一つから、少し奮発して、この辺では珍しい果物から搾ったという飲み物を二つ買い、両手に持って噴水近くのベンチを目指す。容器は後で返さないといけないけど。
「あっ、ルナー。こっちこっちー」
いつもの元気な声がした方を向くと、幾つもあるベンチの内の一つに座っていたソラが立ち上がり、大きく手を振っているのが見えた。
近くにいた人の幾人かはちらりと視線を向けて、すぐに元に戻る。何か、やたらと温かい視線が多かったけど。そんな人たちは二人組の男女が多かった。
こんな人がたくさんいるところだと、なんか、ちょっと恥ずかしいね。
ソラ……良い笑顔だけど、恥ずかしいからもうちょっと落ち着いて……。よく分からないけど周りの視線が……っ。
「はい、これ。ここら辺だと珍しい果物を搾ったやつだって」
「へぇ、そうなんだ。ありがと!」
その笑顔に、くらりといきかける僕。
そんなことには気づかずに、無邪気な笑みを浮かべたまま僕の手からジュースを受け取るソラ。
ここはアイリアンさんの住む森に来る前に立ち寄った、ティアさんがいた街。
〈深き森の魔王〉の住む森を抜けた南側。
エトワールに僕とソラはいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕とソラの『忘れる』という呪いのような体質について報告があると言われたのは、数日前のことだった。
「分かったんですか!」
アイリアンさんの言葉に僕は声を上げる。
しかし、一つ首肯すると、アイリアンさんは神妙な顔になる。
「そのまえに――ひとつ、謝っておく」
「え?」
「謝るって、どうしたの?」
謝るって、一体何を……?
「実はな。最初からおおよその見当はついていたのだ。特に、『原因』の方には」
「な……」
その言葉に、一瞬呼吸さえ止まる。
「さ、最初……から……? そ、それにっ、原因って……?」
同じ言葉を繰り返すことしかできない。
そんな僕の代わりに、ソラがアイリアンさんに聞いた。
「ねえ、リア。それは……どういう事、なの? 最初から分かっていたのなら、わざわざ『調べる』必要もなかったんじゃないの?」
「……ああ、汝の言う通り、確かに見当はついていた。だが、それはあくまでおおよその見当だ、それも表面的な。――『何が原因』で『どんなことが起きている』のかは、たしかに、汝らを"視て"汝らの話を聞けばすぐに予想はついた……何度も言うが、おおよそで大雑把だがな」
だが、と人差し指を上げて続ける。
「確実なことも、より詳しいことも、まだあの時は分かっていなかったが……問題は、だ。そもそも『何故そのような事態になってしまっている』のかということで、これが最も重要な事なのだ。何せ、汝らの身に起きていることの『原因』が、下手をすればとんでもないモノ故にな」
それ故に何も言わずに調べることにしたのだ、とアイリアンさんはそこで一旦締め括り、紅茶を一口。
僕たちの【忘れる】という呪いのような体質を起こす、直接的な『原因』はすぐに予想がついた。
けれど、根本的な所までは分からない。何故そんなものを背負う様になったのか分からない。ということらしい。
病気に例えるとすると。
病気を引き起こす病原菌の名前と、引き起こされる症状の主要なものまでは分かった。
けれど、そもそも何でそんな病気に罹ったのかが分からない。しかもその病原菌は、実はとんでもないものだった。
という感じかな。
「まあ……結局、そっちの方は碌に分からなかったのだけれど」
まるで自嘲するような声音だった。
意気込んでおいてその結果がこれとは恥ずかしいな、と。
「根本的な原因は結局、分からず仕舞い、ということですか?」
「うん、そうだ。本当に、すまないな。その代わりと言っては何だが、直接的な原因と汝らの身に何が起きているのか、そちらは詳しく分かった」
「は、はいっ……」
「うん……」
待ちに待った、とは言わないけれど、今までずっと探し求めていたモノだ。
僕とソラは緊張のあまり、体が震えてしまう。
僕なんか、声が少し裏返ってしまったくらいだ。
こんな時に声が裏返るなんて……恥ずかしぃ……っ。
というかアイリアンさん、なに笑ってるのさっ!
「くくっ……す、すまな……い」
謝ってはいるけど笑いを堪えたままだし。
いちいち僕が反応するたびに、逆効果になっていく。
顔が熱いなぁ! もぉっ!
「くくっ。まあ、なんだ……少しは気が抜けたかな?」
「えっ? え、あ……ありがとう、ございます……」
アイリアンさんはまだ口元が少しにやついたまま。
けれど彼女の言う通り、気が抜けたからか、緊張感が無くなって震えは治まっていた。
ついでに全然口につけていない紅茶を飲むように勧めてくる。
心が落ち着く香りの紅茶らしい。
「あっ……」
隣から、ソラが思わず小さく声を上げたのが聞こえた。
胸がスッと、そして頭から余計なことが消えて澄んでいくような。
思考が落ち着いて心に余裕が出てくる。
そんな香りだった。
「どうかな? 新しく育てた茶樹から摘んだものなのだが」
「はい。香りだけですごい落ち着きます」
カップの中の紅茶をしげしげと眺めながら答えた。
アイリアンさんはこの森で畑を作っている。
その多くが本人の趣味なのか何なのか、家から少し離れた森の中に、隠れる様に作られていた。本人曰く、家庭菜園の域は出ない程度の規模だとか。
野菜や果樹や薬草なども見かけるけど、茶の木も育てている。
というか薬草以外のほとんどが、昔、気が向いて作ったものを何となく続けているだけらしい。ただし茶の木については別。
まあ、本人の言葉をそのまま言えば、完全なる『趣味』らしい。なんか、できた茶葉は友達にも分けてるっぽい。
僕とソラが落ち着いてきたのを見計らい、さっきまでとは打って変わって、アイリアンさんは神妙な顔をして口を開いた。
「では、落ち着いたところで……の前に――今度は一つ、約束してほしい」
約束?
もしかして、何かヤバいことになっちゃった?
「これから話すことの中には、世間一般には知られていない知識が含まれる。世間一般どころか、高名な魔術師だろうが何処ぞの国王だろうが、果ては下手な魔王ですら知らないような内容も含む。故に、できるだけ口外しないと、ここに約束してほしい。汝らの身の安全の為でもあるんだ」
「ま、『魔王』ですら? それはいわゆる、最高位の魔術師である魔導王たちでさえもってことですか……?」
「ああ、そうだ」
やっぱり、何か大変なことになっちゃったみたい。
だって、魔導王でさえ知らない者もいる、そんな知識だなんて……。いや、いくら"いと賢き"なんて言われる魔導王だからって、何でも知っているとは思わない……けど、ねぇ。
アイリアンさん曰く。
どんなものであれ、"力"というものは本人の意思に関わらず、時として災いを呼び寄せてしまうことがある。
それは"知識"も同様。というより知識も立派な『力』の一つだ。
知識もまた、時として災いを招く。
知らない方が良いことや知ってはいけないこと、それらを知ってしまったら、知ってしまったことを知られたら、最悪死んでしまうかもしれない。
それも今回は魔王でさえ知らない者もいる、この世界の理に近い知識。そんな知識を求めて、どんな非道な事でもする人たちがいるらしい。
アイリアンさんは〈深き森の魔王〉という王号を持つ【魔王】だ。
彼女は優しい。最近、実は過保護気味なんじゃないかって思うくらいには。とても。
でも、他の魔王もみんなそうとは限らない。というかそれは無い。
広い世界のどこかには『悪しき魔王』だっている。そうでなくとも、アイリアンさん以上にお人よしな魔王なんて、そういないだろう。
みんながみんな、アイリアンさんのように助けてくれるわけじゃない。
「それにしても汝ら、ほんとに運が言いというか勘が良いというかなあ。……………………下手したら解剖されていたかもしれないというのに」
え? なに?
後半の言葉はぼそぼそと、とても小さくてよく聞き取れなかった。
けど、かなり不穏な内容だったことには気付いた。
アイリアンさんはテーブルに肘をつき組んだ両手に顎を乗せ、その切れ長な金色の目で、僕とソラを真っ直ぐに見つめる。その瞳は、神秘的に淡く光っているように見えた。
黎明に輝く星のような目に惹かれる僕の耳に、重々しく、けれど囁くような声が届く。
「――この世界には【ユガミ】と呼ばれるモノが存在する」




