5
翌朝。ベッドではなく、よじれたラグの上で目をさました私は、まずお腹をなでた。なんのふくらみもない。
夢を、みたのだろうか。
舌にまだ生生しい感触がのこっている。
寝起きでぼんやりしながら、ずいぶんと静かだなと思う。
テレビの音や、彼が誰かと電話で話す声。いつもなら聞こえているはずの、それらが聞こえない。人の気配もしない。
もしかして、私をおいて彼は出ていってしまったのではないか。
とうとつに不安がこみあげてきて、私は家中、彼の名前をよびながらさがした。
携帯電話、財布、スニーカー。部屋にはさまざまな物が残っているのに、彼だけがどこにもいない。2Kのせまい間取にかくれる場所などないはずなのに。
途方にくれて、台所に立ちつくす。
コンロの脇の、おきっぱなしのからっぽの瓶が目にとまった。
そう私はゆうべ、母におそわったおまじないを彼にかけたのだ。そして――
くるくると思考がまわり、めまいがした。
ひどくのどが渇いてきて、コップで水をくむ。一息に飲み干すと、口内になれた感触をおぼえた。
さりりと口の中にふれるもの。
わたしは、いつものようにうろこを吐きだした。
みなれた白藍のうろこ。
そしてもう一枚、黒緑のうろこ。
そのうろこにみおぼえがあった。あれは夢じゃなかった。彼は出ていったんじゃなかった。
わたしは、ぎゅっとお腹を抱きしめる。
仕事を辞めて、実家に戻ろう。女だけの、あの家に。祖母と母と私と、娘のくらしが始まる。
からっぽの瓶に、吐きだした二枚のうろこをいれた。
ずっと、一生、あなたと一緒。