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彼が眠っていたラグの上に彼はおらず、代わりにいるのは、魚。
七〇センチほどの大きな魚。
びたびたと全身で床をうち、のたうつ体。
おそるおそるさわってみる。ひやりと冷たく硬い。
さわっていると無性にいとおしくなってきて、私は尾をつかんで持ち上げた。
いやいやをするように魚は右に左に体をひねる。
そのたびに光をおびる、うろこは黒緑。
とじることのない黒い瞳を、わたしはじっくりと見つめた。
魚は喋らない。
魚は怒鳴らない。
魚は殴る手をもたない。
魚は蹴る足をもたない。
陸にあがってしまえば、とても無力で、役立たずで、ぶざまないきもの。
どうしてか、この魚がいとしい。無性にいとしくていとしくて、いとしくてならない。
私はさらに頭上高く魚をかかげる。
ぱくぱくうごく厚い唇をなめまわし、キスをする。
体をよじり、逃げようとするのがにくらしくて、私は思いきって魚の頭をくわえた。
ちょうつがいがはずれたように口は大きくひらき、自分でも不思議なくらい、苦もなく魚の頭は私の口内にすいこまれる。
魚のくせになまあたたかい。ぬるくて、ぬめる。
息をすいこみすすりこむと、魚は喉の奥へとすべりこんでいく。
食道をおしひろげ、胸を圧迫し、それはお腹の中へとたどりついた。
私のお腹は、臨月のようにふくらんでいる。
魚はその中で、まだあばれていた。
出してあげない。
あなたは、私だけのもの。
胎児のように丸くなって目を閉じた。
彼とこどもがいる、お腹をそっと抱きしめる。
たとえようもないほど、幸福だった。