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うろこ  作者: 麦飯とろろ
3/5

3

 短大卒業後、私は小さな事務機器リース会社に就職した。

 母の店を手伝うことも考えたが、外を見ておいでと言われて、ひとり暮らしを決めた。


 それから三年。だいすきな人ができた。

 一緒に暮らし始めた。

 彼のこどもができた。


 でも彼は堕ろせと言う。

 こどもを産めば、たぶんきっと彼とはもう、一緒にはいられない。


――好きな男と、一生一緒にいるにはね


 ふと母の声を思い出した。

 引越しの前夜、祖母ご自慢の甘辛おいなりの夕食の後。吐きだした二枚のうち、水浅葱の()()()をてのひらにのせてささやく、しめった母の声。


――母も、祖母も、曾祖母も、わが家の女はみんな、おこなってきた、好きな男と一生一緒にいられる、おまじない。


 私は、小瓶をかたむける。さらさらと白藍の()()()が、カレーの上にふりつもる。


――好きな男に、自分の()()()を食べさせれば


 おたまでくるりとかきまぜれば、それは紙のように跡形もなく溶け消えた。


――ずっと一生一緒にいられる、ずっと一生一緒


 くつくつとカレーは変わりなく煮える。しあげにスイートコーンをいれ、火を止める。


 できあがったカレーとご飯を皿によそい、ガラス戸のむこうの部屋に運んだ。


 小さな丸いローテーブルにひじをつきテレビを見ている彼と並んで座る。

 テレビに目をやったままカレーを一口食べ、彼の手が止まる。そのままカレーをにらんで固まっている。


 やはりまずいのか。だめだったのか。意味がなかったのか。


 うつむく私の前から、カレーが消えた。顔を上げれば、彼ががつがつとたいらげていた。からになった彼の皿は床に落ちている。

 あまりの食べっぷりに呆然とする私をよそに、私の皿もからにした彼は台所に行くと、おたまで鍋からカレーを食べはじめた。


 とめようかどうしようか迷っているうちに、鍋もからになったらしく、今度は蛇口に口をつけて水を吞んでいる。

 長長と水をむさぼり、ようやく気がすんだのか、彼はふらふらと部屋に戻ってきた。

 顔から胸元までびしょぬれのまま、その場に寝転がる。


「どう、したの? 気分悪い? 病院、行く?」 


 蛍光灯がまぶしいのか手で目元をおさえながら、たずねる私にこたえないまま、彼は眠ってしまった。


 彼の奇行は、私のせいだろうか。

 おろおろとふれた額はひんやりとして熱はないようだ。いびきもかいてない。


 すこし悩んだが、むりに起こして怒られるのもいやだったので、タオルケットをかけそのままにしておくことにした。

 つけっぱなしだったテレビを消し、私は食べ散らかされた皿と鍋を洗って、水びたしの床をふく。

 後片付けをおえ、部屋をのぞきこんだ私は息を呑んだ。


 そこに彼はいなかった。

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