震える勇気
俺と妹はおよそ二年ぶりにお互いの目を見合っていた。
片や驚愕、片や悲泣の瞳。
感情は違えど、それを招いた原因は同じものであった。
異世界に消えた友。
本来なら考えるのもばかばかしい事態に、俺たちは陥っていたのだ。
しばらく静寂の時が続いた。
それを断ったのは、湊だった。
「……行かせて」
湊の唇から零れ出た願い。
常の俺ならば妹に頼まれたということだけで、喜んで受け入れるであろう。
それでもそれは聞き遂げるわけにはいかない。
いくら可愛い妹からの久しぶりのお願い事とはいえ。
「だめだ」
はっきりとした拒絶。
ヒック、と妹は肩を震わせてしゃくる。
俺はその姿を見て、これからどうすればいいのかを考え始めた。
信之が行方不明。
それが第一の問題だった。
あいつとは小学生の頃からの付き合いだ。
小学生の頃はけんかもしたりしたが、中学に入ってからはそれが剣道というスポーツに代わり競い合った。
もちろん俺の運動神経じゃあいつに勝てたことはなかったが、そんな俺にあいつは三年間ばかにせずに付きあってくれた。
受験勉強もあいつに教わったし、大和の件も含めてあいつは俺の支えとなってくれた。
正直、泣きたかった。
それでも目の前でえずく妹の存在が、兄としての俺の抑止力になった。
俺は壁に寄りかかり、再び頭を巡らせる。
しかし、頭を使うこともなく結果は見えていた。
俺の親友と妹の友人が異世界にいる。
俺は妹をそんな危険なところに行かせるわけにはいかない。
しかし、二人を救わないことには、俺たちは今まで通り生活することなんてできないだろう。
何億という人間より、たった一人の友人の方が俺たちには大切であった。
そう思えるほどの友を見捨てるわけにはいかなかった。
「俺が行く」
「え……?」
別にかっこつけたかったわけじゃない。
俺から考えたとき、それが一番最善だったのだ。
「でも、そんなの!」
妹は涙をふくことも忘れて立ち上がった俺を見上げる。
俺は一瞬戸惑いながらも、妹の小さな頭に手を乗せた。
男子高校生が雑な手つきで、頭を撫でる。
これぐらいのサービスがあったって、いいと思わないか?
「待ってよ!」
靴に足を入れた俺にすがりつく湊。
「なんであんたが行くの! あたしが行く!」
俺は妹を見下ろして言う。
「お兄ちゃんだからだよ。
いくら俺でも、可愛い妹の前で逃げられるわけないだろう?」
俺は玄関のドアに手をかけた。
後ろに座り込む湊からはなんの反応も帰ってこない。
内心呆れているのではないだろうか?
うざかったのではなかっただろうか?
そんな考えが頭に浮かんだが、どうやら杞憂だったようだ。
「……いってらっしゃい…………お兄ちゃん」
慌てて振り向くと、二年ぶりに目にした妹の笑顔がそこにはあった。
しかも、お兄ちゃんと呼んでくれるというオプション付きで、だ。
……俺、もうシスコンでもいいや!
「行ってきます!!!!」
俺は駈け出した。
今の俺ならなんでもできるという気さえした。
‐‐‐
うん、無理かもしれない。
私は今、異世界移動装置と呼ばれるゲートが収容されている施設近くに来ています。
周りにはおまわりさんがいっぱいです。
なんだろう、まだなにもしていないのにおまわりさんが恐ろしく見える不思議さ。
ゲートが世界規模で膨大な増産が行われたとはいえ、配置されるのも世界規模。
うちの県には、二つしか整備されていなかった。
いや、国によっては一国一つというところもあるのだから、多い方ではあるのだが。
おまけに駅に行ったら電車は止まっていた。
おかげさまで俺は普段三十分の通学路のおよそ四倍。
二時間をかけて、ようやくここ「常陸第二世界転送センター」に到着した。
ぶっちゃけ、疲れすぎて走ることもできそうにない。
というわけで俺は一先ず自転車を近くに放置し、喉を潤すためコンビニに立ち寄る。
が、コンビニはどこもシャッターが閉まっていた。
……二十四時間年中無休というのは嘘だったようだ。
祖父ちゃんの話では、東日本大震災の時も店の外で商品を売っていたコンビニもあったと聞いたのだが。
そんな中、ふと自販機と目が合った。
「ふぅ~」
公園のベンチに座りようやく一息ついた俺は、背もたれに寄りかかりながら缶コーヒー片手に計画を練りだした。
ひとまず、警察官は少なくとも数十人ぐらいはいるだろう。
宮本武蔵じゃないのだから、一人でそんな大人数を相手取ることができるはずもない。
しかし、なにも警察を倒す必要はないのだ。
ただ、あのゲートを潜りさえすればそれだけでいい。
しかも幸いなことに、あのゲートの閉鎖には決して少なくないエネルギーを必要とする。
世界中で多くの発電施設は、停止しているだろうということを想定すると、
今は一度に全てのゲートを閉鎖するということは避けるはずだ。
つまり、この市のゲートはまだ閉鎖されていない可能性が高い。
警備の物々しさが俺の予想の、信憑性の高さを物語っていた。
(開きっぱなしのゲートに入る。
閉まっているのを開けてから行動を起こすのと比べたら、難易度は確実に低くなっているはずだ。
となると、勝負は一瞬。
警察官を動揺させて隙をつくか……)
俺は頭の中でいくつもの案を挙げていく。
放火。爆破。
一発でお縄につきそうなものしか浮かばないのが、恨めしい。
いくら非常事態とはいえ、帰ってくることを考えたら、あまり大々的な事件は起こしたくない。
あくまで、「とち狂った高校生が異世界に勝手に入った」。
それぐらいにしておきたい。
俺はこんな状況でも、持ち前のチキンハートを捨てられないようだ。
とはいえ、何かしらの動揺を与える道具は欲しい。
てか、ないとなにもできん。
俺は探索のために公園を出た。
とはいえ、この土地にはあまり来たことがないので道はわからない。
俺はとにかく歩き出す。
体力を回復したいので、ゆっくりと歩き出す。
この市は元々、歴史が深い。
昭和の戦前からの古臭い店が軒並み集まっていて、駅前の高層な建築群と比べるとより顕著に感じられた。
それでも魅力的に感じるのは、やはり貫録が違うからだろうか。
コンビニなどが閉まっている中、そういった店々は平然と店を開けているのだ。
俺はそんな古強者たちに感激しながらも、そこで物資を供給した。
……結果、「天は人の上に人を作らず」とか言いながら
一番上の紙幣に居座るおっさんが一人ほど犠牲になった。
さて、決戦の刻は来た。
常陸第二世界転送センターの前には、リュックを背負った俺の姿があった。
俺は止まらない武者震いを押さえながら歩み出す。
いや、ビビッているわけじゃないよ?
「すみませーん」
「なんだい?」
門には感じの良さそうなお兄さんがいた。
「父のお弁当を届けにきたんですけど、どうして門が閉まっているんですか?」
俺の持てる全コミュ力を注いで笑顔で話しかける。
「君、テレビ見ていないのかい?」
「はい。僕は父と二人暮らしで母がいないので、国から奨学金をもらうためにも、そういったものより勉強の方が大事ですから」
俺は精一杯、彼の関心を引くように話をする。
それもできるだけ無垢を装って。
門を守るという彼の仕事に、俺が阻害だという認識を持たせないためにも。
「そうか。えらいな。
実はね、ちょっと事件があってね、立て込んでいるんだ。
お父さんを呼ぼうか?」
「いえ、いつも来ているので大丈夫です。
第5研究室は三号館の二階ですよね?」
「うん、合ってるよ。
いつも来ているなら案内も必要なさそうだな」
こうして俺はすんなり侵入に成功した。
止められるかと思ってひやひやしたぜ。
俺は先にウォッチャーで検索していた地図を頭に浮かべて歩き出す。
ちなみに先ほどの第5研究室云々もそれで調べたものだ。
常陸第二世界転送センターは中心にゲートが備え付けてある大きなドームがあり、それを囲むようにして五つの館が周りに配置されている。
俺の目的はゲートだから、その他の施設に用はない。
なので俺は、門の兄ちゃんが見えなくなると、三号館に向かっていた足をドームの元へと向けた。
ここまでは順調だ。
周りの警官や研究者の人にも、平然と歩く俺を警戒している様子はない。
案外余裕なんじゃないかと思って、俺は自分を戒めた。
これだけ勉強すればもういいんじゃね?
そう思って毎回テストで失敗していたのは他でもない自分だ。
もっと慎重に。
そう油断は禁物だ。
俺は不自然にならない程度に警戒を続け、どうにかゲートが収容されているドームへとやって来れた。
入口に人の気配はない。
俺は「オールクリア」と言いたくなる口を押えて、建物の中へと潜りこんだ。
進んでは隠れ、進んでは隠れ。
人を見かける度にそれを繰り返した。
俺は一昨日の大和に話しかける機会を探っていた時の自分の姿を連想しながら、着々と駒を進める。
一瞬、ストーカーという単語が頭に浮かんだが、無理矢理消し去った。
今は悶えている暇などないのだ。
途中で空き部屋に仕掛けをしたりしながらも俺の歩みは止まらない。
そして俺はついにゲートが見える部屋まで到着した。
全面を鉄で身を包んだ大門は、それが異世界に繋がっていると知らなくても目を見張るであろう迫力があった。
全長九メートル、横幅六メートルほどの規模のそれを、十人ほどが四方を囲んでいる。
鉄壁の守り、とは言わないが、今から挑戦する身にとっては十分に脅威だ。
「……湊、無理かもしれない」
呟いてみたものの、ここまできて諦めるわけにもいかない。
俺は湊の笑顔を思い返し、自らを奮い立たせる。
「よし」
自分に言い聞かせ、俺はウォッチャーを操作。
ワンタッチで、ゲートを挟んだ反対側の部屋から最大ボリュームの銃声と女の喘ぎ声が響き渡った。
そこに仕掛けた機械で音声を再生しただけだ。
それだけでも、効果はあるはず。
窓を勢い良く開け放ち、窓枠に足をかけて飛び出す。
しかし、予期せぬことが起きた。
あいつら、一人を除いて全員が俺を見てやがる。
俺はその原因を探り、冴えた頭は一瞬で答えを導き出した。
カメラだ。
つい存在を忘れていたが、このハイテクな時代にカメラを設置しない重要施設があるはずもない。
俺は考えが甘かったようだ。
無線で連絡を受けたのであろう警備の方々は、それでも驚愕している馬鹿な一人を除いて警棒を抜いた。
「止まれ!」
だが、俺の走りは止まらない。
百メートルほどの距離をどんどん縮める。
妹と友のために走ったメロスのように、俺の走りは止められない。
「シスコンなめんなぁぁぁぁぁあ!!!」
二代目メロスと化した俺は、リュックに手を突っ込む。
そして掴んだ分だけの癇癪玉と煙玉を投げつけた。
次々と飛来する爆音と煙幕。
小学生の時に近所のお兄ちゃんに教えてもらったサバゲーの知識だ。
玩具のため時間は短いが、繰り返せば多少の効果は与えられた。
「くそっ」
「落ち着け! 子供騙しだ!」
そう、子供騙しだ。
だけど、それで十分!
俺はさらに力強く地面を蹴った。
長年の相棒が素晴らしいスプリング効果を生み出し、俺の走りはもはやメロスを超えたと思えるほどに速かった。
今なら信之にすら勝てるかもしれないと思えるほどに!
三十!
二十!
あとっ、十!
そこまで行き、俺は目の前に一際体格のいい男が待ち構えていることに気がついた。
回り込んでいる時間はない。
抜けるしかない!
日頃の俺なら諦めていただろう。
しかし、度重なる失敗。
それに伴う周囲の冷たい目線。
そこに戻りたくはなかった。
なにより、そんな中で俺を救い続けてくれた信之の為にも逃げたくなかった!
「うおおぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!!!!!」
直進してくる俺に敵は警棒を振り下ろす。
俺はその動きを凝視する。
すると、見えるはずのないその動きが頭の中で読み取れた。
その感覚を信じて、軌道から身体を僅かにずらす。
警棒は周囲の空気を薙ぎながら、俺の脇腹に当たる――――――っが、軽傷だ。
その男は避けられてどんな顔をしたのだろう。
その表情を見る余裕もなく、俺はゲートに飛び込んだ。
「行ってきます、世界」
そう頭の中で告げながら。