毎日を少し頑張る魔法
「ねえ。あなたの毎日はどんなですか?」
労働を終えて、駅前のベンチで目を閉じてぐだっとしていると突然話しかけられた。
目を開くと、とんがり帽子を被った小さな女の子がいた。
疲れすぎたのか、夢の中なのか、およそ現実にいそうな女の子ではなかった。
「ねえ。あなたの毎日は楽しいですか?」
似たような問いが帰って来る。
「特に何もないね」
事実、起きて仕事行って帰って寝るだけなのだから。
「むむ、、楽しくないのですか?」
「まぁそうだね」
不思議な子だ。
「君はどこから来たの? 迷子?」
そもそもこんな時間に小さい女の子が1人なのはおかしいのではと思う。
「いいえ、私のことは気にしないで」
「そう。僕はそろそろ帰るね。気をつけて帰るんだよ」
そんなに話すのに気乗りしないから切り上げよう。
「私、あなたのために魔法が使いたいの。それに、私も魔法の練習中だから。練習、手伝って欲しい」
「分かった。いいよ」
魔法なんて無いのは知っているけれど、それでこの子が納得するならと話を合わせてみる」
女の子はどこから出したのか、可愛らしいピンクの棒を振る。
「あなたの家にお花を咲かせたの。魔法のお花」
「へえ。どんなお花なんだい?」
「優しくなれるお花。毎日、あなたがちょっとでも自分のためだったり、他の人のために頑張ったことをそのお花に教えてあげて。そしたらもっときれいなお花になるの」
「分かった。家に帰ったら話してみるよ。じゃあね」
「魔法の練習させてくれてありがとう!!」
女の子は無邪気に手を振って笑顔で僕を見送ってくれる。
もちろん家に花が咲いているわけはないけど、女の子の笑顔を見て少し嬉しい気持ちになった。
家に着いた。
......?
ワンルームの部屋の真ん中に小さなユリっぽい花が咲いている。
......?
いやいや。
首をかしげて、一旦外に出て、公園に行って。
水を浴びて、頬を叩いて、帰って来る。
「あるな......」
認めざるを得なかった。
なんだっけ。頑張ったことを言うんだっけ。何かあるかな。
何もないな。
まだ寝ぼけている可能性も考えて、今日は寝ることにした。
次の日、起きるとやっぱりそこに花はある。
ただ、昨日ほどしっかりと咲いてはいなくて、ちょっと茶色っぽくなっている。
一応水をかけて仕事に行くことにする。普通に部屋の床に水を撒くのは抵抗はあったけど。
なにか、頑張ったこと、か。
その日の夜、スーパーによって、いつもは見ることもない生鮮コーナーを見る。
「冷凍食品以外の食事も作ってみるか」
家に帰ってピーマンと玉ねぎの炒め物をした。
花はまだ枯れそうなままだが、部屋の中央にあるので食事をしてても目に入ってしまう。
「今日、自炊頑張ったよ」
そう花に言ってみる。
少ししおれていた花は昨日の夜見たときくらいの白さと形を取り戻した。
なぜかそれがとても嬉しかった。
次の日から、なにかを頑張ることにした。仕事前に5分走ることにしてみた。
好きな曲を1曲聞いてる間だけ走る、程度のものだが悪くない。
家に帰る前にスーパーによって、キャベツを買ってみた。
「今日からランニングすることにしたんだ」
花は少し大きくなって、うっすら赤く染まった。
花はしゃべらないけれど、僕を褒めてくれているように感じた。
しばらく、ランニングと自炊を続けていたら、何か心の余裕のようなものが生まれてきた。
「部長、忙しそうなら何かお手伝いしましょうか」
「お、それなら少しこれ頼んでもいいかい?」
職場で自分の分の仕事が早く終わったので手伝ってみることにした。
家に帰ったらすぐに、花に今日頑張ったことを教えた。
花が育っていくのと共に、自分自身も一緒に育っているような気がした。
しばらくしたある週末のこと、近くの公園を走っていると、浮かない顔をしている少年を見つけた。
「どうしたんだい」
今までなら話しかけることなんてなかったのだが、自然とそうしていた。
「学校が楽しくなくて」
「どうして?」
「周りのみんなは勉強できたり、足が速かったり、面白かったりするんだ」
昔の僕を見ているような気がした。
「ちょっと待ってて」
「え?」
僕がいきなり立ち上がってどこかに行くものだから、少年は困惑していた。
家から、赤く綺麗に咲いた花を持ってくる。ユリの形をしていた花は、もっと派手で大きなヒマワリのようになっていた。赤いのは不思議だけど。情熱の赤だと思えばいい。
「少年、君は昨日何か頑張ったことあるかい? ほんとに何でもいいんだけど」
「あ、えっと......」
少年が話し始めるのを静かに待つ。
「昨日は、道路の真ん中を走ってたカマキリを草むらに返してあげた、かな」
「いいじゃないか」
僕は、手に持っていた花を少年に渡した。いつの間にか花は僕が初日見たときと同じ白いユリの花になっている。
「これを優しい君にあげる。毎日、頑張ったことをこのお花にしゃべってあげて。そうしたらこの花は元気になるから」
少年は不思議そうな顔をしながら花を受け取った。
「うん、わかった」
素直な子なんだな。
そのまま少年とは別れて、家に帰ってきた。
もう家に花はないけれど、毎日少し、頑張りたいと思う。
しばらくして、朝、笑顔の少年を見た。
彼も毎日少し、頑張っているのだと思うと、少し嬉しくなった。




