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File4 口裂け女

「…とすると、まさにあの昔流行った怖い話そのままだった訳ですか」


 オフィスで椅子に背を預けながら天井を見上げた。


『はい。…真っ赤なコートを着て、マスクをしていて…』


「分かりました。それではどこかで落ち合えますか?…え、N県ですか…はい、分かりました。明日の午前中には到着するので、N駅でお会いしましょう」


 受話器を置くと同時にドアが開かれ、悠乃が飛び込んで来た。

「先輩、先輩!」

「よう、どうした?そんな慌てて」


「越村部長が明後日、会ってくれないかって!」

 そう言いながら悠乃は一枚の封筒を虚崎に突き付けた。


「…わざわざお前に配達させてか?」


「いえいえ、私に運ばせて欲しいって志願したんです!」


「…そりゃ事務経費が浮いて結構な事だ」

「私、足にも自信がありますから!」

 …大都会の中、いくら若いとはいえスーツ姿で張り切って駆けまわる女性は…コイツくらいだろう。


「…わかった。わざわざありがとう。明後日だな?…まぁギリギリだが、間に合うと思うが」


「えっ、えっ、どういう事ですか?どこか出かけるんですか?」


「ああ。これからN県までな。で、明日中に帰ってくる予定だ」


「N県で何が出たんですか?」


「そいつは依頼人情報って奴だ。…と言いたい所だが、怪異に関しては違うな。…口裂け女だと。もうお前の頃はホラーブーム下火まっしぐらだったが、お前も名前くらいは知っているだろう?」


「もちろんですよ!…でもアレ、人造怪異の類ですよね?…具現したって事ですか?」

「…依頼人の話を信用するなら、その可能性が極めて高いな」

「まぁ、確かにポピュラーな怪異ですけど…」

 

 人造怪異の具現化…要するに人々の噂話が作り上げた幻霊と言う事だ。…人々が深く信じてしまう事で、本来は存在しない筈だった怪異がこの世界に顕現してしまうのだ。


 口裂け女が流行ったのは70年代の終わり…スマートフォンどころか、携帯電話すら普及していない時代、正真正銘の「口コミ」で伝わる事によりそれは一種の信仰となり、人々が共有するイメージを具現化していく。 …それがある閾値に達した時、それは神より遥かに容易くこの世に現れるのだ。


 元からこの世に存在して、死後霊となった…キヨや他の霊とはまた別の、妄信…恐怖という最もエネルギーを持つ妄想から生まれた存在。 


 そして口裂け女と言えば、言わずと知れた都市伝説。「私、きれい?」と問いかけ、答えるとマスクを外し、異様に裂けた口を見せながら巨大な鋏を持って襲ってくる…という怪異だ。


 すっかり(ネタ・作り話)として認識されつつあることもあり、自分の現役時代には実物はついぞ見なかった。…が、未だに根強く語られる怪異である事から具現化する危険性も局内で懸念されている。


「本当だったらヤバく無いですか!? そういうブームが来ているって事でしょう!?それも、ネタキャラの口裂け女が復活するくらいに!」


「…落ち着け。ソイツを確認するために行くんだ」


「…念のため、局と情報共有しても良いですか?」


「…俺が確認して、ガチだと判明したら俺の方から越村に伝えるよ。電話が行かなければただの勘違い・もしくは悪戯だったという事だ。 そう越村に伝えてくれるか?」


「了解です!」



(新幹線も久しぶりだな…) 

 N駅に到着すると、梅雨のじっとりした雨が降っていた。


 東京には及ばないが、それでも近くに有名な観光地がある事もあってか駅回りも賑わっている。

 

 改札を出て歩道橋を歩いた先に、誰かと待ち合わせをしているであろう人間が十数人屯していた。…白髪交じり、初老の男が所在なく黒い傘を差し、駅から出てきた自分達…数十人もの人の波に気付き、そわそわと人探しを始めた。


 …やはりこちらはすぐに分かった。

 倉川の時と同じように痕跡を辿るまでも無く、一目見て分かるほどその姿は異常なものだった。ただ、虚崎を除けば周りも本人も、その異常な姿に誰も気付かない。


 事態は思っていたより深刻だった。…よく生き残れたものだ。男の体には深々と霊傷が残されている。一番酷いのは…口元だ。口裂け女の意趣なのか、男の口から左半分は耳に届かんばかりに割かれ、血を流していた。

 …白昼にも拘わらず、錆びついた鋏を噛み合わせる音が聞こえてくるようだった。


「…横倉さんですね?虚崎と申します」

 

 初老の男…横倉英二に近づき、名刺を渡した。

 待ち合わせ場所こそ伝えていたが、迷わず初対面の自分を一目で見分けた虚崎を見て、横倉は動揺を露わにした。

「ど、どうしてすぐに分かったんですか?」


「…電話で聞いて、想像していたより…その…眼を付けられているように思います。…電話の跡、奇妙な事はありませんでしたか?」


 近くに手頃な喫茶店を見つけ、手で示した。横倉は頷き、虚崎の跡に続いた。


「…あれからも家の中で妙な気配や物音がしたり…最初はノイローゼかなにかになりかけているんだと思いましたが…ふとした瞬間に視界の端に…あの赤いコートの裾や、あの女の長い髪の毛がちらつくんです。…正直、参りました。…あの時、声など掛けなければ…」

 横倉は溜息を吐きながら俯いた。


 そう大人数では押し寄せられない、小さくも落ち着いた雰囲気の店内だった。店の一番奥の隅にある四人掛けの席に着いた。それぞれ飲み物を頼み、横倉を見た。


「…不躾ながら、よく助かりましたね。 相当恐ろしい目に遭ったでしょう?…口の左側、痛くありませんか?」

 手で口元を示して見せると、横倉は顔を顰めた。


「…痺れるような痛みが続いています。病院に行っても何もない、と言う事で経過観察で…でも、助かったのはきっと…このお守りと、急いで取り寄せたポマードとべっこう飴…これのお陰ですかね?」


 横倉は無病息災のお守りと缶入りの整髪剤、そして袋入りのべっこう飴をカバンから取り出して見せた。


「…いえ、残念ながらそれらは役に立っていませんね。 ああ、効く個体も居るとは思いますので一概に無駄と言うつもりはありませんが、今回の怪異がそれを嫌っている様子はありません」


「個体も、って…他にもいるんですか…!?」


「今のところは確認されていませんのでご安心を。そうそう現れる手合いでもありません」


 横倉を宥めつつ、届いたコーヒーを啜った。


「…恐らく、横倉さんについていた守護霊が守ってくれていたのでしょうね…もし、身近な故人や家族同然に可愛がっていた動物など心当たりがありましたら、線香を上げて下さい」


 横倉は話についていけない、と言わんばかりに口をぽかんと開けている。 …ついて来れなければこの怪異にとり殺されるのを待つだけだ。 …残念なながら既にその守護霊は怪異から横倉を生き延びさせるために散り、成仏してしまっている。


 …成仏した霊魂が自身の霊格や力の一部を分離して、現世に残した者や子を死して尚守ってくれることはままある。 現役時代、時としてそうした存在に助けられた事がある。守護霊は必ずしも血筋の者とは限らず、第三者ながら悪しき怪異から助けてくれる事もあるのだ。


「…これを。怪異に対してはそのグッズよりは役に立つ筈です」


 横倉に護符を持たせた。


「無事、何事も無ければ解決後にお返しください。…ではまず、口裂け女に遭遇して襲われた経緯を教えて頂けますか?」



 夜。 繁華街から離れ、人気が途切れた路地裏。…その一角にあるものを置いた。


 周辺の防犯カメラを手早く見つけ出し、死角へと進んでからウェストポーチから例の拳銃を抜いた。


 今回の相手は人造怪異。成仏しようにも元から生命のない人形が人々の念によって動いている存在だ。説得などはまず無意味。強制的に除霊すれば済む。…単純でやりやすいが、その分凶暴さはあの少女霊とは比べ物にならない筈だ。


 意趣返しと言う訳では無いが、念の為に黒のウレタンマスクをかけて素性を隠した。


 バリッ、グシャッ、という小気味よい音が聞こえて振り返ると、路地のある場所…横倉が泣きじゃくっていた女に声を掛けたという場所に置いた例の「グッズ」が踏みにじられていた。

 …その上に立つのは夏にも拘らず赤いコートを着た女。


「私、きれい?」


 折悪しく、じとじとと女の声を模したような雨が降り始めてきた。…雨…そうでなくとも射程の短い対霊弾の天敵だ。


 …そして、自分含め局のエージェントたちにとって、作戦中の雨はジンクスだった。 

 

 …任務中の雨には良い思い出が無かった。

 …だからと言って他に良い思い出の任務も…思い浮かばなかったが。


 躊躇わずに赤いコートの女…口裂け女に銃口を向け、立て続けに五発撃ち込んだ。


 モデルガンに毛が生えた程度の発砲音が住宅街に響き渡る。


 もし、第三者が見たなら、不審者が誰も居ない空間に向けて拳銃らしきものを発砲しているだけだ。…通報は間違いないだろう。


 撃たれた口裂け女は胸、顔面、胴体などに大きな穴を開け、ゆっくりと倒れ込んでいく。


 …手応えナシ。 すぐさま霊気を察し、宙に身を投げ出して地面を転がった。


 …住宅の壁に深々と鋭利な切れ目が残った。


 …攻撃が半実体化していやがる…


 既に越村には昼…依頼者に接触して霊傷を確認した時点で連絡は入れてある。…人手不足の折、援軍は無いが、自分に何かあった時にはここに局のエージェントが厳戒態勢で送られて来るだろう。


 しかし…こんなものから無力な横倉を霊傷だけで守り切るとは…余程良い縁を持った守護霊だったのだろう。


 だが、この様子を見ると横倉の守護霊を倒し、喰らった事でより力を増したという事か。


 目の前に現れた鎌を躱し、、出刃包丁の刺突を払いながら口裂け女の胴に拳を叩き込んだ。


 拳。 格闘術。


 霊感・霊力の在る無しに関わらず、全ての者に与えられた対霊武器だ。


 殴った拍子に口裂け女のマスクが落ち、耳まで裂けた口から血が溢れ出していた。

 忌々しげに叫び声を上げながら滅茶苦茶に鋭利な刈取鎌と出刃包丁を繰り出してくる。

 鋭利な鎌が虚崎のシャツの袖を裂き、髪を数本ばかり短くする。


「チッ…!」


 再びカウンターで拳を叩きつけ、その反動を利用して距離を取って対霊弾を更に五発叩き込んだ。


「ああぁあぁあッ!」


 鬱陶しそうな怒鳴り声を上げ、口裂け女の体が消えていく。

 畳みかけ、全弾を撃ち込んだ。 


 口裂け女の気配は完全に消えていた。


(…なんだって今更、よりによってN県でこんなアナログな人造怪異が蘇るんだよ…?)


 気になる事はあったが、これ以上ここでできることは無い。…器物損壊の犯人に仕立て上げられては敵わない。ぐちゃぐちゃになった横倉のお守りグッズをレジ袋に詰め、防犯カメラの死角を縫いながら帰途についた。

 

(…まぁ、ちょうどいい。明日の午後、越村に会うしな…)

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