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大切に育てた子供達は大陸を滅ぼしかねない存在でした 〜最強の魔族が支えるスローライフ〜  作者: 達磨 紺紺


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12/13

淫魔の親子


 小さい頃、私は大自然のど真ん中。深い森林の奥でお母さんと二人で暮らしていた。


 生まれてからずっと、お母さん以外の人には出会わず、森にいるのは動物ばっかり。


 他には誰もいなかったけど、それを疑問に思ったことはなかったし、寂しいと思ったこともなかった。


『おかあさーん!』


 山を一日中駆け回って、服を泥まみれにしながら、私はお母さんの胸に飛び込む。


『あら、今日もいっぱい遊んだのね』


『うん! 猪がねえ、あっちにいっぱいいたの! それでね、そのうえを飛んでたらぁ――』


 何気ない話をして、お母さんの反応を見る。いつだって優しく私を迎え入れてくれるお母さんに自慢げに話をする私を、嬉しそうに抱きしめてくれた。


 大好きだった。私の世界の全ては、お母さんを中心に回っていた。お母さんが、私の人生の軸だった。



 けど、そんな生活は、突然終わりを告げた。



 私が触れていた世界は広くて、そして狭い。そのことに気がついたのは、初めて人間を見た時だ。


 他の動物とは違い、自分たちと同じような見た目だと思った。


 ただ、それは大きな間違いで――


『リリス! 逃げなさい!』


 お母さんの初めて見る顔。それは、私には向けられたことのない、怒りと憎しみに満ちたものだった。


『な、なんで? お母さん?』


 子供の私には、お母さんの言っていることが理解できなかった。いつだって私はお母さんと一緒で、これからも一緒にいると、そう思っていたから。


 そもそも、人間から逃げるなんて、そんな発想すらなかったんだ。


『〜〜〜〜〜っっ!!』


 そんな私を抱いて、お母さんは人間に背を向けて逃げた。


 きっと、お母さんは私が逃げたら戦おうとしてたんだと思う。お母さんがどれだけ強かったのかは今でも分からない。確かなのは、私の存在が足手纏いだったってことだけ。


 背中に無数の魔法を受けたお母さんは、それでも私を抱え、当てもなく走り続けた。


 どれだけ逃げた時だっただろう。気がついたら夜を越え、朝日に照らされていた。


『ごめんね………ごめんねリリス』


 お母さんは何度も私に謝っていたけど、私はお母さんがどうして謝っているのか分からなかった。お母さんは悪いことなんて何一つしてない。



 けど、状況は悪くなる一方だ。時間が進むごとに、お母さんが衰弱していくのがわかった。



『リリス。もし、お母さんが動けなくなったら、あなただけでもこの先に行きなさい』


『な、何言ってるの!? いやだよ……お母さん! ずっと一緒にいてよ!!」


 お母さんが初めて口にした、私と離れようとするような台詞。それを聞いた私は、泣き喚いてお母さんの服に縋りついた。

 泣いて、泣き続けて、そうしたらいつだって、お母さんは私を許してくれたから。


 だけど、逃げ出してから三度目の朝日を迎える前、お母さんは私の前から姿を消した。


 もちろん、私はお母さんを必死に探した。何でかなんて、理由もわからなかったから。


 今ならわかる。お母さんは、私の前で死なないようにしてくれたんだよね。


 お母さんの体がそこにあったら、私はきっとその場から離れられなかったから。


『ひっく………うぐうう………おかあさん…………』


 当てもなく彷徨って、歩いて歩いて歩いて、私は歩き続けた。


 ついこの間まで、普通に暮らしていただけなのに。どうしてこんな目に遭わなければならないのか。お母さんもいないのに、そんなことがわかるわけもなくて。


 どうしようもなくて、ただ歩くことしかできなくて。


 何日経ったかわからない頃。遂に私は力尽きて動けなくなった。


 お腹が空いて、喉が渇いて、寒くて寂しくて。


 それでも、胸に抱く思いは、たったひとつだけだった。


『……お母………さん………』


最期くらい、もう一度だけでも………


『――――――――』


 その時、朦朧とする意識の中で、お母さんの腕の中のような暖かさを感じた。





                 ********




「…………ん」


 目が覚めた時、真っ先に目に入ったのは、見たこともない天井だった。


 背中に感じる柔らかい感触と、体の上にある柔らかい布団は、お母さんといたあの家で寝ていたベッドを思い出させた。


「………ここは」


「あ、起きた?」


 そこで、私は誰かの声を聞いた。びっくりして飛ぶように起き上がると、目の前にいたのは大人と子供の2人。


 子供は黒髪黒目の、きっと私より少し幼いくらいの歳頃。そして、大人の方は茶色い髪に――



「………おかあさん?」


「ん? どうした?」


 男の眼を見た時、一瞬流れたお母さんとの記憶。どうしてかは分からないけど、私は今、この男とお母さんの存在を重ねた。


「いやぁ、倒れてるのを見た時は血の気が引いたよ。あ、ご飯作ったんだけど、食べる?」


 その男は、手に持っていたお盆を私に差し出してきた。湯気が出るほどに温かそうなスープと、その横には見たことのない料理がそれぞれのお皿に入れられていた。


 途端に、私のお腹が鳴る。


 その誘惑に勝てず、差し出されたそれに手を伸ばして――


『リリス!』


「〜〜〜〜っっ!! 嫌ぁっ!!!」


 お母さんの声が頭に響いた時、あの時のフラッシュバックが起こる。それは、私の心を簡単に壊した。


 そうだ。よく見てみれば、目の前の奴は私達を襲った奴らととてもよく似た見た目をしているじゃないか。


 私は衝動的に、目の前のお盆ごと乗っていた料理を振り払った。私の手に弾かれたそれらはそのまま溢れ、ベッドの下に全て落ちる。


「がっ!?」


 瞬間、私の首が万力のような力で締め上げられた。


 一拍置いて、私は黒髪の子供に押し倒されていることを認識する。体の自由は効かず、人生で初めて感じる苦しさに手足をジタバタさせるけど、その少年の瞳は微塵も揺らがず、あの家に来た人間とは比べ物にならないプレッシャーを私に与えた。


「な、何してんだアルフ!!」


 ただ、その時間は長くは続かなかった。慌てた大人の方が、子供を私から引き剥がしたから。


「ごめん! 大丈夫か!?」


 そう言って私の状態を確かめようと、近付いてくる大人の男。混乱と恐怖でいっぱいいっぱいな私は、それが何よりも怖かった。


 けど、お母さん以外と関わってこなかった私には、どう抵抗すればいいのかも分からなくて――


「い゛っ!?」


 気がついたら、私は大人の肩口に噛み付いていた。思いっきり歯を立てて、相手を害そうとするその行為は、幼い私にできる精一杯の抵抗を見せるものだ。歯を伝って血の味がしても、私は口の力を弱めなかった。


「フーッ! フーッ! フーッ!」


 この時、相手には激痛が走っていたはずだ。肉を噛みちぎる勢いで筋繊維をズタズタにしたのだから、痛くないわけがない。普通なら悲鳴をあげて、強引に私を引き剥がしに来るはずだった。


「っっ!!」


 けど、どれだけ強く噛み付いても、私の身体を突き飛ばすための手は伸びてこない。後で分かったことだけど、この時のユーゴの手は、アルフを制止するために使われていたらしい。


「………ごめん、怖がらせちゃったな。大丈夫だよ」


 どれだけ時間が経ったのか、肩に噛み付く私の頭に、ユーゴの手が添えられた。

 知っている手よりも少し固くて大きい。けど、その手から与えられる感情は、知っているものととてもよく似ているもので。


「俺たちは、君の味方だ。何があってもね」


 髪を撫でる手。耳元で囁かれる声。その全てが、涙が出るほど優しくて。


「………ふぅ………ふぅ………ふぅ………」


 私の中で、警戒心が解けていく。それと同時に、全力で噛み付いていた口からも力が抜けて、ユーゴに抱きしめられる形だけが残った。


「俺、ユーゴって名前なんだ。君は?」


「…………リリス」


「そっか。リリスは、人間が憎い?」


「…………わ、分からない」


「………そっか」


 それ以上、ユーゴが何かを言うことはなかった。


 きっと、ユーゴは気付いてたんだ。私がまだ、状況を理解しきれていない子供だってことを。


 そして、もし全てを知った時、きっと私の心にあるこの理解できない感情が、憎しみに変わるんだってことも。


 それでも、私を育ててくれたんだよね? 私が、自分で考えて答えを出せるまで。


 あれから、もう八年が経った。


 今でも私は、お母さんを奪った人間を許せていない。


 けど、私にとって、今は復讐よりも大切だと思える生活がある。



 大切だと、思える人がいる。



「ユーゴ。私は」






 あなたが好きです。


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