ナラル平原
(クソッ! 何故俺が、こんな辺境に来なくてはならんのだ)
白馬に乗り、悠々と進む男が、心の中で悪態を突く。
ここはナラル平原と呼ばれる地帯だ。見渡す限りの草原が広がり、見える景色は空の青か地の緑。人によっては自然をこれでもかと満喫できる場所ではあるが、生憎、その感性を男は持ち合わせていない。
何の面白みも感じない場所を無気力に進むその男。【ラミール・カクロ】は、その後ろに続く大軍を振り返る。
野原を埋め尽くさんばかりの人数が集まったその集団は、決して烏合の衆などではなく、それぞれが軍で戦闘の訓練を受け、魔法の腕を磨いてきた精鋭達だ。
その光景を見てラミールの胸に去来したのは、味方の頼もしさに対する高揚感――ではなく、
(たかだか魔族六匹を殺すために、ここまで大規模な編成が必要なわけないだろう)
今回の任務に対する不満に埋め尽くされていた。
そもそも、これだけの軍を率いると言うことは、自身の力量だけではこの任務を遂行できないと言われているようなものだ。自身の力に絶対の自信を持つラミールは、そんな上層部の決定に納得していない。
「ラミール殿。ご不満は分かりますが、もう少し抑えて下さい」
「アコン、今回の件は、本当に俺が出なければいけないようなことなのか?」
そこで、同じく馬に乗ってラミールと並走し始めたのが、今回の作戦の副司令官である【アコン・ロウメ】だ。ラミールが吐き出した苛立ちを受けたアコンは、遠方に見える山を見つめた。
そこが、今回の目的地の『キリマ山』と呼ばれる場所だ。
温厚そうなアコンの表情が少し引き締まり、視認できるほどに近付いたそこに視線を置いたまま言う。
「今回の討伐対象は、キリマ山の麓辺りに拠点があるとされる六匹の魔族です。それぞれ違う種族で構成されており、対策を難しくしている部分もありますが、何より討伐されない理由は、――純粋に強いからです」
ラミールに尺度しつつ、アコンは最後の言葉に力を込める。ラミールとアコンの付き合いは長いが、ここまで剣呑な空気を纏うアコンを、ラミールは見たことがなかった。
「………それほどなのか」
「ええ。私は以前の討伐隊にも参加したのですが、その時は手も足も出ませんでした。特に――」
そこまで話して、アコンは直前まで強張らせていた顔を一瞬青くし、それを恥じるようにラミールから顔を逸らす。
アコンの実力は、ラミールもよく知っている。若くして軍の司令官に抜擢されるほどの広い視野と、純然たる戦闘能力を持つ才ある男だ。そのアコンが、ここまで恐怖を表に出しているという事実を、ラミールは自身の胸に警戒感という形で戒める。
「だが、そんな奴らの命運もここまでだ。何せ、今回は俺がいる」
それでも、ラミールの自信は揺るがなかった。
アコンからの情報は警戒の理由にはなっても、ラミールが負ける理由にはならない。絶対的な強者としての自負が感じられるその背中に、アコンは信頼から口元を綻ばせた。
「ええ。間違いなく、今回は我々が勝てるでしょう。何せあなたは、この王国軍最強と呼ばれる 《聖騎士》のお一人なのですから」
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そんな王国軍を、キリマ山の山頂にある巨木の上から見据える視線が六つ。
「ほぉー、二十二万の大軍となると、中々に壮観じゃのう」
「あまり気を抜かない方がいいのだし。先頭の奴、結構魔力が強い」
「恐らく、王国軍の聖騎士だろうな」
「あー、ようやく来たんだ。話にしか聞いたことなかったけど、あんまりカッコよくないね」
「オメェはユーゴ以外全員そうじゃねーか」
「彼の相手は僕がするよ。君らでも負けないだろうけど、万が一もあるからね」
飄々とした会話をしながら、瞳の中に戦意が煌めく。それを隠すように、六人は手に持つキツネのお面をその顔に掛け、次の瞬間、六つの重みを失った木が大きく揺れた。
影が、真っ直ぐ大軍の先頭へと突っ込んでいく。それにいち早く気付いたのは、やはりラミールだった。
「っっ!? 何者だ!」
よく通るその声は、背後の軍にも響き、一瞬で警戒心が伝播する。直後、そこに降ってきた六つの影が、砂埃を巻き上げてその身を隠す。
砂が風に流され、視界が晴れたその場所から掛けられた声は、明らかに敵対するであろう存在を前にして、場違いに思えるほど落ち着いたものだった。
「悪いけど、うちはそこまで大きくないんだ。こんなに大勢で来られたらお茶も出せない。お引き取り願うよ」




