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ライバーさんとの甘い罠  作者: 困ったクマー


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54/62

part54 そして2年後

【弓視点】


あれから、二年がたった。


夜の配信は、相変わらず続けている。

歌って、吹いて、しゃべって。

終わったら、キッチンの電気だけつけて、流しの前に立つ。


シンクには、マグカップと皿。

配信前に片づける気力がなかった、そのままの形。


洗おうかな、と思って、

スマホの時計を見て、やめる。


「明日の朝でいいか。」


小さくつぶやいて、電気を消す。

暗くなった部屋の中で、外の街灯だけがカーテンの隙間から入ってくる。


(こういう“後回し”が、増えたな。)


布団に潜り込む。

目を閉じて、タイムラインを指でなぞる。

配信の通知、他のLiverのライブのお知らせ、フォロワーの写真。


昔なら、ここで森さんに電話をかけていた。

「今日もありがとう」とか、「あそこミスった」とか、

どうでもいい報告を、眠る前に一回だけ挟んでいた。


今は、それがない。


通話ボタンに、指が触れることさえない。

トーク画面は、だいぶ前のやり取りで止まっている。


(仕事終わったら、練習して、配信して。

 その合間に洗濯して、ご飯作って。

 前みたいな“余白”は、どこいったんだろう。)


目を閉じると、音より先に、疲れだけが身体に降りてくる。



二年のあいだに、

生ライブもずいぶん増えた。


小さなカフェの片隅、

イベントのステージ、

どこかの誰かの記念日みたいな夜。


そこで出会う人たちは、

驚くほど、ちゃんとしていた。


仕事の話をして、

夢の話もして、

努力している内容を、当たり前のように口にする。


「こうなりたいから、これをやってるんです。」


そんな言葉が、さらっと出てくる。


私はと言えば、

音楽に向かうときだけは、それなりにストイックでいられる。

笛を磨いたり、指慣らしを繰り返したり、フレーズを納得いくまで回したり。


でも、それ以外はからっきしだ。


人付き合いも、

時間の使い方も、

生活の整え方も。


(人間性って言葉、苦手だな。)


褒められても、心に入らない。

「すごい」「感動した」「優しいね」

どれも、空気の表面を撫でて、消えていく。


本当にそう思ってくれているのかもしれない。

でも、それを受け取れる器が、自分の中に見つからない。



森さんが、配信に来なくなってから。


リスナーの言葉は、

前よりも、ずっと心地よく感じられるようになった。


配信ボタンを押せば、

すぐに誰かが来てくれる。

コメント欄が、光る。


「今日もかわいい」

「音色ほんと好き」

「疲れてても癒やされた」


そのひとつひとつが、

何かを埋めてくれる気がした。


(このまま、この場所だけ見てたら、楽なんだろうな。)


そう思った夜もある。


ただ配信して、

ただ褒められて、

ただ「ありがとう」と言って眠る。


それだけの循環に、

沈んでしまいそうになった。


でも――

みんな、残らなかった。


最初は毎日来てくれていた人が、

一週間に一度になり、

一ヵ月に一度になり、

そのうち、通知の中から名前が消える。


一年続く人でさえ、少ない。

二年となると、数えられるくらいだ。


(私には、何が残ってるんだろう。)


配信アプリのアイコンだけが、

スマホのホーム画面で、やけに明るく見えた。



他のLiverさんから、

男の人を紹介されることも増えた。


「いい人だから、会ってみなよ。」


断るのが苦手で、

あと、どこかで“可能性”みたいな言葉に弱くて、

会いに行く日を、何度か作った。


みんな、いい人だった。

仕事を頑張っていて、

私の話もちゃんと聞いてくれて、

褒めてくれた。


「そんなに自分を悪く言わなくていいよ。」


そう言われると、

笑うしかなくなる。


(本当の私を知ったら、どうなるんだろう。)


配信で取り繕ってる部分も、

会っている時の“いい感じの自分”も、

どれも、薄くて安定しない。


あの森さんでさえ、

結局は、離れていった。


自分で壊した部分が大きいのはわかっている。

自業自得だと、頭では納得している。


それでも、

ひとつの事実として胸に残る。


(あの人ですら、ダメだったんだからなぁ。)


結婚したい気持ちは、まだある。

誰かと並んでご飯を食べて、

同じ部屋で別々のことをして、

眠くなったら「おやすみ」と言って寝る、

そんな暮らしに憧れはある。


でも、恋愛という器具に、

自分はうまくはまらない気がする。


近づきすぎると、

自分でも制御できない部分が顔を出す。

それで、何度もダメにしてきた。


(じゃあ、私って、何に向いてるんだろう。)


答えは、二年経っても出ないままだった。



困ったときには、

やっぱり森さんに声をかけてしまう。


長文の相談を送るわけじゃない。

ただ、「最近、こういうことがあってさ」と、

少しだけ状況を書く。


既読がついて、

しばらくしてから、返事が来る。


「大変でしたね。」

「それは、あなたが悪いわけじゃないですよ。」

「こういうふうに考えるのもアリかもしれません。」


そのどれもが、

前みたいに踏み込んでこない。


私を変えようとしたり、

引き戻そうとしたりはしない。


話を聞いて、

少しだけ景色を広げてくれる。

でも、私の中には入ってこない。


(大人だなぁ。)


そう思う。

少し悔しくて、少しほっとする。


私はめんどくさい。

気分で動くし、

不安定だし、

約束を守りきれないときもある。


森さんは、その全部を見たうえで、

「助ける人」にはならなかった。


私を救うための人じゃない。

そういう役目の人でもない。


(ああ、この関係、ここまでなんだろうな。)


ゆっくりと、そう理解した。


私と森さんは、

これ以上は近づかないし、

かといって、完全には離れない。


付き合うこともないし、

別れるという儀式もない。


友人と呼ぶには、

どこか重たくて、

特別と呼ぶには、

どこか冷静すぎる。


宙ぶらりんだけど、

いちばん壊れにくい場所に、

二人して立っている気がする。



だから、私は、

自分の人生を、自分で考えないといけない。


森さんは、アドバイスはくれる。

でも、私の未来に乗っかってくることはない。

乗っかれるわけもない。


私も、森さんを、自分の人生に巻き込んじゃいけない。

巻き込んだところで、きっとどこかで破綻する。


(この先、どうしたいんだろう、私は。)


考えようとするたびに、

部屋の空気が、少しだけ重くなる。



夜、配信を終えたあと。

ふと、ベランダに出る。


外気は、思っていたより冷たい。

どこかの家の洗濯機の音が、小さく聞こえる。


空を見上げても、

答えはどこにも書いていない。


スマホの画面をつける。

配信アプリのアイコンが、

相変わらずいちばん明るい場所にいる。


(私は、この先、どうやって生きていけばいいんだろう。)


そう思いながら、

通知も鳴らない画面を、

しばらく眺めていた。


風が、

ベランダの柵をかすめていく音だけが、

はっきりと耳に残った。

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