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ライバーさんとの甘い罠  作者: 困ったクマー


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part41 依存が続く

《森視点》


スマホが震える。


デスクの上、仕事用のノートと図面のあいだで、小さく震える長方形。


見るまい、と一瞬だけ思う。


でも、手は勝手に伸びる。


画面には、短い吹き出し。


「おつかれさま」


それだけ。


それだけなのに、胸の奥で、何かがふわっと持ち上がる。


さっきまで考えていた資料の構成が、するりと指のあいだからこぼれていく。


「……やばいな」


小さくため息をついて、画面を伏せる。


視線だけ、まだそこに残っている。


最近はこれの繰り返しだ。


 


午前中に一本。


昼前に一本。


休憩中にふたことみこと。


配信終わりに、眠たげな声で、通話。


頻度でいえば、大したことはない。


束縛されている、というほどの量じゃない。


ただ、そのどれもが「本能のまま」に飛んでくる。


考え抜かれた文章でもない。


駆け引きの気配もない。


「ねむい」


「おなかすいた」


「森さん今どこ?」


「声ききたい」


短くて、子どもみたいで、感情がそのまま乗っている。


それが、厄介だった。


 


「部長、さっき頼んだ資料の件なんですが」


横からかけられた声に、慌てて顔を上げる。


「ああ、ごめん。今まとめてるところ。午後イチまでには必ず出す」


自分でもわかるくらい、少し返事がワンテンポ遅れている。


頭は仕事に戻す。


戻すのだけれど――。


さっき見た、やけにラフな文面が、視界の端にちらつき続ける。


「森さん、今日もちゃんとご飯たべてね」


その一文。


自分のことは二の次で、こっちの体調や生活を気にしてくる。


こちらが「忙しいから」と返したあとでも、むくれたり責めたりしないで、

「そか、じゃあ、がんばって」

とふわっと流す。


それでいて、電話は増える。


 


依存、だな。


そう思う。


明らかに、彼女は今、こちらに寄りかかっている。


待てないから、呼ぶ。


寂しいから、繋ぎに来る。


眠いのに、声が聞きたいと起きている。


どれをとっても、「相手の負担」を測って動いているようには見えない。


完全に、自分の感情優先。


自己中、と言ってしまえば、それまでだ。


でも――。


その自己中さが、どこか、心地よい。


 


夜中、配信終わり。


ふと目が覚めて、枕元のスマホを見たときには、もう通話は来ていなかった。


代わりに、ひとつだけ通知が残っていた。


「起きてないよね?」


一行だけ。


時刻を見れば、さっきまでやっていた配信の終わり頃。


「……馬鹿だな」


声に出すと、暗い部屋で、自分の声がやけに響く。


起こしたくなかったんだろう。


でも、かけたいから、一回だけコールしてみて。


出ないのを確認して、メッセージを残して。


その一連の動作が、ありありと浮かぶ。


想像しようとしたわけでもないのに、手順が全部わかってしまう。


そこで、気づく。


ああ、これだ。


この「読めてしまう感じ」が、危ない。


 


ふいに、あの海辺の夜がよみがえる。


「どうしたら、森さんがいなくならないか考えてる」


俯いたまま、掠れた声で言った弓。


あの一言が、頭のどこかに常駐している。


あれ以来、彼女のメッセージや電話は、すべてその一文の延長線上に見える。


「いなくならないで」が、かたちを変えて飛んでくる。


「声ききたい」


「今なにしてるの?」


「寝ちゃう前に、ちょっとだけ話したい」


全部、同じ根っこから出ている。


 


依存は、甘い。


それを、誰よりもよく知っているのは、自分だ。


前の仕事で、若いスタッフや部下たちの感情を、何度も受け止めてきた。


弱音や不安や、理不尽に見えるワガママまで、こちらで処理して、昇華させて。


そのたびに、相手は安心してくれた。


信頼してくれた。


だから、自分はここまで来られた。


「頼ってもいい人」としてのポジション。


それを、仕事の現場で、ずっと生きがいにしてきた。


 


弓の連絡は、その延長線上にある。


彼女の「好きにさせてみろってんだ」という、あの勢いのある言葉は、既に現実になりつつある。


恋愛感情として、というよりも。


生活リズムの中に、こちらを組み込んでしまう、という意味で。


こちらも、組み込んでしまっている。


朝の通勤前の短い通話。


会社に着く少し前、駅からオフィスまでの道。


「今から寝るね」


「じゃあ、おやすみ」


そのやりとりをしないと、一日を終えた気がしない。


その依存を、受け止めることが、なぜか嬉しい。


 


依存は、危険だ。


頭では、いくらでも言語化できる。


片方が重くなれば、バランスが崩れる。


自分の生活も、仕事も、判断も、段々とその人を軸に回り始める。


相手が笑っていれば、安心する。


相手が曇れば、落ち着かなくなる。


そうなったら、冷静な判断なんて、保てなくなる。


まして相手は、結婚している。


そして自分も。


どこで線を引くのか。


どこまでは許されるのか。


そんなもの、本当は、最初の一歩で決めておかなければいけなかった。


 


依存は、心地よい。


甘さと危うさが、同じ温度でそこにある。


弓からの通知音が鳴るたびに、胸の奥のどこかが、少しだけ軽くなる。


「今日も、ここにいる」


その実感が、自分の心を支えてしまっている。


彼女の存在に依存しているのは、むしろこっちの方かもしれない。


そう考えた瞬間、背筋がうすく冷たくなる。


「……まずいな」


呟いてみても、指はまたスマホに伸びている。


 


昼休み、オフィスビルの非常階段で、短い通話をする。


「もしもし」


少し掠れた、寝起きの声。


「おはようございます、弓さん」


「……おはよ。起こしてくれて、ありがと」


電話の向こうで、布団の擦れる音。


小さく伸びをするような息づかい。


それを聞いているだけで、体の力が抜けていく。


「あと五分だけ話したら、寝る?」


「うん……でも、森さんの声きいてたら、寝たくなくなる」


「それは困ります」


口ではそう言いながら、内心では同意している。


寝かせなきゃいけない。


でも、もう少しこのままでもいたい。


矛盾した思考が、頭の中で、ゆっくりと渦を巻く。


 


この関係が、このまま続いたらどうなるのか。


想像するのは簡単だ。


お互いに時間を削って、生活を寄せて、感情を優先する。


やがて、どこかで破綻する。


相手の笑顔を消してしまう可能性も、当然ある。


それでも――。


「今、切り離すのか?」


そう自問したとき、胸の奥が強く縮む。


無理だ、と即答している自分がいる。


 


運命の悪戯、という言葉が頭をかすめる。


たまたま配信で出会って。


たまたま音楽の趣味が重なって。


たまたま価値観の形が噛み合って。


お互い、人口の1%にも満たないような性質をしていて。


その凸と凹が、ぴたりと嵌まってしまった。


それはもう、恋より先に、依存の形を取ってしまったのかもしれない。


 


「森さん」


電話の向こうで、弓が名前を呼ぶ。


柔らかくて、遠慮がなくて、どこか甘えるような響き。


「なにしてるの?」


「弓さんの声、聞いてます」


正直に言うと、少しの沈黙のあと、くすっと笑う声が返ってくる。


その笑いを聞いた瞬間、さっきまでの危機感が、全部どこかへ押し流されていく。


それが、一番危ないことだと知りながら。


「依存は甘い」


「依存は危険だ」


「でも、こんなにも心地よい」


その三つの言葉が、同じ温度で胸の中に並んでいる。


天秤は、ゆっくりと片方に傾き続けている。


理性は、確かにここにある。


けれど、それを握っている手は、もう、弓からの通知音なしでは落ち着かなくなっていた。

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