表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライバーさんとの甘い罠  作者: 困ったクマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/62

part39 本能の盛り上がり

 弓視点


配信は、いつも通りに終わった。

コメントも、いつも通り賑やかで、終わるときには「おつゆみ」「今日もよかった」と言ってもらえた。


「ありがとうございました。

 じゃあ、またね。

 おやすみなさい」


配信画面を閉じて、照明を落とす。

部屋が一気に暗くなって、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かになる。


その静けさの中で、急にさみしさがやってきた。

山の夕方、ふたりで笑ってた時間が、夢だったみたいに遠く感じる。


スマホを手に取る。

森さんとのトーク画面を開く。

さっき別れる前に、「後で配信、ちょっとだけ顔出しますね」と言ってくれていた人。

途中までコメントしてくれてたけど、終盤は寝落ちしたのか、アイコンが静かだった。


時刻を見る。

とっくに深夜。


「……起きてないよね」


そう思いながら、通話ボタンに指が伸びる。

一瞬だけ、ためらう。

でも、そのためらいよりも、声が聞きたい気持ちが強かった。


ワンコールだけ。

コール音が一度鳴ったところで、自分で切る。


心臓がバクバクしている。

すぐに、LINEを打つ。


『起きてないよね?』


送信ボタンを押してから、ソファに背中を預ける。

マフラーをぎゅっと抱きしめる。


目を閉じると、今日一日の映像が、頭の中で巻き戻される。

登り坂で息が上がったときの、自分の荒い呼吸。

肩をぽんって叩いてくれた森さんの手。

「大丈夫ですか」と笑った声。

そして、夕方になって、言葉より先に、腕の中に閉じ込められたときの体温。


スマホが、小さく震えた。


びくっと身体が跳ねる。

画面を見ると、森さんからの返信が来ていた。


『たまたま一瞬だけ目が覚めました。すごいタイミングですね笑』


胸の奥が、きゅっとなる。


たまたま。


そういうところにも、何かを感じてしまう。


指が勝手に動く。


『配信おわったー』


それだけを送る。

送って、数秒。

また既読がついて、メッセージが返ってくる。


『電話します?声、小さめになりますけど』


その一文を見た瞬間、身体の中にあったさみしさが、じんわりほどけた。


『はなしたい』


短く、それだけ送る。

すぐに電話がかかってくる。


「……もしもし」


受話器から聞こえた森さんの声は、本当に小さくて、囁くみたいだった。

周りの静けさまで、伝わってくる。


「ごめんなさい。

 起こしちゃって」


「いえ。

 たまたまなので。

 配信、おつかれさまでした」


いつもの、少しだけ丁寧な言葉。

でも、眠気混じりで、少し柔らかい。


「ありがと。

 森さん、途中までいたよね」


「はい。

 最後の方は……正直、記憶が怪しいですけど」


「寝ちゃった?」


「たぶん、そのあたりで落ちましたね。

 気づいたら、スマホ握ったまま寝てました」


その光景を想像して、思わず笑ってしまう。

声を立てないように、でも笑いがこみ上げる。


「……ふふ」


「笑いましたね、今」


「うん。

 なんか、かわいい」


自分で言ってから、しまったと思う。

でも、もう遅い。

電話口の向こうで、少しだけ沈黙が流れる。


その沈黙が、今日の山の静けさと重なる。

耳を澄ますと、森さんのゆっくりした呼吸が聞こえる。


「弓さんは、眠くないんですか」


「全然元気!あたしは夜型だなぁ」


「そうですか。 考えられません笑 これが社会人、、、」


たわいもない話をする。

今日の山で、足を滑らせかけたところ。

木の影から急に鳥が飛び立って、びっくりしたところ。

配信で噛んだところを、リスナーにすぐ弄られたこと。


森さんは、うんうんと聞いてくれて、ときどき短く笑う。

笑うたびに、息がマイクに触れて、耳の奥をくすぐる。


時間の感覚が、だんだん薄くなってきた。

目が重くなって、ソファに横倒しになる。

マフラーを枕みたいに敷いて、頬を乗せる。


「弓さん。

 そろそろ寝ないと、明日つらいですよ」


「んー……」


口だけが返事をする。

頭は、もう半分夢の中に足を突っ込んでいる。


「ちゃんと、ベッドで寝てくださいね」


「……や」


自分でも驚くくらい、子どもっぽい返事が出た。

そのまま、言葉がつながる。


「このまま、話してたい……」


沈黙。

ふたりの呼吸だけが、受話器越しに行き来する。


「電話の向こうで、寝落ちするのは、反則ですよ」


「……じゃあ、きっても、いいけど……」


言いながら、もう瞼は閉じている。

森さんの声が、少しだけ近くなった気がした。


「弓さん」


名前を呼ばれる。

その響きが、耳からまっすぐ胸に落ちて、そこにふわっと沈む。


「おやすみなさい」


「……おやすみ……」


その言葉を最後に、意識が完全に暗くなる。

でも、どこかで、まだ電話がつながっている気配を感じていた。


自分の寝息が、マイクに乗っていることなんて、まったく気づいていないまま。



次に目が覚めたときは、スマホの画面が真っ暗になっていた。

充電のケーブルが外れていて、バッテリーの残量はぎりぎり。


時間を確認する。

もう、明け方に近い。


「……切れてる」


小さくつぶやく。

恥ずかしさが、じわじわと押し寄せてくる。

寝落ちした側なのに、置いて行かれたみたいで、少しだけ胸がきゅっとした。


でも、そのきゅっとした感覚と一緒に、あったかいものも残っている。

自分が寝るまで、ずっと電話の向こうに森さんがいた、という事実。


スマホを握りしめたまま、もう一度目を閉じた。



起きたら、昼過ぎだった。

カーテンのすき間から入る光が、ちょっとまぶしい。


スマホを確認する。

森さんからのメッセージが来ていた。


『おはようございます。

 電話のあと、しばらく寝息が聞こえてたので、そのまま切りました。

 よく眠れてますように』


布団の中で、顔を両手で覆う。

恥ずかしさと、嬉しさと、どうしようもないくすぐったさが一気に押し寄せる。


『ねちゃったごめんー』


そう打って送る。

数分後に、返事が来る。


『いえ。

 寝るまで付き合えたなら、光栄です』


「……ずるい」


そうつぶやきながら、枕に顔を埋めた。

心臓のあたりが、じんじんしている。


『また電話する?』


森さんから、短い一文。

反射的に、指が動く。


『うん!

 したい!』


送ったあと、画面をじっと見つめる。

すぐに返事が来る。


『じゃあ、夕方少しだけ。

 お互いの時間の、真ん中あたりで』


『やったー!』


スタンプをひとつ、勢いで送る。

スマホを胸にぎゅっと抱きしめる。


まるで、付き合い始めたばかりの、バカップルみたいだと思う。

でも、その単語を自分たちに当てはめることは、まだ怖くてできない。


私は、まだちゃんと、考えていない。

考えないようにしている。

今日、自分がどれだけ自分から連絡をしたくて、声を聞きたくて、時間を埋めようとしているのか。


ただ、身体が先に動いている。

寂しいときにスマホを開く指。

通知が鳴るたびに跳ねる心臓。

マフラーに顔をうずめるたびに、少し落ち着く呼吸。


そこにどんな名前をつければいいのかは、まだわからない。


きっと、もっとあと。

落ち着いた時。

その時、今日のことを全部思い返したら。


そのとき、やっと私は、言葉にしてしまうのかもしれない。


――ああ、わたし、森さんのことが、好きなんだ。


そう気づくのは、もう少し先の話。

今はまだ、ただ、本能のまま、森さんの声を追いかけているだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ