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ライバーさんとの甘い罠  作者: 困ったクマー


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part38 首輪

《弓視点》


「じゃあ、今日はここまでにしときましょうか」


森さんがそう言って、ゆっくり腕をほどいた。


本当は、もっとこのままくっついていたかった。


でも、空はもう夕方の色を通り過ぎていて、街の灯りがひとつずつ点いていく。


「……配信、するんですよね」


少しだけ間をあけて、森さんが訊ねる。


「うん。

するつもり」


自分の声が、思ったよりちゃんとしていてほっとする。


「じゃあ、あとで行きますね」


「……うん、待ってる」


そのやりとりだけで胸が温かくなる。


駅で別れて、反対方向のホームに立つ。


改札を抜けて振り返ると、森さんはもう見えなくて。


だけど、首元には彼のマフラーが巻かれたままだった。


家に帰って、荷物を置いて。


靴を脱いで、ふっと息をつく。


マフラーをそっと外して、両手で広げてみる。


まだ、森さんの匂いが残ってる。


柔軟剤と、少しだけコートの布みたいな匂い。


胸のあたりがきゅっとなって、私はマフラーをぎゅっと抱きしめてしまった。


「……なにしてるんだろ」


自分で苦笑する。


でも、どうしても、もう一回だけ巻きたかった。


鏡の前で、さっきと同じみたいに首にくるくるっと巻いてみる。


鏡の中の自分が、いつもよりちょっとだけ“誰かのもの”みたいに見えて。


ぞわっと鳥肌が立つ。


これ、完全に首輪じゃん。


そう思った瞬間、顔が一気に熱くなった。


「だめだ、配信準備しなきゃ」


無理やり気持ちを切り替えて、機材の電源を入れる。


マイク。

インターフェース。

カメラ。


いつもの順番でチェックしていくけど、首元だけは落ち着かない。


マフラーを取ろうとして、手が止まる。


――これ、外したくない。


さっきのキスの感触も、抱きしめられた時間も。


全部まとめて、ここに結びついている気がした。


「……つけたままで、いっか」


小さく呟いて、私は配信ソフトを立ち上げた。


***


「こんばんは、弓です」


配信が始まると、画面の向こうにいつものコメントが流れてきた。


「こんちゃー」

「弓ちゃんおつかれ」

「マフラーしてるの珍しくない?」


やっぱり、すぐ言われた。


「今日はね、ちょっと寒くて。

外、冷えません?」


そう言いながら、マフラーの端を指でつまんで見せる。


「似合ってる」

「なんか新鮮」

「それ彼氏の?」


その一行で、心臓が跳ねた。


「ちがうよ」


即答してしまって、自分で焦る。


「えーw」

「怪しい」

「キスマーク隠しだったりして」


そのコメントを読んだ瞬間、背筋に電気が走った。


まさか。


「……そんなわけないでしょ」


笑いながら言うけれど、声がほんの少し上ずる。


自分でもわかるくらいに。


画面のコメント欄は、冗談半分のスタンプと草文字で埋まっていく。


「冗談冗談w」

「弓ちゃんそういうの苦手そうw」

「でもマフラーかわいい」


その流れに乗っかるみたいに、話題を切り替える。


「今日はね、山に行ってきました」


一瞬、コメントが止まる。


「山?」

「ソロ登山?」

「外配信じゃなくてガチのやつ?」


「ガチのやつです。

場所は内緒だけど、自然の中を歩いて、いっぱい深呼吸してきました」


山道の冷たい空気。

木の匂い。

足元の土の感触。


さっきまでの光景が、ふっと蘇る。


横にいた、森さんの歩幅。

時々くれる、短い言葉。


胸がじんわり温かくなるけれど、そこは飲み込む。


「もともと自然が好きで。

前からまた行きたいなって思ってた場所があって、今日はちょっとだけリフレッシュしてきました」


「いいね」

「山配信は?」

「外で笛吹いてほしさはある」


「外配信はね……やりたい気持ちはあるんだけど」


少し首をかしげる。

マフラーがふわっと揺れる。


「寒いから、いまは無理です」


笑うと、コメント欄も一緒に笑ってくれる。


「たしかにw」

「楽器も冷えるしね」

「風邪ひいたら困る」


胸の奥が、柔らかくほぐれていった。


画面の向こうで、いつもの人たちが笑ってくれている。

さっきまで山にいたのが、夢みたいだ。


しばらく雑談をしてから、気づく。


まだ、森さんが来ない


――森さん、まだかな、、、家庭かな、、、、。


ほんの少し、胸がきゅっとする。


来なくてもおかしくはない。


それでも、「あとで行きますね」の一言を信じてしまっている自分がいる。


「じゃあ、早速始めようかな」


そう宣言して、私は楽器を手に取る。


笛を唇にあてる瞬間、マフラーの布が頬に触れる。

その感触だけで、さっきの抱擁が頭をよぎる。


――落ち着いて。


自分に言い聞かせて、息を吸う。


そこに、ひょこんとコメントが流れた。


「こんばんは。

間に合いました」


アイコンを見た瞬間、胸が跳ねる。


森さんだ。


「こんばんは」


マイクに向かってそう言いながら、モニターの端に小さく笑みが映る。


「おつかれ」

「山どうだった?」

「マフラー、あったかそうですね」


そのコメントを見た瞬間、手元が少し震えた。


――見てる。


首元に巻かれた布の重さが、急に意識に浮かび上がる。


まるで、ここにまだ森さんの手があって。

「ここまでだよ」と優しく線を引かれているみたいで。


くすぐったくて、嬉しくて、ちょっとだけ怖い。


「うん。

あったかいよ」


画面に向かってそう言いながら、私はマフラーの端をそっと指で撫でる。


コメント欄には、何も知らない人たちの冗談が飛び交う。


「それ、やっぱ彼氏のなんじゃ」

「キスマーク隠し疑惑再燃w」


「だから、ちがうってば」


笑いながら返す。


でも、モニターの向こうにいる一人だけは、知っている。


これが、誰のものか。


どんな気持ちで巻かれたのか。


胸の奥で、小さく熱が灯る。


――こんなふうに、覚えていられるなら。


跡なんて、なくてもいいのかもしれない。


そんなことをふと思いながら、私はゆっくりと息を吸った。


「じゃあ、一曲。

聴いてください」


指が動き始める。


息が笛に流れ込んで、音が部屋いっぱいに広がる。


首元のマフラーが、動くたびにかすかに揺れて。


それが今日は、どんな照明よりも心強いお守りに感じられた。

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