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ライバーさんとの甘い罠  作者: 困ったクマー


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part31 繊細で頭が回ることの弱点

《森視点》


スマホの画面を見ている時間が、ここ最近やたらと長くなった気がする。


いや、正確に言えば――

「見ている時間は長いのに、やり取りは短くなった」だ。


通知は来る。

でも、そのほとんどは彼女じゃない。


仕事の連絡。

家族のグループライン。

どうでもいいアプリの通知。


そして、一番待っているはずのアイコンだけが、なかなか光らない。


 


「……また、既読だけか」


小さく息を吐く。


送ったメッセージのすぐ下に、小さな「既読」の文字。

それだけがぽつんと残っている。


返事が来ない、というわけじゃない。


ちゃんと返ってくる。

ただ――短い。


以前は、どうでもいい雑談を延々と続けていた。


今日食べたもの。

会社であった、ちょっとした愚痴。

配信での、嬉しかったコメント。

次に吹きたい曲の相談。


話題が切れても、無理やりでも何かを繋ぎ止めるように、彼女の方から言葉を重ねてきた。


「ねー、まだ起きてる?」

「今日さ、こんなことあってさ」

「聞いてほしい……」


そんなメッセージに、いちいち心が緩む自分がいた。


 


今は、違う。


「ありがとう!」

「うん、大丈夫!」

「また連絡するね!」


きちんとしている。

礼儀正しい。

何もおかしくない。


それでも――

胸の奥に、うっすらと冷たいものが溜まっていく。


 


「俺が、贅沢になっただけか?」


ソファに体を沈めながら、喉の奥で独り言みたいにつぶやく。


最初の頃を思い出す。


まだ、お互いの距離感が今ほど近くなかった時期。


配信に通い始めたばかりで、彼女も俺を“たくさんいるリスナーのひとり”として扱っていた頃。


あのときだって、返事が遅いとか、短いからといって、こんなにいちいち動揺しなかった。


「仕事もあるし、プライベートもあるし、そんなもんだよな」


そう自分に言い聞かせていたはずだ。


 


じゃあ、今は何なんだろう。


既読のタイミング。

短くなった文の温度。

絵文字の数。

「笑」の頻度。


そんなものをいちいち数えてしまう自分が、正直、かなり気持ち悪い。


それでも目が離せない。


 


大きく息を吸って、ゆっくり吐く。


胸の内側が少しだけチリチリする。


この感覚には覚えがある。


期待値を、自分でどんどん高くしていって。

その期待を、相手が“普通にしているだけ”で裏切ったように感じてしまう、あの悪いクセ。


「……また、やってんな」


自嘲気味に、笑いともため息ともつかない音が漏れる。


 



違和感をはっきり意識したのは、電話の回数が目に見えて減った頃だ。


前は、くだらない話でもよくかかってきた。


「お風呂入る前に、ちょっとだけ声聞きたい」とか。

「今から配信だけど、不安だから、応援して」とか。

「今日、変なコメント来てさ……聞いてほしい」とか。


内容なんて、ほとんどは大したことじゃない。


けれど、その「どうでもいいことを話したい」と思ってもらえていること自体が、俺には嬉しかった。


 


今は――


「今日は疲れてるだろうから、また今度ね」

「明日も早いでしょ? 寝よ寝よ」

「長電話しちゃったら悪いからさ」


そう言って、通話ボタンに指を伸ばす前に、自分でブレーキを踏んでいるような気配がある。


もちろん、言葉上は気遣いだ。


「俺のことちゃんと考えてくれてるんだ」と思えば、それで終わる話でもある。


ただ、その奥にあるものを、どうしても考えてしまう。


 


「……ほんとに、俺のこと思って止めてるのか?」


それとも、単純に。


話すのが、重くなってきたのか。


 


スマホを手の中でくるくる回す。


指先に伝わる、ケースの少しザラついた感触。


いつの間にか、通話履歴を開いていた。


画面には、彼女の名前とアイコンがずらりと並んでいる。


少し遡る。


その間隔が少しずつ、開いているのが目に見えて分かる。


 


「……数字で見ると、余計にくるな」


目を閉じる。


脳裏に浮かぶのは、あの甘えた声だ。


「もしもし」

「森さん?」

「今、大丈夫?」


あの声音が、今は少し遠く感じる。


 



原因を探そうとするクセは、良くも悪くも、昔から変わらない。


仕事でもそうだ。


トラブルが起きたとき、まず「なぜ?」を探す。


配線の劣化か。

設計のミスか。

運用の問題か。

前提条件のすり合わせ不足か。


どこかに必ず、原因がある。


それを特定できれば、対策も見えてくる。


 


……人の心に、それをそのまま持ち込むのが、間違いなんだろうとは分かっている。


それでも、考えてしまう。


 


① 俺の態度が、調子に乗りすぎた

② 彼女の中に「女として見られている」感覚が強くなった

③ 配信者としての自分と、俺の前での自分のギャップに耐えられなくなった

④ 仕事や生活の負担が増え、単純に余裕がなくなった

⑤ 俺への気持ちが、穏やかにフェードアウトしてきている


番号を振って、頭の中で並べてみる。


どれか一つ、ではない気がする。


いくつかが同時進行で、少しずつ積もっている、そんなイメージだ。


 


特に②。


あの日、自分でも分かるくらい、俺は“男”を出してしまった。


わざと出したのではない。


抑えきれなかった、の方が近い。


画面の向こうに映る彼女を見て、言葉のブレーキが間に合わなかった。


それまで、意識して避けていた領域に、自分から足を踏み入れてしまった。


 


彼女も、それを分かっている。


あの時の、少し驚いたような、でも嬉しそうな、複雑な顔。


あの表情を思い出すと、胸の奥がまだじんわりと熱くなる。


 


「……嬉しかったんだろうな、きっと」


そして同時に、怖くなったのだろう。


俺も、彼女も。


違う種類の怖さを、それぞれに抱えた。


 


俺は、これ以上踏み込んだら戻れなくなることへの怖さ。


彼女は、演奏家である自分が「たったひとり」にだけ、過剰に女として意識されることの怖さ。


配信者としての自分。

音楽家としての自分。

女としての自分。


その境界が、俺とのやり取りの中でだけ、ゆっくり溶けていく感覚。


それは、たぶん心地よくて、同時に、とても危うい。


 


「……だから、距離か」


理解はできる。

論理としては。


けれど、納得とは別だ。


心のどこかで、子どもみたいな声が上がる。


「なんで、一言も言ってくれないんだよ」


 



「距離を置きたい」と言ってくれたら、まだ良かったのかもしれない。


「ちょっと冷静になりたい」とか。

「リスナーとしての関係に戻したい」とか。

「今のままだと、配信者としてブレちゃう」とか。


理由があれば、それを受け止めて、俺なりに区切りをつけることもできる。


 


だけど彼女は、それを言葉にしない。


ただ、少しずつ速度を落としていく。


急ブレーキではない。


ハンドルも切らない。


ただ、アクセルをゆっくり離していくだけ。


だからこそ、こっちは減速していることに、しばらく気づけない。


 


「……気づいた時には、もう景色が全然違うんだよな」


ふと、そんな比喩が浮かぶ。


速度が落ちたと思った時には、もう、見えている風景が“あの日々”とは別物になっている。


以前のように、毎日何時間も通話をして。

日付が変わるまで、どうでもいい話で笑い合って。

配信の裏側まで共有して。


そういう時間が、「ちょっと前の特別な時期」になっていく。


 


「……期間限定、だったのか?」


言葉にしてみると、別の痛みが走る。


あの時間を、特別だと思っていたのは俺だけで。


彼女にとっては、自分が不安定だった時期を、誰かに預けてしまった一時避難所みたいなものだったのかもしれない。


安全圏。

甘えられる場所。

でも、永住するつもりはない場所。


 


「だったら、最初から期待するなよって話なんだけどな」


そう思う一方で、やっぱりどこかで思ってしまう。


――期待するな、は無理だろう。


あれだけ嬉しそうに笑って。

あれだけ「ありがとう」を重ねられたら。


そこに、何か特別なものを感じるな、という方が無理がある。


 



数日、意識してこちらからの連絡を減らしてみた。


試すようなことは、好きじゃない。


それでも、自分の中の“バランス”を知るために、一度距離を置いてみたかった。


「連絡しなきゃ」と思っているうちは、まだ余裕がない。


「連絡しないでいられるかどうか」を確かめることで、少しでも冷静になれないか、と考えた。


 


結果は――


「ダメだな」


三日目の夜、苦笑しながらそう呟いた。


 


配信の時間になると、結局枠を開いてしまう。


コメントは、前より控えめにする。


「森さん今日静かだね」と、他のリスナーから突っ込まれると、

「仕事疲れっす」と適当に返す。


彼女は、いつも通りに笑って。

いつも通りに笛を吹いて。

いつも通りに、みんなとやり取りしている。


ただ、“俺に向けた何か”が、ほんの少し薄くなったような気がする。


名前を呼ぶこと。

ふと視線を向けてくるタイミング。

内輪の冗談を振ってくる頻度。


どれも、ゼロになったわけじゃない。


「普通になった」だけだ。


それが分かっているからこそ、余計に堪える。


 


「普通って、こんなに遠いんだな」


配信が終わったあと、暗い部屋で天井を見上げる。


画面越しに見ていた、あの笑顔。


あれはもう、“みんなのもの”だ。


最初からそうだったはずなのに、途中で俺が欲張った。


俺だけが、何かを特別扱いしてほしいと、知らないうちに思うようになっていた。


 


「――ずるいな」


彼女じゃない。

俺が、だ。


自分の方がよっぽど、身勝手だ。


 



それでも、どうしても飲み込めないことが、ひとつだけある。


「説明が、ない」


たった一言でいいのに、と思う。


「ちょっと距離を置きたい」と。

「今のままだと、怖い」と。

「配信者としての自分がぶれる」と。


どんな理由であってもいい。


腹が立つ理由でも、傷つく理由でもいい。


理由さえあれば、「そうか」と飲み込める。


 


何も言わないまま、態度だけ変えてしまう。


それは俺にとって、「相手を信じるための材料を残してくれない」ということだ。


 


「……弓、らしいっちゃ、らしいんだけどな」


心が先に動いてしまう。

理屈は、後から探そうとしても追いつかない。


楽しいときは、ブレーキが壊れたみたいに距離を詰めてくる。


怖くなった瞬間、手を離す。


そのどちらにも、悪意はない。


だからこそ、厄介だ。


「たしかに、昔からこうだったって自分で言ってたよな」


感情のスイッチが、ある日突然切り替わる。

我に返ったみたいに、急に冷静になってしまう。


そういう自分を、彼女はどこかで「少しおかしいのかも」とも感じていた。


 


分かっていたはずだ。


それでも、巻き込まれずにはいられなかった。


 



「……会うか」


その言葉が、ようやくはっきり形になったのは、そんな状態が続いて、二週間ほど経った頃だ。


スマホを手の中で握ったまま、しばらく動かなかった指が、ようやく画面の上を滑る。


「このまま、じわじわ沈んでいくのだけは、勘弁してほしい」


それが正直な気持ちだった。


ゆっくりフェードアウトする優しさを、俺はうまく扱えない。


終わるなら、終わると言ってほしい。

続けるなら、続けるためにどうするか、一緒に考えたい。


白でも黒でもないまま、ずっと灰色を持たされるのが、一番しんどい。


 


メッセージの入力欄を開く。


「話したいことがあるんだけど」


そう打ち込んで、一度消す。


湿っぽい。

重い。


いきなりこれでは、彼女はきっと身構える。


 


「久しぶりに、会わない?」


そう打ち直す。


もっと軽く。

もっと自然に。


「最近、ちゃんと話してない気がするからさ」


追い打ちで、そう付け足す。


ここまでで一度止まる。


送信ボタンの上に、親指を置いたまま、数秒考える。


 


「……これ以上は、考えても変わらんな」


送信。


淡い光とともに、メッセージが画面の向こうへ飛んでいく。


心臓が、少し強く脈打つ。


 


数分後。


思ったより早く、「既読」がついた。


その直後、短い返信。


「うん」


それだけ。


けれど、その一文字の中に、少なくとも「完全な拒絶ではない」ことが含まれている。


それだけで、少し肩の力が抜ける。


 


「じゃあ、ちゃんと、聞こう」


彼女が何を怖がっているのか。

何を守りたいと思っているのか。


俺のどこが、どう見えてしまっているのか。


 


聞いたからといって、思い通りの答えが返ってくるとは限らない。


むしろ、もっと傷つく可能性の方が高いかもしれない。


それでも、知りたい。


知らないまま、勝手に想像して、勝手に沈んでいくよりは、ましだ。


 


「これでダメなら、そこで終わりにしよう」


心の中で、そっと線を引く。


大人としての、自分なりのけじめ。


 


……本当に、その線を越えられるのかどうかは、まだ分からない。


それでも今は、そう決めておく必要があった。


 



約束の日取りを決めるやりとりは、淡々と進んだ。


「いつなら空いてる?」

「この日と、この日なら」


仕事のシフト。

彼女の配信の予定。

お互いの生活リズム。


それらをすり合わせていく。


その会話だけ切り取れば、何もおかしくない。


友人同士が、久しぶりに会おうとしているだけだ。


 


だけど、心の底ではずっと、別の声がささやいている。


「これが最後になるかもしれない」


そう思うと、指先が少し震える。


画面の向こうにいる彼女は、その震えを知らない。


いや、知らなくていい。


 


最終的に、海へ行くことになった。


人目が少なくて、ゆっくり話せる場所。


彼女の方から、「海にしない?」と提案してきた時、意外だと思った。


同時に、どこかで納得もした。


 


「人に聞かれたくない話をするつもりなんだな」


そういう覚悟が、少しだけ見えた気がしたからだ。


 



約束の日が近づくにつれ、メッセージの頻度はさらに落ちた。


お互いに、何となく「当日まで余計なことは言わないでおこう」としているような空気。


前だったら、「楽しみだね」とか、「何着ていこうかな」とか。

そういう他愛もないやり取りが、間に挟まっていたはずだ。


今は、それがない。


必要なことだけを確認し、お互いそれ以上は踏み込まないようにしている。


 


「……まるで、これから裁判でも受けるみたいだな」


自分で考えて、苦笑する。


被告席に座るのは、どっちなんだろう。


俺か。

彼女か。

それとも、どっちもか。


 


前日、寝る前。


布団の中で天井を見上げながら、ゆっくりと息を吐く。


何度もシミュレーションをする。


こう言われたら、こう返そう。

こう責められたら、こう認めよう。

こう言ってくれたら、こう受け止めよう。


頭の中で言葉を並べ替えては、全部崩していく。


結局のところ、どれも“現実”の前では役に立たない。


 


「行って、顔見て、声聞いてからじゃないと、何も決められないか」


諦めにも似た、静かな覚悟がじわじわと広がっていく。


 


スマホを手に取り、最後に一言だけ送る。


「明日、気をつけて来てな」


すぐに返事が来た。


「うん」


たった一文字。

それでも、そこに入っている呼吸を、勝手に想像してしまう。


 


画面を伏せて、目を閉じる。


鼓動の回数を数えながら、眠りを待つ。


眠りは浅く、夢は混ざり合い、夜はやけに長かった。


 


――そして、約束の日が来る。


それが、何を決める日になるのかは、まだ分からない。


ただひとつ確かなのは。


もう、今までのようには戻れない、ということだけだった。

それにしても、ドロドロしてきましたね。昼ドラですね。かいてて気持ち悪くなってきました笑

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