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ライバーさんとの甘い罠  作者: 困ったクマー


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part24 間接的な告白

【弓視点】


スマホの画面が、暗い部屋のなかで、ぽうっと白く光っている。

ベッドの上で、うつ伏せになったり、仰向けになったり。

寝ようと思えば眠れそうなのに、指だけが勝手に動く。


トーク画面の一番上には、森さんの名前。

その下に、さっきまで続いてた会話のログ。


「今日は配信おつかれさまでした」

「新曲すごく良かったです」

「世界がまたひとつ、広がった感じでした」


そんなふうに書かれている文字を、何度もなぞってしまう。


もう夜中。

むしろ朝に近い。

配信を終わらせて、歯を磨いて、布団に潜り込んで。

そこからずっと、こうしてスマホを握ったまま。


「……ねえ」


自分に向かって、声に出さずに、心の中で話しかける。

ねえ、そろそろやめたら?

スタンプ一個送ったら、またそこから話しちゃうでしょ。


わかってるのに、親指が、吹き出しマークを押してしまう。


「きょうもありがと」


平仮名で打って、ハートは付けない。

付けたいけど、付けない。

代わりに、ふにゃっと笑ってるクマのスタンプを選ぶ。


送信。


「……あ」


押した瞬間、心臓が少しだけ跳ねる。

既読が、すぐ付く。


『こちらこそありがとうございました』


森さんから、返事が来る。

早い。

やっぱり起きてる。


『まだ寝てなかったんですか』


「そっちこそでしょ……」


小さく声に出してから、フリックで文字を打つ。


「もりさんこそ。

 ねてないじゃん」


送る。


『ですね』

『弓さんの配信見たあとは、すぐ寝るモードになれないです』


「しらんし」


そう打ちかけて、消す。

代わりに、もう少し無難な言葉を打つ。


「めいわくじゃない?」


『迷惑だったら、とっくに寝てますよ』


画面の文字を見て、少しだけ、肩の力が抜ける。

その瞬間、体のどこかが跳ねたような感覚がして、あ、と思う。


これ、なに。

恋、とかじゃない。

そんな大げさなものじゃない。


ただ、安心する。

その程度。

……その程度、のはず。


「ねえ、でんわは?」


気づいたら、打っていた。

一瞬、送信ボタンの上で指が止まる。

でも、そのまま押す。


『今?』


すぐ返ってくる。


「うん」


打ち込んでから、慌てて付け足す。


「むりならいいよ」


返事までの間が、さっきより長い。

この数秒が、やけに長く感じる。

胸のあたりがくすぐったくて、でも少し痛い。


『家なので、長電話はさすがにマズいです』

『でも、少しだけなら』


「……っ」


声にならない声が漏れる。

何この、ちょっとだけのうれしさ。

別に、恋じゃない。

ただ、話したいだけ。


『こちらからかけていいですか』


「うん」


打ってから、スマホをぎゅっと握りしめる。

直後、画面が切り替わって、着信の画面。


タップ。


「もしもし」


耳に押し当てたスマホから、森さんの声が聞こえる。

少し抑えた、小さな声。


『……もしもし。

 声、小さくてすみません。

 家なんで』


「ふふ。

 ひそひそ森さんだ」


『そうですね。

 なんか、悪いことしてるみたいですね』


「わるいこと、してんの?」


わざと、からかうみたいに言ってみる。

そのくせ、心のどこかで、答えを探している。


『ギリギリ、してない範囲でいたいです』


「ギリギリ、ね」


布団の中で、仰向けになって、天井を見上げる。

真っ暗なのに、なんとなく、森さんの顔を探してしまう。


本当は、電話もそこまで得意じゃない。

顔が見えないと、相手の気持ちがぜんぜん読めないから。

声だけって、怖い。


でも、森さんは、怖くない。

息の吸い方と、間の取り方と、言葉の選び方で、だいたい何を考えているかがわかる気がする。


「きょうさ」


『はい』


「きょうの新曲、どうだった?」


『とても良かったです』

『途中で入ってくるあの、低い音のラインが、すごく好きでした』


「あ、うれしい。

 そこ、こだわった」


『弓さんらしいなと思いました』


「らしいってなに」


『いい意味で、ですよ』


そんなふうに、どうってことない会話が続く。

新しく練習している曲のこと。

今日の配信のミスのこと。

コメント欄でちょっと噛んだ挨拶のこと。


笑ったり、ふーんって言ったり。

温度が、いつもの配信より少しだけ低くて、柔らかい。


ふと、沈黙が訪れる。

気まずくない沈黙。

でも、このまま終わらせたらもったいないような、静けさ。


ここで、終わればいいのに。

そこでやめておけば、何も揺れなかったのに。


「ねえ」


自分の声が、思っていたよりも近くで聞こえる。


『はい』


「もりさんってさ」


言いかけて、言葉が喉につかえる。


何を聞きたいのか。

自分でも、ちゃんとはわかってない。


「……いま、しあわせ?」


出てきたのは、予定してなかった言葉だった。


『幸せ、ですか』


少し笑う気配。

でも、その笑いの奥に、薄い何かが混じっているのを感じる。


『うーん。

 そうですね』


「なにそれ」


『難しい質問ですね』


「むずかしい?」


『家族もいて、仕事もあって』

『表向きには、ちゃんとやってるって言えると思うんですけど』

『本当に幸せかって言われると、考え込んじゃいますね』


「ふうん」


天井を見つめる目が、ゆっくりと閉じていく。

森さんの声だけが、暗闇のなかでくっきりしている。


『弓さんはどうですか』


「わたし?」


『弓さんは、今、幸せですか』


「んー……」


すぐには答えられない。

頭で考える前に、体のどっかがざわっとする。


「ふつう?」


『普通』


「うん。

 生きてるし。

 ごはんも食べれてるし。

 笛も吹いてるし」


『なるほど』


「でもさ」


言いながら、自分の指が、布団の端をつまんでいるのに気づく。


「ときどき、すごくさみしい」


『……うん』


「だれかに、みつけてもらいたい」


『弓さんは、もう見つけられてると思いますけどね』


「え、だれに」


『いろんな人に、です』


「それ、ずるい答え」


『ずるいですね』


そんなふうに笑い合いながら、心のどこかが、じわじわと熱くなっていく。


言ってはいけないことと、言いたいことが、喉のあたりでぐるぐる回っている。


「ねえ」


『はい』


「もしさ」


スマホを持つ手に、少し力が入る。

心臓の鼓動が、耳の奥でうるさい。


「もし、だよ」


『うん』


「もりさんがさ」


一度、息を飲む音が自分でわかる。


「おくさんと、わかれたらさ」


そこまで言って、頭の中が真っ白になる。


言った。

今、わたし、なに言った。


『……』


一瞬で、空気が変わる。

電話越しなのに、わかる。


「や、ちが……」


慌てて言葉を足そうとして、うまく出てこない。

喉がきゅっと締まり、布団が急に重く感じる。


「ごめん、えっと」


『弓さん』


森さんの声が、静かに割り込んでくる。

責める感じではない。

怒っている感じでもない。


でも、さっきまでより、少しだけ低い。


『その話はね』


短い間。


『簡単じゃないんですよ』


「あ、……うん」


『誰かと別れるっていうのは』

『誰かをすごく傷つけるってことで』

『そのあと、自分もずっと傷つき続けるってことで』


「……うん」


『だから、軽い気持ちでは、考えないようにしてるんです』


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥のどこかが、きゅっと縮む。


わたし、軽く言ったんだ。

冗談半分で。

本気半分で。


「ごめん」


蚊の鳴くみたいな声しか出ない。


『謝らなくていいですよ』


「でも、なんか、いまの、すごい……」


『刺さりました?』


「ささった……」


『僕も、刺さりました』


一瞬、呼吸が止まる。


『でも、嫌な意味だけじゃないです』


「どういう……」


『……』


小さなため息が聞こえる。

それから、少しだけ柔らかい声になる。


『そんなこと、聞いてくる人、あんまりいないから』


「そりゃそうでしょ」


『ちょっと、うれしかったです』


「え……」


『僕のこと、ちゃんと人として見てくれてるんだなって』


「ひととして?

 なにそれ」


『配信者としてじゃなくて』

『ただの、森として』


「もともと、もりさんじゃん」


思わず、笑ってしまう。

緊張していた胸が、少しだけゆるむ。


「なんかさ」


『はい』


「わたし、よくわかんないんだよね」


『何がですか』


「こういうの。

 いまみたいなの」


『こういうの、って?』


「なんか、きいちゃいけないこと、きいちゃったなっておもってるし」

「でも、ききたかったんだよね」


『うん』


「おかしい?」


『おかしくないと思いますよ』


「ほんとに?」


『弓さんが聞いてくると、変な感じしないです』


「なんで」


『弓さん、嘘つかないから』


「ついてるかもしれないよ」


『つけない人です』


「……かもね」


本当は、嘘をついている。

“恋じゃない”って、自分に言い聞かせてる。

これは依存で、安心で、甘えで。

恋とはちがう、って。


でも、それを森さんには言えない。

言葉にしたら、何かが決まってしまいそうで。


『僕もね』


「ん」


『弓さんのこと、すごく大事だと思ってます』


「……っ」


『でも、その大事を、間違った形にしないように、がんばってるところです』


「まちがったかたち」


『うん』


「まちがっても、いいけど」


言ってから、自分でびっくりする。


なにそれ。

なに、いまの。


『……』


森さんが、言葉を探している気配がする。

沈黙が、さっきより重たい。


「あ、いまの、なし」


慌てて言い直す。


「いまの、きかなかったことにして」


『無理ですね』


「なんでー」


『ちゃんと聞こえましたから』


「やだ」


『やですか』


「やだ」


布団の中で、足をばたばたさせる。

子どもみたいな動き。


でも、その子どもっぽさに、自分で少し救われる。

“ちゃんとした女の子の言葉”みたいに、重くならない。

そう思いたいだけかもしれないけど。


『……ありがとう』


「え?」


『今の、言ってくれて』


「おれいいうことじゃない」


『僕にとっては、そうなんです』


まっすぐな声。

優しいけど、逃げ場がない。


「もりさんってさ」


『はい』


「ずるいよね」


『よく言われます』


「わたしも言う。

 ずるい」


『受け止めておきます』


そんなふうに、また少しだけ笑い合う。

さっきまでの重さが、完全には消えない。

けれど、落ちていく感じは止まった。


「ねえ」


『はい』


「いまさ。

 わたし、なにしてんだろって、ちょっとおもってる」


『僕も、ちょっと思ってます』


「おそろいだ」


『ですね』


「でも、きっとさ」


上を向いて、薄く目を閉じる。

声だけが、体の真ん中をなぞっていく。


「こんなに、なんでも話せる人って、いないんだよ」


『……そうですね』


「だから、もうちょっと、話してたい」


『じゃあ、もうちょっとだけ』


「うん」


そこから先の会話は、さっきより軽い。

他愛もない。

今日見た夢の話とか。

ふと浮かんだメロディのメモの話とか。


でも、その軽さの底に、さっきの言葉たちが沈んでいるのを、ずっと感じていた。


電話を切ったあと。

天井を見つめたまま、目を閉じる。


まぶたの裏に、森さんの声が残っている。

さっき、自分が言った言葉も、何度もリピートされる。


「……ばか」


自分に向かって言う。


恋じゃない。

まだ。

たぶん。


でも、もし恋じゃないとしても。

それとほとんど変わらない場所まで、もう来てしまっている。


そのことだけは、体が先に知っていた。

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