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ライバーさんとの甘い罠  作者: 困ったクマー


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Part17 揺れる影の中で


(森視点)


【森視点】


海から離れると、空の色がゆっくり変わっていくのが見えた。

車のミラーには、まだ弓さんが波を見ていた横顔がぼんやり残っている気がした。


助手席のほうから、小さく息を吐く音がした。

その呼吸だけで、胸の奥が妙にざわつく。

落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。

距離は保つべきだ。

線は引くべきだ。

それくらい、わかっている。


「このまま山のほう行ってみます?」


「うん。すき、山。森さんと行くの、なんか安心する」


その“安心する”の言い方があまりに自然で、言葉そのものより、その無邪気さに胸が揺れた。


(危ないな……これは)


アクセルを踏む足に力が入る。

車内に流れこむ風の温度が変わっていくのを感じた。


「ねえ、森さん」


「はい」


「なんか……今日、変な感じするね」


「変な感じ?」


「うん。なんか……普通じゃないっていうか。楽しいけど、楽しいだけじゃないというか」


横目で見ると、弓さんは窓の外を見ながら、指先で膝を軽く叩いていた。

落ち着かないとき、彼女はいつもこうやってリズムを取っている。


「僕もですよ。普通じゃないっていうのは……たぶん、わかります」


「え、森さんも?」


うれしそうに振り返られると、まともに目が合わせられなかった。


「……まあ、少しだけ」


「少しだけ、って言い方ずるい」


「ずるいですかね」


「うん」


風が吹いて、車内の空気が少しだけ軽くなる。



山道に入ると、陽の光が木々の隙間から斜めに差し込んできた。

その光が弓さんの頬に落ちて、表情がやわらかく揺れる。


「ここ……すごいね」


「いい場所なんですよ。僕も昔からよく来てて」


「へえ……こういうとこ似合うね、森さん」


「似合います?」


「似合うよ。なんか……落ち着いてるし、静かで、でも安心する感じ」


その言葉を受け取った瞬間、胸の奥のどこかがひどく温かくなった。

この温度はまずい。

わかっているのに、制御できない。


「弓さん」


「なに?」


「……言葉、気をつけたほうがいいですよ」


「え?」


「その……僕、そんなに強くないんで」


言い終わるや否や、空気が一瞬止まった。

弓さんは目を丸くして、口元に手を当てた。


「……ごめん」


「いや、謝らなくていいんです。そういう意味じゃなくて……」


「わたし、たぶん……人のこと、変に動かしちゃうときあるよね」


「まあ……ありますね」


「やっぱり」


苦笑しながらも、どこか寂しそうに視線を落とした。

その姿に胸がぎゅっと締まる。


(違う。そうじゃない)


「でも、それ……悪い意味じゃないですよ」


「いい意味ある?」


「ありますよ。むしろ、いい意味しかない」


弓さんは顔を上げた。

光が瞳の中で揺れていた。


「音楽に向き合う人って、みんなそういうところあるんですよ。

 目の前のものにまっすぐ触れるから、影響を与える力が強い」


「……わたし、そんな……立派じゃないよ」


「立派じゃなくていいんです。弓さんは弓さんで、それが魅力なんです」


弓さんが一瞬、呼吸を飲んだように見えた。

その静かな反応が、言葉より響いてきた。


「森さんって……ほんと、ずるい」


「ずるいですかね」


「ずるいよ。そんなこと言われたら……ちょっと、やばい」


何がやばいのか聞くのは、もう野暮だと思った。

弓さんの声の震えと、その軽さの奥にある熱が、そのまま答えになっていた。



山を抜けて、川沿いの道に出た。

透明な水が光を反射して、窓から差してくる。

弓さんは窓を少し開けて、流れる空気を吸い込んだ。


「ねえ森さん」


「はい」


「今日……来てくれてありがとう。ほんとに」


「来て良かったですよ」


「わたしも……来てもらえてよかった」


その言葉を聞いた瞬間、胸のどこかが静かに崩れた。

崩れたというより、ほどけた。

理性で作っていた壁が、ふっと薄くなったのがわかった。


(いけない。これはいけない)


なのに、心はまったく止まる気配を見せなかった。


「……また、来たいな」


弓さんは川のほうを向いたまま、小さく言った。


「今日みたいな日……また、あったらいいなって」


その声は、風と同じくらい静かで、でもまっすぐだった。


「……そうですね。

 また、来ましょう。次も」


言葉が口から出た瞬間、自分の中で何かが決定してしまった気がした。

線を引くと言いながら、その線を自分で薄くしているのは、他でもない自分自身だった。


弓さんはふっと笑った。

無邪気で、少しだけ切なくて、でもとてもきれいな笑い方だった。


「森さんといると……ほんと、楽しい」


「それは……光栄です」


「うん。わたしも、なんか……安心する」


川の音が風に混ざって、車内に流れ込んできた。

その音が、心の奥にゆっくり沈んでいく。


(このままじゃいけない)

(でも……止まれない)


二つの気持ちが胸の中で揺れ続けていた。


弓さんの横顔を盗み見て、視線を前に戻す。

それだけで、また少し心がざわついた。


(次も会いたい)

その言葉を、口にすることなく飲み込んだ。

けれど、その想いは胸の奥で確かに形になっていった。


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