1話 何気ない日常
第1話「何気ない日常」
灰児は教室に入ると、いつも通りの声が飛び交った。
「おはよう、灰児!」
「やっぱさ、天才って本当にいるんだな」
「塾でも有名だったらしいよ、灰児」
「小学生のとき、もう中学レベルの問題解いてたって」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
「昨日の発表、すごかったな!」
友人たちの声に、彼は軽く笑みを返す。期待に応えたいという気持ちが胸の奥で小さく揺れた。
能力開示式で示された“幸運”と言う文字と、思わず目を疑うようなステータス。
教室はざわついたが、誰もそれを否定しなかった。
「何かすごいことが起きるんじゃないか」そんな空気が、まだ灰児の周りには漂っていた。
幸いにも好意を寄せている幼なじみ、ミナトが同じクラスにいる。
汐凪ミナトが隣に寄り、静かな声で尋ねた。
「‘幸運’って、どういう能力なの?」
灰児は肩をすくめて笑う。
「まだわからないけど、きっとすごいことだと思う」
「灰児なら、どんな能力でも絶対使いこなせるよ」
ミナトはそう言って微笑んだ。
その笑顔がまっすぐすぎて、少しだけまぶしく感じた。
灰児もまた、その期待に応えたいと思っていた。
ーー違和感
教室の窓の外に目をやると、誰かがじっとこちらを見ている気配を感じる、だけど
振り返っても誰もいない。
さらに、自分の机の引き出しには、小さな紙切れが置かれていた。
そこには、ただ一言だけ――
「期待はずれ」
「は、?ふざけんなよ」
そう言う灰児の手に汗が滲むのを
ミナトは誰にも気づかれないように、じっくりと、蜜を味わうように、口角を上げていた。
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――その夜。
灰児は布団の中で天井を見つめていた。
机の引き出しにあった紙切れの文字が脳裏をよぎる。
「期待はずれ」
だが、なぜか心の奥に違和感が残っていた。
「でも、昨日のことは……」
思い返すと、登校中で幸運でなにかできることはないかと、手をかざしただけなのに、車に轢かれそうになった女子が偶然その近くに寄ってきてしまったことを思い出した。
「わっ!」
その子はけがはしていない。
けれど、その偶然に登校中のクラスメイトたちは騒いだ。
「さすが、幸運の持ち主!」
「なんか引き寄せてるっぽいよね」
灰児自身は、何もしていないつもりだった。
ただ、無意識に手をかざしただけだ。
それが幸運というものなのか。
その夜、携帯が震えた。画面には見知らぬ番号からのメッセージ。
「明日、気をつけろ」
胸の奥に冷たいものが走る。
――翌朝。
通学路の交差点で、灰児は立ち止まった。
向こう側を歩く年配の女性が、スマホに気を取られている。
そこへ、猛スピードの車が信号を無視して迫ってくる。
灰児は昨日の出来事を思い出し、今度も救えると思っい、手をかざす
その瞬間、女性が足を滑らせて転んだ。
「危ない!」
車はギリギリのところを通り過ぎていった。
周囲がざわつき、誰かがスマホを向けている。
「やっぱり、持ってるよな」
「幸運ってこういうことかも」
「まただよ、また」
登校中のミナトがそっと隣に寄ってきた、そして、ささやいた。
「灰児、やっぱりあなたは特別」
その言葉に、灰児は胸の奥で何かが動くのを感じた。
机の引き出しにまた一枚の紙切れが入っている。
「気づけ」
思えば、この紙はなんなんだろう、昨日のメッセージとは関係しているのだろうか。
また、それも幸運の一部なんだろうか...
「幸運能力で、期待はずれなんて送るか..ははは」