プロローグ
『幸運』
プロローグ「幸運」
俺は、ずっと自分が“選ばれた人間”だと思っていた。何でもすぐ理解できた。数字が読めた。理屈が分かった。周りの子が苦戦してる問題も、俺には簡単だった。先生は褒めてくれた。
親は喜んだ。「灰児は、きっとすごいことをする子だ」って。
そう言われて育った。信じていた。何も疑っていなかった。
ーそして、十五歳。
能力開示の日。
世界が、俺を認める日だと思っていた。
「鶉野 灰児くん」
名前を呼ばれ、モニターに手をかざす。
表示されたステータスは、こうだった。
【HP】36
【攻撃】6
【防御】5
【知力】9
【魅力】7
【能力】幸運
>あなたは幸運です。
……静かだった。
自分でもびっくりした、俺のステータスってこんな低かったか?
「なんで?」といった空気が、体育館に漂った。
「鶉野灰児..?」
「あの天才少年..?」
ザワめく、ザワめく、うるさい、俺は天才なんだ
「幸運……ね。珍しいね」
教師はそう言ったが、どこか戸惑っているようにも見えた。
「効果の詳細は、今の段階では不明です。でも、きっとこれから発現してくると思いますよ」
曖昧な言葉。
はっきり“ハズレ”だとは言わなかった。
でも、当たりだとも、誰も言ってくれなかった。
それでも俺は思っていた。
“幸運”は、きっとすごい能力なんだ。そうに決まっている。なんせ"幸運"だから
だって俺は、ずっと優秀だったんだから。
周りの大人も、先生も、家族も、そう言っていたじゃないか。
――そう思っていた。
翌日、クラスの空気が少しだけ変わっていた。
前より静かで、前より少しだけ、誰も俺を見なかった。
授業で手を挙げても、指されにくくなった気がする。
昼休み、輪の中に入ってもなんとなく無視されている感じがした。
それでも俺は笑っていた。
「大丈夫。たまたまだ。まだ能力は発現していないだけだ」
そう思えば、痛くなかった。
帰り道、ふと見かけた母の携帯画面。
メッセージが見えた。
「うちの子、なんでこんな能力なのかしらね」
「昔は期待してたんだけどね……」
「色々あるんだろ...心配すんな ..」
読み間違いかもしれない。
でも、なぜかその夜、母は目を合わせなかった。
崩れている。
何かが、少しずつ、音を立てずに。
でも、まだ俺は気づかないふりをしている。
だって、そうしないと、保てないから。
俺は、幸運なんだろ?
そう、思っていいんだきっと..."幸運"だから