協力者
私の学園行き、つまり王都での生活の諸々のことを相談するためにニヴェール子爵、おじ様とお父様はお兄様を交えてじっくりと話し合いを始める。
その隙に、私は胡散臭い笑顔を浮かべているアンリエッタの腕を掴み、自分の部屋まで連行してきた。
「どういうこと?」
ピキピキとこめかみに青筋を立てて、アンリエッタを問い詰める。
「あら、私はあなたのために学園に行くことを決めたのよ? これで、あなたも私も直接第二王子殿下とその側近たちとお会いすることができるじゃない」
あっけらかんと宣った親友の発言に、私の頭は思考することをしばらく放棄した。
え?
学園に通って直接第二王子殿下たちの行動を確認しろってこと?
た、確かに、このまま子爵領でやきもきして兄の帰りを待つのはどうかしら? と考えてはいたわ。
もしかしたら、私の知らないところで手遅れになるような出来事が起きるかもと……。
でもでも、あの全ての元凶だと私が疑っている第二王子殿下と直接お会いしたいとは微塵も願っていなかったんですけどーっ!
「はっ! でも通うのは淑女科ですわよね? だったらそんなに頻繁に第二王子殿下にお会いするわけじゃない?」
先ほど、おじ様に見せていただいた学園の入学案内書に描かれていた学園内の地図には、正門からすぐに騎士科と書記科の学舎があって、中庭、施設棟、そして一番広い建物の本科の学舎が奥に建てられており、淑女科はその隣にひっそりとあったはず。
学舎が違うなら、もしかしたら会うことも難しいかも?
「そうよ。こちらから会いに行かなければ第二王子殿下にお会いすることもご挨拶することもないでしょうね。でも、学園内にいれば噂話を聞くことはできるでしょう?」
「……ええ。あの人たちの動向がわかれば防ぎようもあるかもしれないわ」
「? 何から防ぐのよ」
むぐっ。
私は慌てて口を噤む。
アンリエッタは私が第二王子殿下を気にする詳しい事情を知らない。
前の時間の私であれば、子爵領への支援か自分の嫁ぎ先を探していると思われる行動だけど、死に戻ってきた私にアンリエッタは違和感を持っているようだった。
……だから、言動には気を付けていたのに。
「実は……。お兄様が学園の卒業論文を発表することになったの」
「凄いじゃない! 本当に教師が認めた優秀な人にしか許されないことよ!」
アンリエッタはパチンと両手を叩いて喜んでくれた。
「ええ。それで、その発表内容が第二王子殿下たちに、そのう、悪用されないか不安なのよ」
「悪用?」
アンリエッタはコテンとかわいく首を傾げて、目をパチパチ。
「えっと……その発表内容を第二王子殿下たちの権力で奪われたら、その、私たちアルナルディ家は貧乏なままじゃない? だから、兄の研究が第二王子殿下たちの目に止まらないようにしたいの、邪魔されたくないのよ」
「そんなに素晴らしい発表内容なの?」
ええ、前の時間で発表した新薬はね。
今回はそこまで高位貴族や王族の興味はひかないと思うわ。
あの人たちは、医師の診察も高い薬も手に入れることが安易なのですもの。
貧乏貴族や平民には医師の診察も高い薬にも手が出ないし、そのために重症化して死人が出ることもあるのにね。
「つまり、第二王子殿下たちからサミュエル様の研究を守ればいいのね?」
「そうよ。無事にお兄様が学園を卒業して、我が領に戻ってくれればいいのよ」
私の苦しい言い訳にコロッと騙されるアンリエッタに不安を覚えたけど、私は無理やり彼女を言いくるめ協力者になってもらうことに成功した。
アンリエッタとおじ様が帰っていったあと、私たち家族は何とも言えない気持ちでソファーに座っていた。
「本当にいいのだろうか」
父が下がり眉でこちらを窺うが、私だって困惑している。
「僕までいいのでしょうか」
お兄様が困り顔でじっとニヴェール子爵家との契約書を見つめていた。
父とおじ様との話し合いで、私の学園行きと王都の生活について詳しい契約を交わすことにしたらしい。
「本当にいいの? だって王都での暮らしはニヴェール子爵家の王都屋敷だし、生活費も学費も制服や勉強道具に至るまで、すべてニヴェール子爵家持ちなんて」
そう、本当に私は、ただアンリエッタの付き添いとして荷物もいらない状態で王都へ行けばいいらしい。
そんな馬鹿な!
しかも……。
「僕までニヴェール子爵邸で暮らすことになるなんてな。こちらも論文発表の研究費を負担してくれるって」
兄は学園の下位貴族専用の寮で生活していた。
使用人などいないので、食事以外は自分ですることになり、掃除や洗濯で勉強時間が削られていたのだろう。
同じ下位貴族でもお金を出せば掃除や洗濯はしてもらえるのに、兄は悲しいことに平民よりも厳しい学園生活を送っていたみたいだ。
ニヴェール子爵家の申し出はなんとも心苦しくもありがたい内容で、貧乏子爵家は遠慮することなんてできなかったのだ。
でも、兄と一緒に王都でニヴェール子爵家の王都屋敷で過ごせるのは願ってもないわ。
これで第二王子殿下たちとの接触する機会を減らせるはずだもの!
私はアンリエッタの心遣いに深く感謝するのだった。