母からのプレゼント
なんだかイレール様と二人で母の温室で過ごしていると、穏やかで優しい空気とどこか気恥ずかしさを感じてしまう。
目に映る植物や薬草はいつもと変わらないのに、さわさわと揺れて私の心を騒がせる。
「あっ……」
「どうしました?」
物珍しそうに温室のあちこちを眺めていたイレール様が、ふいに声を上げた。
「何かが光っていたような」
イレール様はずんずんと温室の奥へと進んで行く。
そちらには、母が大事にしていた薔薇の花と母の肖像画があるだけなのに?
光るものなんてあったかしら? もしかして兄がまた何か変なものでも植えたので? と首を捻りイレール様の跡をついていく。
「シャルロット嬢。これはなんだろう?」
公爵子息のイレール様が急にしゃがんで土を手で掘り起こしている。
見なかったことにしたほうがいいかしら?
「それは?」
イレール様の土が付いてしまったズボンとか、土で汚れた手とかをなるべく見ないように、不自然に顔を背けながら彼が差し出した何かを目に映す。
「あら、それは……。もしかして、これと同じ?」
私は自分の服の中から鎖を手繰り寄せてペンダントトップを外に出し、イレール様の手の中にあるそれと見比べた。
「シャルロット嬢のペンダントと同じだな」
「……ええ、色違いですけど」
私のペンダントトップのバラは白色だったのに、死に戻ってきたときに青色に変っていた。
父が教えてくれたバラの色の意味から、青色のバラの意味は神の祝福、私に起きた奇跡である「死に戻り」という奇跡を表すと思っている。
父や母、兄もそれぞれ意味のあるバラの色だったから。
そして……イレール様が見つけたバラの色は……紫色。
「シャルロット嬢の落とし物か?」
「いいえ。このペンダントトップは亡くなった母からの家族へのプレゼントですの。だから家族がお揃いで持っているのですが……家族が持つバラの色に紫はなかったですわ」
そもそも、温室のこんな端っこに埋めてあるなんて……誰がそんなことを?
「母上とは、この肖像画の夫人のことかな?」
「……は、はい。そうです」
イレール様はオレリアのことで私の母がヴォルチエ国の出身であることは知っている。
彼は、どこか異国の雰囲気を漂わせた母の肖像画を、好奇心を露わにした目で眺めていた。
「母上のバラは赤いのだな。何か意味でもあるのか?」
「はい。家族みんな色は違います。それぞれ色によって意味が違うそうです。父は黒いバラでしたが母からの熱烈なラブレターでした」
父があのバラのペンダントトップを大事にしているのは、母からの贈り物以上の価値があったからだわ。
そして、ふと、家族ではないのに母からバラのペンダントトップを贈られた人物に気が付く。
そう、私と兄の幼馴染で私の親友……、今ごろ兄と婚約を結んでいるアンリエッタのこと。
彼女は、母が亡くなる前にペンダントトップを貰っていた。
まるで、母が兄とアンリエッタが結婚するのがわかっていたみたいに……いえ、わかっていた?
でも、兄が昔からアンリエッタのことが好きだったら、親しい子爵家同士だし婚約の話が出てもおかしくはないもの、そこまで気にする必要はないかも?
なんとなく、母にはすべてわかっていた気がする。
だから、私のペンダントトップに何か魔法をかけていたのでは?
それは、私が近い将来に不幸な結婚をして愚かにも命を落とすことが、母には見えていたから。
だから、母は私を助けるために時間を巻き戻す魔法をペンダントトップにかけていた……神の祝福として。
じゃあ、いまイレール様が家族の徴であるペンダントトップを見つけたのには、意味があるの?
「どうした? シャルロット嬢、黙りこんでしまって、もしかして具合でも悪くなったのか?」
「はっ! ああ、いいえ、そのぅ、そのペンダントトップですけど」
私はチラッとイレール様が持つ紫のバラのペンダントトップに視線を投げる。
イレール様も私の目線を追い、手の中のペンダントトップを見て、なぜかギュッと握りこんだ。
「ああ……。その……とてもキレイでかわいいペンダントトップだな」
「あ、ありがとうございます。それで、ですね。その、ペンダントトップは家族とお揃いなので」
返してください、と続く言葉はイレール様の真剣な顔と、私の名前を呼ぶ鋭い声に驚き発することができなかった。
「シャルロット嬢!」
「はい!」
イレール様は私と向き合い、じっと見つめてくる。
私は右を見て左を見て、観念してイレール様の顔を真っ直ぐに見ようとしてできなくて、俯いた。
「この……ペンダントトップを譲ってはもらえないか?」




