近づく二人
公爵家、それも王族と近しい関係のモルヴァン公爵家で働いたらお給金が沢山もらえそうね、と最初は考えた。
でも、オレリアが起こした事件もほぼ未遂で終わらせることができて、妹のミレイユ様も完治とまでいかなくても症状を抑えることに成功している。
となれば、第一王子ジュリアン様は婚約者フルール様と結婚されることが決定しているため、モルヴァン公爵家嫡男イレール様は、未婚の高位貴族令嬢の垂涎の的だ。
父親の公爵様だって、妹の病気のため奔走していたイレール様に婚約の話を押し付けることは躊躇していたけれど、流石にいつまでも独り身のままで放っておくことはできないだろう。
つまり……私がモルヴァン公爵に勤めてすぐにイレール様は婚約され、早々にご結婚されるだろう。
前の時間で私と結婚されたときみたいに、王都内の別邸にて生活されるのか、王都屋敷本邸にて他のご家族と一緒に住まわれるのか。
ミレイユ様だって、病気のために婚約はされていなかったけれど、これからは婚約に向けて動かれるわよね。
……私、モルヴァン公爵家で働いたら、イレール様とその奥様に仕えることになるのかしら?
ツキン。
ん? なんだか……胸が、痛い?
「そうですね、勤め先はフルール様にお願いしようかと思います」
私は自分の中に芽生えた痛みに気づかないフリをして、イレール様に笑顔を向けた。
「そ、そうか。いや、シャルロット嬢に働いてもらうのも……。ミレイユが元気になり、どうも我が家で働いていたメイドの中に、素行の悪い者がいたことがハッキリしたんだ」
モルヴァン公爵家の王都屋敷にはイレール様とミレイユ様がおり、公爵夫妻は領地と王都を往復する暮らし。
どうも、イレール様が不在でミレイユ様が病気で眠っていることをいいことに、モルヴァン公爵家の財産に手を付けたり、主人であるミレイユ様に対して悪口を言ったり粗略に扱ったりしたことがあったそう。
「ミレイユは深く眠っていることもあれば、浅い眠りを繰り返しているときもあって、メイドたちの心無い言葉や仕草を見聞きしていたらしい。今回、とっても楽しそうに使用人の整理をしていた。それが思ったよりも多くて、今、モルヴァン公爵家は人手不足なんだ」
「貴族として家の内情をペラペラと貧乏子爵令嬢に話してしまうのはどうかと思いますわ、イレール様」
貴族は体面や評判が大事ですのよ?
でも気になってよく聞けば、ミレイユ様の逆鱗に触れ追い出された使用人の特徴が、前の時間で私のことを嬉々として虐めていた人たちによく似てる。
「……風通しがよくなって、ミレイユ様の心身にも良い影響があるかと」
前の時間で私に辛く当たっていた人物が、オレリア以外にも一掃できるなんて……ちょっと嬉しい。
「しかし、サミュエル殿は薬のこともあり度々王都の屋敷に訪れるように頼んだが……、他家に働きに出るとなるとシャルロット嬢に会うのにはどうしたらいいものか」
「え?」
イレール様はミレイユ様の件が終わっても、私と会いたいと思ってくださるのですか?
「何をそんなに驚いているんだ。……俺がシャルロット嬢と会いたいと思うのは変なことか?」
「だって……私は、子爵令嬢ですし……。身分もそうですけど、特に何をするともない、価値のない人間です」
少し俯きがちに視線を下に向けた私に、イレール様の厳しい声が降り注ぐ。
「そんなことはない! 貴女に価値がないなど! 俺は……俺はミレイユのことで暗闇の中で藻掻いていたときも、友のために王家の膿を炙り出しているときも、いつも貴女のことを思っていた」
「イ……イレール様」
イレール様は熱い眼差しで私を見つめ、その大きな手で私の両手を包む。
「本当にミレイユの病気のことでは、希望が見えなくてな……苦しかったんだ」
ギュッと強く握られた手に、私はそっともう片方の手を添える。
「イレール様。ミレイユ様はきっと大丈夫です。兄を信じてください。兄はきっと夢魔病を完治させる薬を作り出します」
「シャルロット嬢」
私はイレール様に自信を持ってニッコリと笑ってみせた。
兄の部屋に入ると、相変わらずの雑然とした様子が目に映ってうんざりした。
「お兄様! ちょっとは片付けてください。本だって広げ放しで日に当ててると傷みますわよ」
一冊一冊、なかなかに厚みのある本を集めて積んでいく私に、椅子に座ったままの兄は生返事だ。
「お兄様!」
「ああ、ごめんシャルロット。このノートをまとめていて」
「それは……」
「ああ、オレリアからアルナルディ家にと渡された謝罪のノート……とは表向きで、彼女からのプレゼントさ」
オレリアは、ヴォルチエ国との交渉に使われるため、一人だけ処罰がはっきりとは発表されなかった。
いま、彼女が我が国にいるのか、ひっそりと故郷のヴォルチエ国に戻ったのかも、私たちにはわからない。
その彼女からの謝罪の品だと、イレール様に渡された一冊のノート。
「何が書いてあったの?」
「ヴォルチエ国から持ち出し禁止の情報だろうね。特に人体のどこで魔力が作られているのか? とか、どのようにして魔力が放出されるのか? とか。夢魔病の薬を作りたい僕としては、喉から手が出るほどにほしい情報だよ」
ニコニコ笑顔で答えた兄は、そのまましばらくの間、自分の部屋から一歩も出てこなかった。
そのオレリアのノートに書かれていた情報で、夢魔病の原因や魔力を抑える重要なヒントが得られたらしい。




