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死に戻りの処方箋  作者: 沢野 りお
終焉と始まり

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最期の魔法

サクッサクッと自邸の庭からさらに奥へと、雑草に覆われた道を歩き進む。

母の温室への道。


今朝の水やりは終えているが、父が兄とアンリエッタと一緒に婚約、いいや結婚の申し込みにニヴェール子爵家へと馬車で行ってしまったから、一人残された私は気持ちを整理するために、温室へと訪れた。

ここで、母と会話するために。


キイッと錆びた音を奏でる扉を開け、暖かい温室の中へと足を入れる。

兄が学園で育てていた薬草が増えた分、わさわさと緑が多くなった温室の奥へと足を運ぶ。


「お母様」


丁寧な装飾が施された額縁に飾られた小さな母の肖像画。

私はその場に膝をつき両手を組んで目を閉じた。

その手には、ペンダントトップの青い薔薇を握って。


――お母様。

私を前の時間から、あの悲劇から、空しい死の運命から、時間を戻しここへと連れてきてくださったお母様。

あれは、お母様の魔法だったのでしょう?


私は、愛する家族を、お父様とお兄様を守れたかしら?


親友のアンリエッタとの縁も切れてないし、お兄様はこれからも母から受け継いだ能力を活かし新しい薬を作ってたくさんの人を助けていくのでしょうね。

ふふふ、お父様はお母様を思い続けて再婚もせずにいると思うわ。

そのうち、お兄様とアンリエッタとの間に生まれる孫を溺愛するお祖父様になるのよ。


私はどうしましょう。

お兄様がお母様が生まれ育った国から、痩せた土地でも育つ芋の苗を譲ってもらったのですって。

この芋の栽培が成功すれば、貧乏子爵がただの子爵領地ぐらいにはなりそうよ。

領民がお腹いっぱいに食べられればいいと願うけど、お兄様ったら私の持参金が用意できるから結婚先を探すつもりなの。


結婚は無理よねぇ。

私ぐらいの年齢じゃ、婚約済の子息ばかりだし……裕福な平民、例えば商人だってアルナルディ家との縁に利益が見出せなければ婚姻なんて結ばないでしょう?


私も結婚はもうコリゴリ。

前の時間では憧れの人と結婚できて、真っ白な素敵なドレスを着て……そして白い結婚と使用人たちからの虐め。

社交界なんて経験することもなく、王都の屋敷に閉じ込められて、あげくの果てには崖から落ちる最期よ。


だからといって身分相応な方と結婚しても、貴族で愛人がいる人も多いし、婚家の使用人との軋轢や義両親との不仲もあり得るもの。


「やだ、一人のほうが気軽かも」


子爵令嬢だけど学園の淑女科卒だから下位貴族の幼い令嬢のマナー教師だったら就職できるのではなくて?

最悪、フルール様のご実家のメイドになる手もあるわ。

それとも、ニヴェール子爵家に頼んで外国にある商会の店舗で働かせてもらおうかしら。


「そうね。必要に迫られて数字には強くなったし」


アルナルディ家の家計だけじゃなく、前の時間でモルヴァン公爵家の家計も手伝っていたのだから、商会の経理もできるのではないか?

母の肖像画の前でうむうむと未来への希望に頷いていた私の耳に何かが聞こえてきた。


「……? あら、誰かが私を呼んでいるのかしら」


風の音に消されながらも、微かに「シャルロット」と自分の名前が聞こえた気がした。



















屋敷の庭で私は突然の来客の姿に目を丸くした。


「どうされたのですか、イレール様?」


所在なさげに立っている貴公子は、前の時間では私の憧れの人であり、愛のない結婚をした旦那様イレール・モルヴァン様である。


オレリアたちの悪事を未然に防ぐ味方となり、すべてが終わった今となっては高位貴族の御曹司と貧乏子爵令嬢では、交流など持てるわけがないのだけれど、この人、子爵家の庭にポツンと立っていますわね?


「事前に許しもなく訪れてすまない。君たち兄妹が思ったよりも早く王都を離れてしまったから驚いたよ」


「はあ……」


王宮に仕官したわけでもなく、そもそもアルナルディ家は王都に屋敷を構えられるほどの財政ではないのだから、王都滞在の理由がなくなれば一日も早く郷里に帰ります。

だって、お金がかかるでしょう?

そんな理由を話しても裕福な公爵子息様に理解してもらうことは難しいでしょう。


「とにかく、屋敷の中へ。お茶の用意をさせますわ」


果たしてアルナルディ家に公爵子息をもてなせる茶葉があっただろうか?

アンリエッタが持ってきてくれていることを祈るしかないわね。


「いや、シャルロット嬢は何をしていたんだい?」


「私ですか? 母の残した温室にいましたが……」


つい、茶葉と菓子の算段が頭を占めていて温室のことをポロリと漏らしてしまった。


「それは……例のヴォルチエ国からの薬草を育てている?」


「ああ……はい。今は兄が留守ですが……」


遠回しに兄がいないのでご案内できませんと断ったつもりだったが、何をしても許される身分のイレール様には通じなかった。


「そうか! それは興味深い。よかったら案内してくれるか?」


「ええ! ……ええ」


大丈夫かしら?

父も私たちと一緒なら温室に辿り着けるし、私が一緒ならイレール様も温室まで案内できるわよね?


「では、道が悪いのですけど、参りましょう」


クルリとイレール様に背を向けて、来た道を戻る。

本当にイレール様は何をしにここまで来られたのかしら?

まだ第二王子たちの件で王宮は慌ただしいとフルール様のお手紙にありましたのに。


私はイレール様の突然の訪問に頭を捻りながら、温室まで彼を案内するのだった。

それが、母が残した最後の魔法とも知らずに。

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