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死に戻りの処方箋  作者: 沢野 りお
終焉と始まり

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兄の幸せ

「僕はアンリエッタと幼いときから婚約していたと思っていたよ」


不服そうに唇をへの字に曲げて兄が恨めしい声で父を責める。

「私、いやアルナルディ家としても正式に申し込んでいるよ。ただね……ニヴェール子爵と話し合ってアンリエッタには話していなかったんだ」


理由は簡単。

アルナルディ家が貧乏だから。


いくらニヴェール子爵が商会で我が国だけでなく、外国でも稼いでいるといっても、貧乏子爵家に大事な娘を苦労するとわかって嫁に出すわけがない。

ニヴェールのおじさまはそれでも兄とアンリエッタの婚約に賛成してくれたけど、アンリエッタ本人が判断できる年齢まで仮婚約として隠しておくことにしたらしい。


「お父様……アンリエッタはもう自分で判断できる年齢だと思いますけど?」


「……お父様めっ」


なにやら、私の隣から恐ろしく低い呪詛の声が聞こえるのだけど?


「んー、そうなると。……家同士では問題はないってことですよね?」


珍しく兄がグイグイと話を進めている気がする……。

私はなんとなく黙って二人を見守ることにした。


「アンリエッタ?」


「ひゃ、ひゃい」


兄に名前を呼ばれてぴょんと跳ねるアンリエッタの姿に、私と父は目を合わせてググッと唇を引き結んだ。


「昔、まだ僕たちが庭で駆け回って遊んでいたころに、結婚の申し込みはしているんだけど……忘れちゃったのかな? 改めて申し込んでもいいかい?」


バサッと長い前髪を掻き上げ素顔を晒してニッコリ笑顔で親友に圧をかける兄に頭が痛い気もするが、それだけ兄の気持ちが本物なのだ。

真っ赤な顔で声も出せずにウンウンと頷く親友の姿にウルリと眼が潤んでしまうが、私は空気のように存在を消さなければ。

兄がアンリエッタの手の甲に唇を寄せ、くすんだ古い部屋の一室が煌びやかな物語のシーンへと変わる。


「私……私、嬉しいですわ。おばさまから戴いたこの薔薇のチャームはお守りだったの」


アンリエッタの薔薇はオレンジ色。

父が教えてくれた意味は信頼。

亡くなった母はどこまで未来を見据えていたのだろうか?


「じゃあ父上、準備をしてください」


「うん。え?」


「ニヴェール子爵家へ参ります。婚約を結んで婚姻の日取りを決めてしまいましょう」


「それは……ちょっと早くないかな?」


父も苦笑しながら立ち上がり、兄の望むとおりニヴェール子爵家を訪問する準備をするつもりみたい。


当の本人であるアンリエッタは、いまいちよくわかっていないのかキョロキョロと部屋を見回しては手の中の薔薇のチャームをニヤニヤと見つめている。

兄と親友が幸せそうでなによりだわ。


「私はどうしようかしら」


小声でそう呟いたのに、兄とアンリエッタの眼がギロリとこちらに向けられた。


「どうって、なによ」


アンリエッタの膨れた顔に、ふうーっと息を吐き出す。


「だって、いくら幼馴染とはいえ新婚家庭に小姑が居候しているのは申し訳ないじゃない。しかも持参金がないから結婚なんてできないのよ? いまからでも侍女か女官の就職先はあるかしら?」


貴族同士の結婚となれば準備に相当な日にちがかかる。

その間に就職先と住む家を見つけておかないと……。


「いいじゃない、一緒に住めば?」


ケロッとした顔で言ってくるアンリエッタの優しさに苦笑いで返して、私は頭の中で就職先を紹介してくれそうな人を巡らす。


「うわっ」


とんでもない人の顔がパッと浮かび、慌てて頭の上を両手で振ってその人物の顔を払う。


「どうした、シャルロット? そんなに思い詰めなくても持参金ならどうにかなると思う」


「え? まさか」


兄は私の両手を握ってキラキラ笑顔で告げる。


「領地に植えられる作物が見つかった、というかヴォルチエ国から譲られることになった」


「ヴォルチエ国?」


また、ヴォルチエ国絡みなの?
















母が作った温室は、母が生国から持ってきた魔道具で管理されている。

その不思議な温室は、母と兄、おまけで私だけが屋敷から迷うことなく辿り着くことができた。

それは、魔法が掛かっていたのだろう。


母をこよなく愛していた父は、母や兄の同行なしでは温室に辿り着くことも、温室があることも気づきはしない。

母から正式に譲り受けたのは兄であり、その温室に隠されていた母の手記を見つけ読むことができたのも兄だけである。


「お母様の手記?」


「ああ。父上には内緒だよ。たぶん魔法が掛かっていて父上では読むことができないと思う」


それは母を愛する父にとって悲しいことだからねと、兄に説得されれば私も口を噤むしかない。

その手記には、母の後悔が綴られていた。


「えっ! おばさま……結婚を悔いてらしたの?」


「いいや。アルナルディ家の実情を知らないまま嫁いできたことを、だね。こんなに土地が瘦せているならヴォルチエ国で栽培されていたいくつかの作物の種や苗を持ってきたのにって。母上は薬草しか持ってこなかったらしい」


その薬草もたぶんヴォルチエ国から出してはいけないものだったと思う。


「今回の褒美として、ダメ元でイレール様にここに書かれていたいくつかの作物の種と苗を頼んだんだ」


その種と苗が無事に手に入り、ここアルナルディ家にて育てる許可も得たらしい。


「これで少しはアルナルディ家の領民も豊かになると思うよ」


……それはそうでしょうけど、私の持参金にはほど遠いのでは?

ググッと眉間にシワを寄せた私の顔を見て、兄は眼を細めて微笑んだ。

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