静かに終わる
オレリアはギロッと私たち兄妹を睨むと、バカにしたように鼻で笑った。
「この国の人間がどうなろうとどうでもいいわ。魔法も使えず魔力も持たず。例え魔力を持っていてもミレイユのように死ぬだけなんで、無能もいいところだわ。魔法使いはね、神に選ばれし者なの。私は使えないけれど、魔法使いは誰よりも何よりも優れているのよ!」
だんだんと恍惚とした表情で話す彼女に、私は怒りや呆れよりも憐憫を覚えた。
魔法使いを讃嘆し崇拝しても、自分はその魔法使いになれない少女が外国で夢見たのは、その国に「優れている」と認められること。
その手段が、王位継承にまで及ぶとは。
「オレリア。あなたはやり過ぎたの。あなたなら孤児だとしても、その優秀さで文官や王族の侍女、薬師や医師にだってなれたかもしれないのに」
「そんなつまらない生き方なんて、いらないわ」
ピシャリと言い捨てられて、私はツキンと胸が痛んだ。
もう……彼女はやり直すことはできない。
自分のしてきた悪事を悪事として認めることなんて、したくないのだ。
「ふうっ。君にはもう何も伝わらないのだろうね。僕たちも君の気持ちなんてわからないし。君の望むとおり妹、シャルロット・アルナルディには会わせた。あとは騎士の尋問に素直に答えることだ」
「……」
兄が腰を浮かし立ち上がって部屋を辞そうとする。
私も重い気分を引きずりながらゆっくりとした動作で立ち上がった。
「お兄様?」
なぜか兄が、座るオレリアの姿を優しい瞳で包む。
「僕は思う。なぜあなたが他の子供と違って六歳までヴォルチエ国で育てられたのか」
「……それは私が貴族だったからよ」
貴族だから魔法が使えない娘を隠して隠して、隠しきれなくて船に乗せたのか?
「そうでしょうか? 貴族だからこそ体面を気にする。家名に傷をつけないうちに外に出そうと思う。でもあなたは六歳まで家族と共に育った。それこそ六歳には過ぎる教育まで受けられた」
オレリアは孤児とは思えない薬草や薬の知識とマナーが身についていた。
「他の子供もそうだけど……ほとんどの人が魔法が使える国で、魔法が使えないってどんな気分なのかな?」
「……みじめよ」
「子供の親がそんな国で我が子を育てたいと願いますか? きっと一緒にはいたいけど、魔法使いの親と魔法が使えない子供ではヴォルチエ国では共にいることが難しい」
絶えず魔法が使えない子供は奇異の眼で見られ、まともな教育も仕事も、きっと結婚さえも難しいでしょう。
もし、他国で自分の子供が教育を受けられて好きな仕事ができて、愛する人と家庭を持ち子供が生まれたら……それは親なら子供に望む幸せな人生なのかもしれない。
「ま、まさか。私たちは捨てられたんじゃないとでも言いたいの?」
オレリアは信じられないと目を見開き青白い顔で兄を見上げる。
「国は捨てたのかもしれない。いいや、もしかしたらヴォルチエ国としては船で子供が他国に渡っているなんて知らないかもしれない。魔法が使えない子供を捨てる親もいると思う。でもあなたは六歳まで、ギリギリまで親元で育った。それはあなたと一緒にいたいと願った親の愛では?」
「あ、愛? 愛なの?」
それはわからない。
貴族として、自分の子供が魔法が使えないなんて知られたくないと、外に出せなかっただけかもしれない。
六歳……貴族の子供が親と一緒にお茶会に行ったり、近くの領地の子供同士、同じ寄り親の貴族子息同士、交流を持ち始める歳だ。
高位貴族なら、婚約者の選定に入っていてもおかしくない。
六歳になったオレリアは、もう親がその存在を隠しきれなかった。
「僕はあなたの両親があなたを思って選んだ未来だったと思う、あなたはそれを潰してしまったけれど」
兄が目を伏せると、オレリアの体はブルブルと震え出した。
「そんな……嘘よ。嘘……うそよおおおおぉっ!」
テーブルに体を伏せて号泣するオレリアの姿に、壁に立っている人形だった騎士やメイドたちが反応する。
薬の効果が薄れてきていたのだろう。
「話は終わりました。僕たちは失礼します」
扉近くの騎士に声をかけ、私と兄は振り返らずにオレリアの泣き声を聞きながら部屋を出た。
オレリアたちは、ひっそりと処罰された。
第二王子は断種のうえ王位継承権を剥奪され離籍、辺境にある王領の屋敷に一生軟禁される。
本来であれば極刑又は毒杯でもおかしくなかったが、兄である第一王子ジュリアン様とその婚約者フルール様が助命を嘆願された。
その意図はわからないし、腹黒さを感じるので知りたくもない。
側近であるロパルツ伯爵子息とコデルリエ子爵子息も廃嫡のうえ、家から追い出された。
それぞれ鉱山での強制労働と辺境軍への従軍と、罰が下された。
オレリアが作りバラ撒いた麻薬を買って使用した貴族子息や騎士見習いたちは、極秘に処罰された。
概ね廃嫡や除籍、解雇、謹慎などだ。
ジョルダン伯爵は長年の密輸や人身売買、今回の麻薬の売買などで処刑となった。
ジョルダン伯爵の所業は広く知られてしまい家名が地に落ちたため、爵位とその領地は一旦国へと返還される。
そして……すべての元凶、オレリア・ジョルダンは処刑されることなく、ヴォルチエ国との交渉の駒として使われることになったらしい。
彼女がいまどこにいるのか、生きているのか、私は知らない。




