悪女との対面
第一王子ジュリアン様からの迎えの馬車に、学園の制服を着た私と付き添いの兄が乗り込む。
緊張した面持ちで王城までの道を過ごし、いざ城門を潜り抜けたら手が震えてきてしまった。
これは、貧乏子爵令嬢が場違いの王城に来たことによるもの?
それとも、前の時間の惨劇が再び繰り返されることへの怯え?
「大丈夫だ、シャルロット」
「ええ、お兄様。きっと大丈夫。大丈夫だわ」
それでも、アルナルディ家を陥れたオレリアという悪女のことが何もわからないままだという事実に不安が隠せない。
あの悪女は一体何者なのか?
「なぜ、私を?」
今までの悪事を話す前に求めた私との面談は、彼女にとってどんな意味があるのだろう?
私は、憂鬱な顔で迫る王城の姿を目に映した。
恐ろしいことに馬車から降りた私たちを迎えたのは、キラキラしい騎士服に身を包んだ近衛騎士団だった。
……王家直轄で王族の護衛を主とする騎士団で、所属するのは貴族子息たちで見目麗しい者たちに限られる。
眩しくて目が潰れそうだわ。
内心げっそりとしながら、兄の手を借りて馬車を降り、騎士の誘導に従って城の中を進む。
たぶん、貴族牢や貴人を留め置くための部屋へと案内するのに、道がわからないように不必要にグルグルと関係ないところを回っているような気がするわ。
「ここです」
一人の騎士が示した扉の前で立ち止まる。
かなり城の中を歩きまわったせいで、足が痛い。
騎士たちが扉を叩き、警戒しながら扉を開けるのを黙って待つ。
「シャルロット・アルナルディ様ですね。付き添いの方もご一緒にどうぞ、中へお入りください」
部屋の中にいた騎士たちがサッと横に避けると、彼女が捕らわれている部屋の中が見渡せた。
部屋の中央、二人掛けのソファーに姿勢よく座っているのは、オレリア・ジョルダン。
学園の制服でも華美なドレスでもなく、白い簡素なワンピースを身に纏い、長い髪をハーフアップに結った彼女の姿は、まるで修道女のように清楚に見える。
震える足を一歩、部屋の中に入れ、彼女から目を離さずに対面のソファーに腰かけた。
部屋の隅には監視役の騎士、近衛騎士ではなく騎士団の騎士が二人と、メイドが二人いる。
メイドは慣れた様子でお茶を淹れると私たちとオレリアの前にカップを置き、静かに部屋の隅へと戻っていった。
「ご機嫌よう、シャルロット様」
にっこりと笑ったオレリアから、不気味な何かが噴き出す幻影が視えた気がした。
オレリアには、貴族子息たちや騎士たちの間で流行った麻薬の製造と売買、ジョルダン伯爵が行っていたヴォルチエ国との密輸、第二王子による王位継承簒奪の計画加担など、数々の罪が疑われている。
そして、彼女はその罪を否定していないと聞いた。
けれど、なぜそんなことをしたのかと動機を尋ねても黙って語らないそうだ。
「知りたかったら、シャルロット・アルナルディを連れてこい」と要望するだけで。
私が目の前にいることで満足したのか、優雅に紅茶を飲んで寛ぐ彼女に私は鋭い視線を向け続けている。
「いやね。囚人の私に何ができると言うの? 屈強な騎士もこの部屋にはいるのに」
カップの縁に唇を付けたまま、上目遣いに視線を投げて彼女は私を笑う。
……ただの貴族子女だったなら、こんなにも警戒はしない。
でも、貴女には兄と匹敵する薬草の知識と、ヴォルチエ国民が使える魔法を貴女も使えるかもしれない。
油断をしたら、私たちの命さえ容易く刈り取ることができるかもしれないでしょう?
ぐっと唇を噛みしめ、ギンッとさらに目に力を込める。
「あらあら、そんなに警戒して。私にはもう何もできないのよ? あなたたちのせいで、私の復讐も叶うことはなかったもの」
「……復讐?」
オレリアは野心のために第二王子たちを利用していたのではないの?
「ええ、復讐よ。私のことはだいたい調べたのでしょう? あの商人貴族のお嬢さんが」
商人貴族とは、アンリエッタのことね。
私は兄と顔を見合わせたあと、頷くだけの返答をする。
こちらからの情報は最小限に、オレリア自らが話すように仕向けなければ。
「……ふん、まあいいわ。ここで駆け引きするほどの価値もなくなったのよ。知っていて? 第二王子は王籍を抜けることになったそうよ?」
「そう、ですか」
第一王子の婚約者であるフルール様からは何も聞かされていないけれど、兄である第一王子を失脚させようと動いていたのだから毒杯を賜ってもおかしくはないだろう。
私は、こちらからは意地でも話さないと示すために、静かにカップの中の紅茶を口に運んだ。




