小悪党の捕縛
いつものように、ニヴェール子爵の王都屋敷で夕食後、兄と親友のアンリエッタとサロンでお茶を楽しんでいると、慌てた様子で執事が息を切らし飛び込んできた。
「た、大変です! いま、モルヴァン公爵家から使者が……」
そして、震える手で差し出された一通の手紙。
「使者殿は?」
「……それが公爵家の騎士だったのですが、すぐに騎乗して王城の方へ」
兄は執事からの報告を受けながら、やや乱暴に手紙を開封し、素早く目を動かし文面を追っていく。
「もう、下がっていいわ」
アンリエッタの言葉に執事は一礼してから、そっと扉を閉めていった。
「捕縛されたらしい」
「誰が?」
兄は私の手に手紙を乗せ、ソファーに深く座りふうーっと息を吐いた。
「ジョルダン伯爵だ。既に領地の屋敷と王都屋敷、所有の船と港は抑えられている」
「まあ! じゃあ養女となったオレリアも捕らえられたのですか?」
アンリエッタが場違いにはしゃいだ声で兄へ問いかけると、兄は緩く首を横に振った。
「いいや。ああ、例の貴族子息たちが集まっていたサロンも騎士たちが調べ、既に封鎖されたらしい。これから、かなり王都にいる貴族社会は荒れることになると思う」
私は兄とアンリエッタの会話を聞きながら、イレール様が自ら書かれた手紙を読んでいく。
ヴォルチエ国から密輸されていた薬草、それが貴族子息たちの間で広まっている常習性の高い薬物の原材料として認められ、摘発された。
以前からフルール様のデュノアイエ侯爵家が調べていた、ジョルダン伯爵の船に乗っていた船員たちや港で働く人たちからの証言で、一気に関係各所に乗り込み証拠を押さえることに成功した。
その後は、ジョルダン伯爵家の者たちを使用人、下働きに関わらず捕縛し尋問を開始。
素早くジョルダン伯爵本人とその家族、王都屋敷や取引のあった商家、薬師などを捕縛した。
イレール様の手紙には、私たちからの助言で、オレリアが引き取られた孤児院とその近くの港にも騎士を派遣したそうだ。
こちらはジョルダン伯爵領地の隣の領地で、領主は人の好い男爵家らしく、今回の大がかりな捜査に顔を青白くしていたらしい。
そして……。
「貴族たちや騎士見習いたちに麻薬をバラ撒いていた疑いで、第二王子殿下、その側近である宰相子息と騎士団長子息、そのほか学園で一緒に行動していた者たちが王宮に留め置かれているみたい」
「サミュエル様、じゃあ、そこには……」
「ええ。オレリアやほかの女生徒たちも王家の監視下に置かれている、って書かれているわ」
パサリと読んでいた手紙をテーブルの上に置くと、まるで奪うような勢いで手にしたアンリエッタがギョロギョロと目を動かし、文字を高速で読んでいく。
「これで……終わりなのかしら?」
前の時間では、すべての罪は兄が背負い処刑された。
何かの秘密を闇に葬るようにアルナルディ家の屋敷も父も火に包まれた。
あのとき、私がモルヴァン公爵家を飛びださなければどうなっていたのだろう?
イレール様は私を庇ってくださったかしら?
妻ならば守ると言い切った、あのイレール様ではなく、前の時間で妹ミレイユ様を人質にされ私との結婚を強要されたイレール様はどうしただろう?
朗報とばかりに喜んでいるアンリエッタと対照的に、物思いに耽る私へ兄は優しく話しかける。
「前のようにはならない。僕もシャルロットも死ぬことはない。フルール様も死なない。そして、ミレイユ様も助けてみせるよ」
「お兄様……」
そう、ひっそりとこの屋敷で試作を重ねていた兄は、夢魔病の症状を軽減させる薬を完成させていた。
「薬草の栽培も目途が立ったしね」
兄がやや遠い目で語るのは、ヴォルチエ国でしか生えていない夢魔病の薬の元、吸魔草の栽培方法だ。
まさしく魔力を吸う草なので、体内に入ればその魔力を吸収し、体外に排出することができる。
しかし、母の不思議な温室でしか栽培できない薬草では作れる薬の量は少なく、ミレイユ様以外の患者まで薬は行き届かない。
何度か別の薬草園での栽培を試してみたが見事全滅し、あの飄々としている兄を落ち込ませた。
「やっぱり、栽培にも魔力が必要なのかしら?」
このアンリエッタの素朴な疑問が大きなヒントとなって、吸魔草の栽培を成功させることができたのだ。
まずは土を使わない水耕栽培といわれる方法で試してみた。
水と必要な養分と魔力で育てるのである。
水に溶かした養分は他の作物を作るときと同じものを使い、魔力はまたまたアンリエッタのとんでも発言からヒントを得た。
「魔力って……ミレイユ様の体にあるんでしょ?」
「そうだけど……どうやって取り出すのよ?」
「うーん、髪とか爪とかじゃダメなの?」
「…………」
まさか、その方法で吸魔草の栽培に成功するなんてね……。
ミレイユ様の髪を入れた水で無事に吸魔草の栽培に成功し、しかも本人の魔力で育った薬草を使うと薬の効能が上がることもわかった。
病を完治させることはできないけれど、対症療法としては最高の結果を出すことができたのである。
前の時間のときに作った薬よりも……。




