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死に戻りの処方箋  作者: 沢野 りお
暴く

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誠実と残酷と

すべて語り終えた。

不安で、無意識に握りこまないようテーブルの上に乗せた両手が、細かく震えている。


あの日のこと。

兄の処刑、燃える屋敷、執務室で火に包まれただろう父、一人逃げる私、強まる雨、そして、崖の上で交錯するあなたと私の思い。


「つまり、俺が崖に落ちそうな我が妻をどうするのか? ということか?」


イレール様が訝しげに私の顔を見て、つと視線を空に向ける。

バカなことを……と自分の行動を後悔しても、口から滑り落ちた言葉は取り戻すことができない。


でも、どうしても、あの日のことを、あの伸ばされた手のことを知りたい。

自分なりの答えを導きださなければ、私の心はイレール様の顔を見るのも辛いのだ。


「助けるだろう? 普通に、夫としてというより、人として」


スルッとイレール様が答えた。

嘘で誤魔化すのでもなく、見栄を張るのでもなく、ごく自然に答えた。


「へ?」


「へ? って。淑女の猫が剥がれているぞ」


クククッと喉奥で笑ったイレール様は、給仕に合図をすると紅茶のお代わりといくつかのプチケーキを用意させた。


「崖から落ちそうになっていたら助ける。未来の妻は罪人だという話だが、助けたあとにどうするか決める」


「どうするって……。捕まえるのではないのですか?」


「ん? 妻なのだろう? では手に手を取って逃避行するとか。一緒に罪を償うとか。捕まえてあとは知らん振りなどしない」


イレール様は当たり前のことのように言い放つけれど、それは公爵家に迷惑が……。


「妻と言っても押し付けられた妻です。愛してもいないし、会って話をしたことも数えるほどで、し、白い結婚だったのです!」


バンとはしたなくも興奮してテーブルを叩いてしまった。

イレール様は私の様子に驚き目を大きく見開いたが、そのうちクスクスと笑い出した。


「それでも妻は妻だ。悪人であっても誰かに騙された悲劇の女性でも、俺の妻なのだろう? ならば助ける。すべては助けてからだ」


清々しいほどに言い切るとイレール様は、紅茶を口に運ぶ。

少し熱かったのか、ビクッと口をカップから放しフーフーと息を吹きかける。


「ふふふ。うふふ。そうですか、とりあえずは助けてくださるのですね」


ふふふ。

淑女の憧れ、美麗な公爵子息で第一王子の親友、その貴公子が紅茶が熱くて息を吹きかけて冷ましている。

きっと、さっきの一口で舌を火傷したのに違いない。

ふふふ。


「なにがおかしいのだ?」


子犬のように首を傾げるイレール様の姿に益々笑いが止まらなくなる。


「あーははは。いいえ、気になさらないで。うふふ。可笑しくて堪らないのです」


前の時間の私に伸ばされた手は、やっぱり罪人と疑われた私を殺そうとしたのかもしれない。

でも、今ここにいるイレール様は違う。

助けるために、自分の妻を助けるために手を伸ばせる人なのだ。


それが、嬉しい。

それが、愛しい。


「ふふふ。イレール様、ありがとうございます」


「なにがだ? 今日の君はまったくわからないぞ?」


「……そうですね。美味しいケーキをありがとうございます」


とても美味しいです。

ケーキも紅茶も、あなたと一緒に過ごすこの時間がとても。


「ならたくさん食べるがいい」


ズイッと差し出されたお皿にニッコリと微笑んで、私は赤い果実にフォークをプツリと刺した。


















王都の屋敷に帰って、お土産と渡したケーキの箱をキラキラとした瞳で見るアンリエッタと、珍しくブスくれている兄の対比がおかしい。


「どうしたの? お兄様、機嫌が悪いみたい?」


「……どうも、悪い虫が出てきそうでね」


あら? 育てている薬草に虫でも付いたのかしら?


「まあ、たいへん。早めに駆除したら?」


うっかりすると卵を産んで増えてしまうわ。


「ああ、増えはしないが駆除の方法は考えておくよ」


「ええ。さあ、ケーキでも食べて作戦会議をしましょう。いろいろな情報を仕入れてきたわ」


私は、イレール様から渡された数枚の紙片を掲げてみせた。


いつものサロンで決まった席に座る。

私はそれこそお腹いっぱいになるまでケーキを食べてきたからハーブティーだけにして、アンリエッタに赤い果実が使われたケーキを勧める。


「オレリア嬢がヴォルチエ国出身か……。あり得ない話ではないね」


兄はイレール様が寄越した紙片に目を通し、自分なりの仮説を立てているようだった。


「例えば、その港に寄港する国籍不明の船が鎖国状態のヴォルチエ国として、目立たないように他国に船を出すのはどうしてだと思う?」


兄の質問に口の周りのクリームをペロリと舐めたアンリエッタが答える。


「必要な物を手に入れるためじゃないの? 自給自足できる国でも嗜好品とか、本とか、欲しいものがあるのでは?」


本……確かに他国で書かれた本はその国と交流がなければ手に入れるのは難しい。


「僕はね、何かの売買目的以外で船を出していると思う」


「お兄様。船での旅も燃料や食料を考えたら安いものではないし、危険もあるわ。利益目的ではないのに、なぜこっそり他国に来る必要があるのでしょう?」


私の質問に兄は暗い顔で一枚の紙片に視線を落とした。

それは、船の寄港日と孤児院に引き取られた子どもの数が書かれている。


「例えば……国に必要のないものを捨てにくる……とかかな」


それは……もしかして、孤児院に引き取られた子どものこと?

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