視えるもの
兄、サミュエルが視えるもの。
亡き母も視ることができて、難病「夢魔病」を治す薬のヒントとなるもの。
小さいときから兄と一緒で、仲良し兄妹だった私だけど、まったく想像できないわ。
アンリエッタも無言で兄を見つめているし、イレール様も自分の妹の手に触れる兄の手をギリリと睨んでいる。
ミレイユ様は自分の手に触れる兄の手ではなく、真剣な顔をしている兄の瞳を覗きこむように見ていた。
「ふうっ。ありがとうございました、ミレイユ嬢」
「……いいえ。それでわかりましたの?」
ミレイユ様の問いに兄は曖昧な返答をする。
「あ、あー、ちょっとわかりません。仮説とも言えないのです、いまはまだ」
グーバーグーパーと自分の手を動かし、自分の考えをどう伝えようかと迷う兄へ、私は低い声で制止した。
「お兄様。不確かなことを申し上げてはミレイユ様に失礼ですわ。……希望も持たせてはいけません」
フルフルと頭を振り兄の口を閉ざしたあと、チクチクと痛む罪悪感のせいでみんなの顔を見られない私はそのまま俯いてしまった。
嘘だ。
兄は既に薬を作る道筋を立てている。
考えが纏まっていないのではない。
きっと、病気の原因や治療方法まで兄はわかっているし、それを説明できないほど理論を構築できていないはずはない。
ミレイユ様の手に触れた理由はわからないが、兄の中では「夢魔病」に有効な薬を作る薬草までリストアップされているのだろう。
前の時間で、学園を卒業するときにはほぼ完成させていた薬なのだから。
今の兄に足りないのは、第二王子の支援で賄っていた研究資金と……。
とにかく、第二王子の支援のない今の兄に薬を完成させる手段はなく、もう少し後で、前の時間で起きた悲劇が過ぎた後の時間でゆっくりと作ればいい。
今はダメだ。
第二王子に興味を持たれている今では、前回と同様に囲い込まれてしまう。
あの悪魔の女に魅入られ、私たちアルナルディ家は破滅へと進んでいくのを阻めなくなる。
「お願いです。不確かなことでも構いません。サミュエル様のお考えを教えてください」
震えた小さな声。
「私からもお願いする。頼む。何か夢魔病を治す情報をくれ。モルヴァン公爵家としてできるだけのことをさせていただく。妹の命を助けるために、どうか助力を!」
ガバッとイレール様が兄へ頭を下げた。
「いっ! いやいやいやいや! 頭を上げてくださいっ。僕の考えなんて、そんなほんとに、大したことないと思うのです」
ブルブルと両手を前に突き出して兄は謙遜してみせるが、モルヴァン公爵家の兄妹は必死の形相で兄へと詰め寄る。
「「お願いします!」」
……そう、よね……。
ミレイユ様の命は限られている。
もしかしたら、兄の処刑よりも前に儚くなられていたのかもしれない。
私たちが助かるためには、ここでミレイユ様へ手を差し伸べてはいけない。
いけないのだけど……、そんなことができる?
私はグッと奥歯を噛みしめたあと、兄へと視線を移す。
「お兄様。仕方ありません。お兄様の考えを……お話してください」
……願わくば、あの悪女の耳に入りませんように。
「僕がまず考えたのは、夢魔病の原因です」
兄がサッと両手を見せる。
「僕は失われた力が原因では? と考えました。僕や母が視える不思議なもの……それは、魔力です」
「え?」
兄のとんでも論が飛び出し、聞き漏らすまいと緊張していたモルヴァン公爵兄妹の口がポカンと開いてしまった。
「サミュエル様?」
アンリエッタの眉間にも深いシワが刻まれた。
「……お兄様。ふざけている場合ではないのですが?」
ピキッとこめかみに青筋を立てた私がゆっくりと一音一音心を込めて言葉を発すると、兄はしょんぼりと肩を落とした。
「だから言いたくなかったんだ……」
当たり前です。
魔力なんて、おとぎ話の中だけでしょ?




