オレリアへの疑惑
学園の本科学舎の図書室でオレリアと対峙していたところ、彼女を探しに現れたのは第二王子とその側近たちだった。
ディオン・ラブレ・マルロー
この国の第二王子で、王太子になられるだろう第一王子殿下とは同じく王妃様を母とする。
その側近たちもそれぞれ父が要職を務めている貴族子息だ。
シリル・ロパルツ
レイモン・コデルリエ
そして、前の時間では兄と結婚していたオレリア・ジョルダン。
死に戻るまで彼女はジョルダン伯爵令嬢だと思っていたが、いまの彼女はまだ平民である。
平民の彼女がどうして第二王子の取り巻きの一人になれたのか?
そう思考の海に入っていても、公爵家で詰め込まれた淑女教育の賜物か、第二王子に対して無意識にカーテシーをしていた。
「オレリア、この女性は? ああ、楽にしてかまわない。学園では身分は不要だ」
快活に笑い寛容さを示すが、お前の本性を私は知っている。
「ありがとうございます」
隣に並んだオレリアも同じ姿勢から頭を上げていた。
私は、彼女に対して僅かな違和感を覚えたが、すぐに天敵へと意識を向けた。
「ディオン殿下。こちらはあのサミュエル様の妹さんですわ。えっと、名前が……」
この人たちに名乗りたくないけれど、さすがにこの場面で名乗らず逃げるわけにはいかないわよね。
「初めまして。淑女科に通いますシャルロット・アルナルディでございます」
貴人の目を見ないよう伏目がちに挨拶を済ます。
「サミュエルの妹か……。妹が学園に通っているとは知らなかった。優秀な生徒であるサミュエルの妹とは興味があるな。気が向いたら私のサロンに来ればいい。兄君と同じように才気溢れる生徒が集まっている」
「……ありがとうございます。ぜひに」
いつとは約束しない。
そんなところに、のこのこと行くほど愚かではないわ。
でも、オレリアは私が餌に食いついたと思うわよね?
あなたは私がこの学園に婚約相手を探しにきたと誤解しているでしょうから。
残念ね。
アルナルディ家は貧乏も貧乏なのよ!
持参金も用意できないぐらいなんだから、どんなに将来有望な人を見つけても無駄なのよーだっ。
ニコニコと笑い、ディオン殿下と共に図書室をあとにするオレリアを見送る。
彼女は最後、クルリと振り返り意味ありげな視線を私に投げかけてきた。
いつもより遅い時間に馬車待ちの場所へと向かう。
いつか顔を見てやろうと思っていた第二王子とその側近たちに会えた。
前の時間で義姉と慕っていた悪女オレリアとも言葉を交わすことができた。
でも……何もわからなかったわ。
特に第二王子は、あんなに非道なことを企んでいるとは思えない王子っぷりだった。
寛容で少しお茶目で気さくな人物を装っているのか?
それと、彼女に覚えた違和感はいったい?
「……シャルロット」
「きゃああ!」
ポンと肩を叩かれて物思いに耽っていた私は悲鳴を上げてしまった。
「ど、どうしたの?」
不用意に私に触れてきた相手も私の悲鳴に驚いたのか、恐る恐る言葉をかけてきた。
ドキドキする胸を押さえつつ振り向けば、前髪が顔の半分を隠す見慣れた姿……兄のサミュエルだった。
「もう! お兄様ったら、驚かさないで」
「ハハハ、ごめん。でも、そんなに驚くかな? ボーッと歩いていたんじゃないの?」
「失礼ね。ちょっと考えごとをしていたのよ」
兄妹で並んで歩いていると、ちょうどニヴェール家の馬車が目に入った。
今日は兄に合わせた時間に迎えにきてもらうよう頼んでいて、その時間潰しのため図書室へと寄り道したのだった。
「詳しい話は馬車で話すわ」
「アンリエッタ嬢も仲間に入れないと拗ねてしまうよ?」
兄の悪戯っ子のような笑い顔に、全身に入っていた余計な力が抜けて、私は深い息を吐いた。
知らず知らず、緊張していたのね。
そうよ、たとえ復讐相手とはいえ、王族ですもの。
貧乏子爵家の小娘にとっては雲の上の人、本当なら関わりのない人たちだもの。
公爵家で虐げられた日々は思い出したくもないけど、無意識に素晴らしいカーテシーができたからよしとしよう。
一人で納得していると、あのとき感じた違和感の正体がわかった。
「シャルロット?」
馬車のステップの途中で足を止めた私に、怪訝な顔を向ける兄に誤魔化し笑いをして残りのステップを上る。
そうよ。
オレリア・ジョルダンはいまはまだ、ただのオレリアだわ。
平民で学園に入る前と入ったあとは授業でマナーを学んでいるとは思うけれど……。
あんなにキレイなカーテシーをすることができるのかしら?
あれは、高位貴族の子女並みに素晴らしいカーテシーだったわ。
昔の私なら、その違いなど気づきもしないけど、あの公爵家で文字通り血を流して教えられたマナーの知識が教えてくれる。
オレリアはどこかで貴族の、高位貴族の教育を受けていたと。
「早く帰りましょう。アンリエッタを交えて話したいことが増えたわ」
「ああ。まったくシャルロットからは目が離せないな、危なっかしいよ」
まるで子供扱いの兄に、ぷくっと頬を膨らまして抗議をすると、兄はとても優しい微笑みを浮かべた。
髪で見えない眼差しも蕩けるほど優しいだろう。
「……お願いお兄様。絶対に第二王子たちに近づかないで、特にオレリアには」
彼女は正体のわからない不気味な存在となり果てたわ。
誰も彼女に近づいてはならない。
彼女を制することができるのは、きっと死に戻った私だけなのかもしれない。




