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死に戻りの処方箋  作者: 沢野 りお
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図書室での探り合い

彼女、オレリアの背中を見つめながら案内されたのは、本科の学舎にある図書室だった。


私が行こうとしていたのは淑女科の図書室で、そこの蔵書はほぼ政治や領地運営などには関係のない書物で埋め尽くされている。

なんだったら流行りの恋愛小説が置いてあるぐらいだ。


でも、本科の図書室は部屋の広さと蔵書の数も、淑女科の図書室とは段違いだった。

驚きで少し目を見開いた私は、暫し図書室が持つ独特の空気感に圧倒されていた。


「それで、何をお探しなのかしら?」


ここまで無言で案内してきてくれたオレリアが、どこか鼻で笑うような口調で聞いてきた。


こんな人だったかしら?

最初に会ったときは、私が彼女に対して嫌悪感丸出しだった。

大好きな兄を奪われた気持ちもあったし、兄の功績を横取りした女だとも思っていたから。


でも、彼女はキャンキャンとうるさく吠える犬の如き態度だった義妹の私に、緊張に強張る顔で笑いかけてくれた。

王宮に勤めたっきり領地に帰らぬ兄を心配する私に寄り添い、公爵に嫁いでからは唯一の味方として励ましてくれた。


ああ、でもそれは…………すべて嘘だったのね。

きっと、いまの醜悪な顔の貴女が本当のオレリアだったんだわ。


私は彼女の見下す態度に気づかぬフリをして、淑女科らしい振る舞いで応えた。


「あのぅ。刺繡の図案集が見たいんです。……高位貴族の方が好むような……」


モジモジとしながらも明け透けな目的を含め伝えると、オレリアは冷たい一瞥をくれ、スタスタと歩きだした。

私はニコニコと嘘くさい笑顔を浮かべ、彼女を追いかける。


「はい。これでいいかしら?」


本科といえど、高位貴族の子女も通っているし、選択授業の中にはマナーやダンス、刺繍などもあるためか、思ったより図案集が揃っていて興味がそそられた。

私はお礼を言うと数冊の本を受け取り、わざとらしくあちこちの本棚を覗くフリをする。


本当に、淑女科とは本の揃え方が違うわ。

淑女科なら貴族名鑑ぐらいしか真面目な内容の本は置いてないと断言できる。

まあ、未婚の淑女にとって、夜会で必要な服飾関係の本や、ダンス、手紙の書き方の本のほうが必要不可欠だろうけど。


「他にも興味がある本があるの?」


オレリアが立ち去る前の礼儀として声をかけてきた。

私は礼を言って彼女と別れようと思ったが、ふとあることを思いつく。


淑女科の高位貴族との婚約を夢見る愚かな少女と思っている私が、オレリアの気になっていることを口にしたらどうなるのか?

ゴクリと喉を鳴らしたあと、無邪気を装って投げかけてみる。


「そ、そうねぇ、薬草についての本はあるかしら?」


ピクッとオレリアの口元が反応したように見えた。
















私の笑顔も引きつりそうなほどの時間が流れたあと、オレリアの感情のない声が響く。


「薬草? あなたが?」


ずいぶんトゲのある言い方だこと。


「ええ。領地が薬草を栽培しているので、少しでも役に立てればと」


嘘を吐くとあとでボロが出ると思ったから、本当のことを並べたててみた。

案の定、オレリアは私が誰だか気が付いたようだ。


「あなたもしかして、アルナルディ家の?」


表情までもが変わり、どこか下に見て馬鹿にした態度が、興味のある珍獣を見る目つきになったが、どちらも嬉しくはない。


「ええ。今年淑女科に入学した、シャルロット・アルナルディよ。兄が本科に通っているの」


あなたは、知っているでしょうけどね。


「ええ。言葉は交わしたことはないけれどお兄様のことは存じているわ。とても優秀で卒業論文発表者に名前を連ねていたわ」


これは引っ掛かったと思えばいいのかしら?

正直、ここからどうするつもりも作戦もないのだけど、困ったわ。


「あ、兄は薬草をいじるのが好きで、ちょっと詳しいだけですわ。わ、私も領地の手助けができればと思って」


刺繍の図案集を胸に抱いて、とりあえず言葉を羅列してみせる。


「そう、素晴らしいことね。薬草や植物に関してはあちらの棚よ」


「あ、ありがとう」


私は大人しくオレリアのあとをついていき、植物図鑑などが並べられた書架の前で立ち尽くした。

……なぜなら、本を選ぶ私の後ろにオレリアがずっといるからである。


「……あの、あとは自分で本を探しますから……」


言外に邪魔だからあっちへ行けと念を込めて言うと、オレリアは上品に笑い「気になさらないで」と返してきた。

ふうっと息を吐き、書架を背中にして彼女と向き合う。


「私に何か?」


「あら。ごめんなさい。あのサミュエル様の妹さんかと思ったら、ぜひお近づきになりたくて。こんな機会は滅多にないでしょう?」


本当に、前の時間の私はこの女に騙されていた。

いいえ、いいように操られていたのね。


優しく人の良い聡明な女性だと憧れ、父や兄に言えない同性同士の気安さもあって、いろいろなことをうち明けた。

あなたはそれらを利用して、私を公爵家に閉じ込め兄に汚名を着せたの。

許さないわ。


「……ええ。でも、兄に近づくためなら遠慮してちょうだい。兄はアルナルディ家を継ぐ大事な人だから」


キッと睨むと、オレリアは私の態度の豹変に驚いたのか、二、三歩後退った。


「あなたの名前は? 私、兄から親しくしたい女性の名前なんて聞いたことがないのだけれど?」


私のよく知っている兄なら、あなたなんて相手にするわけがないのよ。


「そ、それは……」


名前を告げるべきかどうか彼女が逡巡したそのとき、本棚の向こうから彼女の名前を呼ぶ男が現れた。


「オレリア? こんなところで何をしている?」


――ディオン第二王子。

アルナルディ家悲劇の元凶の登場だ。


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