敵の敵は味方
アンリエッタとフルール様の淑女らしいやり取りについていけず、無言で紅茶を口に運んでいる私の顔に感じる視線はイレール様のもので。
前の時間では、結婚式以降冷たくされ会うこともままならない旦那様だったし、王太子妃だったフルール様とは一度お会いしただけ。
それも公爵家に嫁ぐ私が、形式上王族の皆様に謁見したときだから、言葉は交わしていない。
公爵家に嫁いでからは、愚かな私が楽しみにしていた夜会やお茶会など参加させてもらえず、屋敷に閉じ込められていたから、フルール様どころか家族とも喧嘩したアンリエッタとも会うことはできなかった。
……そういえば、手紙のひとつも届かなかったわ。
「……シャルロット?」
「いいえ、なんでもないの」
前の時間の自分は子どもらしい無知と、少女らしい傲慢さで、周りを傷つけた。
今度は失敗しないようにしなきゃと、気を引き締めたのに……。
「シャルロット様は何か気になることでもあるのかしら?」
「……ええ。第二王子殿下の動向が……あっ!」
咄嗟に両手で口を押えたけど、遅かった。
隣に座るアンリエッタの足が私の足をコツンと蹴るけど、一度口から出た言葉は取り消せないでしょ!
微笑みながらも内心ではダラダラと冷や汗を出し、なんとか誤魔化そうと考えるけど……どうしよう?
「第二王子殿下……ディオン様のこと?」
フルール様はこてんと首を傾げた。
第一王子殿下の婚約者、いずれは王太子妃、王妃へと女性の最高位まで駆け上がる方だが、とてもかわいらしい女性だ。
小柄でやや幼い顔立ちに、緩いウエーブの金髪に大きい瞳は輝く緑色。
細く華奢な肩に、たおやかな手……守ってあげたくなる儚げな美貌。
でも、ここまで話していて感じたのは、茶目っ気のあるかわいい女性だということ。
なのに、いま口にした第二王子殿下の名前には、ほんの微かに冷たい響きが含まれていたような?
「フルール様。お気をつけください。ここにはあいつの取り巻きがあちこちにいますから」
イレール様も忌々しそうに眉間にシワを刻んでいる。
私はアンリエッタと顔を見合わせた。
「あの……第二王子殿下とは、そのぅ……」
恐る恐る、第二王子殿下との関係を探る発言をすると、フルール様はコロコロと笑って答えてくれた。
「ふふふ。ディオン殿下とジュリアン殿下は仲の良い兄弟よ? ただ、その周りが警戒しているだけですわ。そして、ここからは内緒の話。わたくしは、彼のことをあまり好きではないの」
「「!」」
「フルール様!」
イレール様の制止の声も無視して、フルール様はツーンと顔を横に向けてしまう。
「あらだって、あの方、よからぬことを考えているみたいだし。イレール様だってお好きじゃないでしょう?」
「っぐ」
可憐な女性に下から上目遣いに見られて、イレール様は喉を詰まらせたような変な音を立てた。
「そういうことは……あまり、おっしゃらないほうが……」
おずおずとアンリエッタが申し出ると、フルール様は目を大きく見開いたあと、人差し指を唇に当ててニッコリ笑った。
「だから、内緒よ、内緒」
ふふふと笑っているが、私とアンリエッタは何か見えない圧を感じて、コクコクと何度も頷いた。
やっぱり、かわいいだけでは王族と婚姻は結べないのだと納得した。
「……シャルロット嬢、アンリエッタ嬢。どうか、いま聞いたことは内密に。その代わり質問には答えようと思うが、なぜディオン殿下のことを気にしているんだい?」
「えっ!」
私たちではわからない第二王子殿下の動向を教えてくれるのは嬉しいけど、理由を聞かれたらこっちも困るわ。
「それは、第二王子殿下がシャルロットの兄であるサミュエル様に興味を持たれているみたいだからですわ。ご存知のとおりアルナルディ家はいささか領地経営に難がありまして。サミュエル様も取り立ててもらえるならと思ったところ……」
「相手が第二王子殿下では、将来が見えないと?」
イレール様の言葉にコクリとアンリエッタが頷くから、私も慌てて頷いてみせた。
本来なら第二王子殿下に取り立ててもらって将来が見えないなんてことはない。
でも、第二王子殿下は婚約者も決まっていないし、臣籍降下されるのか王族として兄王子の補佐になるのか、行く先が不透明なのだ。
「……ふむ。詳しいことは言えないが、ディオン殿下の元ではサミュエル殿は力が存分に発揮できないと愚考する」
「シャルロット様のお兄様にはお会いしたことがありませんけど、ディオン殿下の側近を見れば判断がつくと思いますわよ?」
いい加減、フルール様の「ふふふ」笑いが怖くなったわ。
イレール様は遠回しに答えてくださったけど、フルール様はディオン殿下の側近も巻き込んで否定しましたよね?
その後は、アンリエッタが商会の者から聞いた他国のおもしろ話で盛り上がった。
「はあーっ」
「なによ。ため息なんて吐いて」
「だって……フルール様よ? 第一王子殿下の婚約者の。緊張したわ」
「私はシャルロットがうっかり第二王子の名前を出して、緊張どころか生きた心地がしなかったわ」
ふんっと鼻息で叱責されて、私は小さく「ごめん」と彼女に謝った。
どうも死に戻ってきた直後は前の時間で培った淑女教育が生きていたけど、アンリエッタたちと秘密まで共有した私は、昔のままの自分に戻りつつあるようだ。
「とにかく、早く帰ってサミュエル様と作戦会議よ」
「作戦会議?」
「ええ。どうやら第二王子のくだらない企みは第一王子殿下たちにバレているみたいだもの。だったら、敵の敵は味方でいきましょう」
敵の敵は味方?




