暴かれる秘密
「「「ふうーっ」」」
私たちはイレール様が帰ったあと、ソファーにだらしなく座り込んだ。
隠していたことを白状したイレール様の勢いはすごかった。
兄様への追及と懇願と、見ているこちらの気力がすべて失われるほど、しつこい交渉だったわ。
ただ、兄は研究することはやぶさかではないが、症状に効くであろう薬の候補もまったく思いつかないと嘘を吐いて、イレール様の要求を固辞した。
前の時間だったら、このときには調合する薬草はすべて揃えていたはずだもの。
イレール様も難しい顔をしていたけど、アンリエッタの「そもそも夢魔病に罹った患者と会ったこともない」との言葉に、どれだけ稀な病気なのか、研究する医者も少ないのか思い至ってくれたようだった。
そうよね、身近に患者でもいない限り、「夢魔病」の研究をしようとは思わないだろう。
「夢魔病は貴人病……だもの」
私がポツリと呟くと、兄は瞑っていた目を片目だけ開けてこちらを見た。
「正しくは貴族が罹る病と噂されている、だ。実際、平民でも罹る人はいるし、孤児でも罹った例がある」
「あら、貴族は罹るけど王族は罹らないと聞いた気がしますよ」
兄の言葉に、アンリエッタがくでぇと倒していた上半身をしゃっきりと起こした。
「王族は罹らないではなくて、罹ったことを隠しているのでは?」
すっかり前の時間の悲劇のせいでやさぐれてしまった私は、王家に闇があるとでもいうように言い放つ。
「……それは否定しないな。それでも夢魔病が一部の人に罹る奇病であることは確かだよ」
兄は両手を組んで難しい顔で口を引き結ぶ。
私は、兄が夢魔病の研究に手を付けようとしたことを知っているし、あえてその研究ではなく、いま論文を書いている風邪薬の補助剤の研究を勧めた。
イレール様の妹さんに残された命がどれぐらいなのかわからないが、私も自分の家族の命は大切だし、守りたい。
この薬の研究が私たち家族を破滅へと導くのなら、イレール様の妹さんには悪いが……。
「シャルロット。アンリエッタ。僕は今の薬の研究と並行して夢魔病について調べたいと思っている」
「お兄様!」
ガタンと飛びあっがって立ち上がり、私は兄の元へ走りよって、その足に縋りついた。
「だ、ダメです。ダメ! その薬はダメなの!」
「……シャルロット?」
訝しむ兄の視線に晒されても、私は頭を振り頬が涙で汚れても構わず、兄に懇願する。
「あの薬に関わってはダメ。イレール様とも、もう会わないで!」
やはりイレール様とは距離を取るべきだった。
彼のほうが妹さんの事情もあり、兄との接点を求めて偶然出会った私を利用したのだろうけど、彼との交流がどんな結果を招くのか私ならわかっていたはずなのに……知っていたはずなのに……どこか、自分で気づかない深いところで彼への思いが断ち切れていなかったのか……。
「シャルロット。あなた、なぜそんなに反対するの? サミュエル様が誰も作れなかった病の特効薬を作れたら、それは素晴らしいことでしょう?」
わかっているわ、アンリエッタ。
兄はその幻の薬を作り、第二王子の元で王宮内に研究室を賜って……そして、そして……処刑されたのよ!
「いいえ、いいえ、絶対にダメよ」
「シャルロット。でも、困っている人がいるんだよ。僕が作れるとは思えないけど、実はアプローチの方法が……」
「ダメ! そんな薬は作ってはダメ! 私はお兄様に死んでほしくない!」
私の絶叫に二人は顔を蒼褪め押し黙った。
そして、顔つきを厳しく変えたアンリエッタが静かに私へ問う。
「シャルロット。いいえ、あなたは誰?」
「……なにを?」
私が誰って、私は私よ。
アンリエッタが何を言っているのか理解ができず呆然と問い返すと、彼女はひょいと肩を竦めたあと早口で捲し立てる。
「おかしいのよ。急に第二王子殿下のことを調べたり、その他にも伯爵子息や子爵子息のこと。結婚相手を探すにしては大物狙い過ぎるし、今までの接点も皆無の相手ばかり。なのに公爵子息であるイレール様からは距離を置こうとする。あんなに憧れていた王都に来てもはしゃぐわけでもなく、大人しくしているし。ドレスやアクセサリーへの興味も薄れているように見えたわ。あと、決定的なのは、なぜ家庭教師もつけてもらえなかったあなたが、学園の授業についていけているの? それもマナーの授業では先生に褒められてもいたわ。私の知っているシャルロットは馬に乗れて木登りができても、優雅にお茶を飲んだり静かに姿勢よく歩くなんて、できないのよっ」
ビシッと指まで指されて熱弁されたけど、普通に失礼だわ。
それに、マナーやそのほかのことも公爵家に嫁いでから嫌がらせ半分に叩きこまれたからできるのよ。
「サミュエル様だって、このシャルロットは別人だと思いますわよね?」
アンリエッタは兄に同意を求めたが、兄は私へ顔を向けたあと、こてんと首を傾げた。
「そうだね。シャルロットはシャルロットだと思うけど……その癖はなかったかな?」
「癖?」
「そう。今もしているよ。母上からもらったペンダントを握っている」
兄に指摘されて気づいた。
私は、自分でも知らないうちにペンダントをギュッと強く握りこんでいたことを。
「不安そうにしているときや、なにか怖いことを思ったとき、シャルロットはペンダントを握るようになった。あまり、そのペンダントは気に入ってなかったのに」
「そんなことは……ないわ」
前の時間の私は、母からもらった家族お揃いのペンダントに不満があった。
貴族の令嬢なら、宝石で模った花の形のペンダントがよかったと思い、鉄でできたそれを恥ずかしいと感じていた。
チャラと胸元からペンダントを出すと、兄も自分の胸元からペンダントを出した。
兄のペンダントトップのバラは緑色。
そして、私のバラは白から青へと色を変えた。
「あら? シャルロットのバラ……そんな色でしたっけ?」




