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死に戻りの処方箋  作者: 沢野 りお
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餌をぶら下げる

本屋ではイレール様を忘れて、自分が夢中になって本を探してしまった。

つい、久しぶりに本屋を訪れたもので、おほほほほ。


私がイレール様の妹さんにと選んだのは、無難な刺繍の図案集と流行りの恋愛小説、そして遊び心で冒険小説を一冊忍ばせた。

この冒険小説は子供向けで、私が幼いころ、兄と一緒に読んだものだ。

公爵令嬢が好んで読むとは思えないけど、暇つぶしにはなるだろう。


「れ、恋愛小説か……」


「イレール様?」


どんな女性も一目で恋に落ちそうな貴公子が恋愛小説に慄いているのは、なぜ?


「もし続きが読みたいと言われたら従者の方に買ってきてもらえばいいのでは?」


私がそう提案すると、イレール様は深く息を吐いて何度も頷いた。

そんなに苦手なのかしら? 恋愛小説。


そのまま雑貨店でハーブティーの茶葉を買った。

カモミールティーはお勧めだ。

ゆっくりと気持ちよく眠れるようにラベンダーのサシェも買い求めておく。


「あら、この店」


イレール様と一緒に入るまで気づかなかったけど、この商品に付いている紋章はニヴェール子爵家のもの。


「ニヴェール子爵家のお店?」


「ああ。アンリエッタ嬢から推薦された。女性が好みそうな雑貨があると聞いてね」


さすがアンリエッタね。

商魂逞しいわ。


「ニヴェール子爵家の店なら、アレがあるかも」


「アレ?」


そうだわ、妹さんへの贈り物にもちょうどいいと思う。

私は店員を呼ぶと商品があるかどうか確認してもらった。


「イレール様。こちらはボードゲームです。ベッドの上でもできる盤上ゲームですから、どうかしら?」


「……しかし、一人で遊べるものなのか?」


「一人でも遊ぶならこちらですね」


イレール様の身なりを一瞥して、即座に貴族、金持ちと判断した店員のアピールは凄かった。

いくつものボードゲームを出してきて遊び方を説明して、時にはイレール様と対戦したりして商談を頑張っている。


「イレール様。使用人と一緒に遊べばいいんです。誰かと楽しむことで時間が早く過ぎますし」


ずっとベッドの上では退屈だし、一人ぼっちでは寂しくて元気も出てこないだろう。


「使用人とか……」


「イレール様の屋敷では難しいことかもしれませんが、大事なのは元気になることです。……お気持ちだけでも」


妹さんの病名は教えてもらっていないが、幼いころから屋敷で療養しているなら、すぐに治るものではないのだろう。


「そうだな。せめて屋敷の中では楽しく過ごしてほしい」


イレール様が優しく微笑むと店員に命じてかなりの数のボードゲームを包ませていた。

もう、馬車で持ち帰るのではなく配達してもらうレベルである。


「イレール様。一つ二つを持ち帰り、あとはお屋敷に運んでもらいましょう」


「あ、ああ。そうだな。すまない」


冷静になったイレール様は、自分の行動を顧みて耳をほんの少し赤くした。


「ふふふ。イレール様は素敵なお兄様ですのね」


笑う私にイレール様は照れた笑みを零し、いくつかの贈り物を手に馬車へと戻った。














カダンゴトン。

無事にニヴェール子爵の王都屋敷に戻ってきた私は、イレール様のエスコートで馬車を下りる。


行く前の緊張していた私とは違って、帰ってきた私は楽しかった一日の高揚した気持ちと、妹さんの贈り物を選ぶという任務を全うした清々しい気持ちでいる。

馬車の音で気づいたのか、玄関からはアンリエッタが出迎えに現れた。


「おかえりなさい、シャルロット」


「ただいま。アンリエッタ」


私は彼女に話したいことがいっぱいあって、そのまま屋敷に入るのを待たずに話し始めようとしたとき、アンリエッタの手が私の背を押した。

屋敷へと、それはイレール様から距離を取ろうとする動きだった。


「アンリエッタ?」


アンリエッタは私の呼びかけに答えず、真っすぐにイレール様を射抜いている。


「モルヴァン公爵子息様もシャルロットを送っていただきありがとうございます」


「いや。こちらが誘ったのだ。当然のことだが……アンリエッタ嬢?」


いつも学園の馬車待ちをしているときに交わす気安い言葉を発する少女とは思えない固い表情と僅かに感じる敵意。

イレール様はアンリエッタの態度に違和感を覚えたのか、眉を困ったように下げたまま動かなかった。


「シャルロット。早く屋敷に入りなさい」


「でも……アンリエッタ」


「いいから」


私は強く出るアンリエッタに反発することもなく、イレール様にペコリと頭を下げ屋敷へと足を進める。

二人のことが気になって、何度も振り返りながら。

















馬車の御者席からチラチラとこちらを見る馭者の視線が気になったがアンリエッタは無視した。

イレールから目を逸らさないよう、声が震えないよう、しっかりと腹に力を入れて立っている。


「アンリエッタ嬢?」


「楽しかったですか? シャルロットとのデートは」


「ああ。楽しかった。植物園も気に入ってもらえたみたいだ。買い物も付き合ってもらって、かなり気に入ったものを買うことができた」


「そうですか。それはよかったこと」


シャルロットの話題に、ほんのりと雰囲気を和らげる公爵子息へアンリエッタは探る視線を巡らす。


「ニヴェール家の店にも寄らせてもらったよ。彼女の助言でボードゲームを買い占めてしまった」


「まあ、それはありがとうございます。では、お礼をしないといけませんわね」


「いやいや。紹介してもらって助かったのはこちらだよ」


「いいえ」


アンリエッタは、貴族らしい気持ちのこもっていない笑みを浮かべ、獲物へと罠をしかける。


「では、どうぞ屋敷の中へ。お茶でもいかが?」


「……それはありがたいが……」


困惑し躊躇するイレールに、アンリエッタは下から見上げ、無表情で平坦な声音で告げる。


「今なら、サミュエル・アルナルディがおりますが」


ゴクンと喉が上下するイレールの様子に、アンリエッタはほくそ笑んだ。


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