植物園での会話
植物園に着いて馬車を下りるときは、イレール様の手に自分の手を素直に差し出すことができた。
私に合わせたゆっくりとした歩調で珍しい植物や色鮮やかな他国の花を見て回る。
「ここが、この植物園自慢の薔薇園だよ」
悪戯っ子のような表情で案内されたのは、いろいろな種類、色の薔薇が咲き乱れる場所だ。
「まあ」
赤や黄色、白やオレンジ、ピンク色の薔薇がまるで絵画のごとく配置され、花弁も大きくフリフリのものや道端に咲く可憐な草花に似た丸いものなど様々だった。
「すごいですわね!」
薔薇という花はかなり肥料を必要とする、まさに花の女王といえる。
ひとつひとつに顔を寄せてじっくりと観察する私に微笑みを向けているイレール様だが、まさか私が「これでジャムを作ったら売れるかしら」と算盤を弾いているとは思うまい。
そのあとも虫を食べる変わった植物や、ちょんと触ると葉を閉じる草などを楽しんで、併設のカフェで休むことにした。
「よかったよ。アルナルディ家の令嬢に植物園は退屈なのではと思っていたからね」
彼の言葉に、植物園を楽しんでいたことがバレていると確信し、私はきょときょとと視線を彷徨わせた。
「ええ。連れてきてくださってありがとうございます。……あれ? アルナルディ家は植物に退屈などしませんわ」
恥ずかしさから火照る頬を両手で押さえた私は、彼の言葉に違和感を感じた。
「ああ、そういう意味ではないよ。薬草栽培が盛んなアルナルディ家の令嬢であれば植物園など珍しくもないだろうと勘ぐっただけだ」
「……そう、ですか」
薬草栽培が盛んなのは間違っていないが、薬草栽培以外の産業がないだけであり、栽培しているのも薬草だけだから鑑賞用の花など珍しいと言い切れる。
でも、私は内心で舌をペロッと出した。
仮にも、貴族の令嬢がめったに見られないだろう、いろいろな花を愛でることができたと白状することはできない。
私は貴族らしい微笑みを口に浮かべたまま、優雅に見える手つきでカップを手に取る。
イレール様は、咄嗟に値段を気にする私の逡巡を悟ったのか、それともエスコートする男性の嗜みなのか、スマートにメニューを注文すると、私の前には香り高い紅茶と数種類のケーキが置かれていた。
仮にも、貴族の令嬢が……以下同文である。
ケーキなんて、誕生日にしか口にできないわ!
ひと口、ひと口、ゆっくりと口に運び、「う~ん」と味わっている。
これだけでも、イレール様と一緒に植物園にきた甲斐があったわ、と思い至って気づく。
ち、違うわよ、イレール様の企みを明らかにするために探りに来たんだったわ。
「「あのっ」」
あ…………しまった。
重なってしまったわ。
「ふふふ。すまないね。美味しそうに食べている君を見ているのが楽しくて。甘い物は苦手だったが、不思議と美味しく感じるよ」
「……。ええ、とっても美味しいです」
言われてハッと気づくと三つあったケーキは残り一つになっていた。
夢中で食べてしまったみたい……恥ずかしい。
「シャルロット嬢は? 私に聞きたいことでも?」
「えっ! ああ、えっと、そうですね……」
ダメだわ、頭の中が真っ白になって何を聞けばいいのかわからなくなってしまったわ。
まさか、ストレートに兄のことや、第二王子たちのことを聞くわけにもいかないし。
「では、俺が先に話すとしよう。……女性に贈るものがわからないのだが、何がいいだろうか?」
「…………は?」
じょ、女性って言った?
じゃあ、今日、私が付き合う予定の買い物って、その女性への贈り物なのかしら?
ツキン。
何故か、胸が痛んだ。
いいえ、もうイレール様への思いは残っていないはずよ。
それどころか、愛は憎しみに変り、彼に捧げた献身は裏切られ、ここにいる私はすべてを取り戻すために、それだけのために生きている。
「実は……贈り物が喜ばれていない気がしてな。王宮の侍女とかにも助言してもらったんだが……贈り物を渡すときの彼女の表情が、渋いものでね」
ハハハと力なく笑ったあと、ズーンと落ち込むイレール様の姿に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
完璧な貴公子、神が愛したと賛美を浴び続けてきた人が、たかが女性への贈り物に失敗して落ち込んでいるわ。
「あの……。私もセンスがあるとは思えませんが、ご協力いたしますわ。ちなみに今までどのような物をお贈りしましたの?」
「そうか! 助かるよ、シャルロット嬢。今までは、花、本、アクセサリーだな」
定番ね。
よっぽど酷い状態のものでなければ喜ばない女性はいないと思うけど。
コテンと首を傾げた私に、イレール様は苦笑して女性の正体を打ち明けた。
「妹なのだよ、シャルロット嬢より一つ上で、体が弱くて学園には通っていないのだ。いつも寝てばかりだから退屈を紛らわせたらと思って贈るのだが……」
イレール様はフルフルと軽く頭を振った。
妹? アンリエッタが言っていた幻の妹さんって、本当にいたのね。
そして、イレール様が贈り物をしていた女性が妹と聞いて、私の胸の波が穏やかになったことは気づかなかったことにする。
「その、病弱で休んでいることの多い女性への贈り物ですか?」
「ああ、そうだ」
私は淑女としてはあるまじきことだが、鼻の頭にシワを寄せた。
イレール様が妹さんに何を贈ったのか、そのアドバイスをもらうときにどんな状況だったのか、厳しく問い詰めた。
はあーっ。
この人、こんなに鈍い人だったかしら?
前の時間のときは完璧で冷酷で、周りに興味を持たない人形のような人だったと思うけど。
「そんなに落ち込まないでくださいませ。イレール様が悪いわけではありませんわ」
ズーンどころか、ズドーンと落ち込んでしまったイレール様を慰める言葉を口に上らせるけど、正直彼が悪いと思っている。
女性に絶大な人気のあるあなたが「贈り物は何がいいか」と聞いたら自分の欲しい物を告げるのは当たり前でしょう。
妹さんもお兄様の瞳の色のアクセサリーをもらっても複雑な気持ちでしょうよ。
しかも、病弱でお茶会やパーティーに参加できないなら、アクセサリーもらってもね?
本ならちょうどいいと思ったけど、問題はその本のジャンルだわ。
政治学や経営学の本を喜んで読みふける女性もいるとは思いますけどね、妹さんは喜ばなかったらしいわ。
私も無理よ。
花なら邪魔にならないと思うでしょ?
贈った花の名前を聞いて、私は頭が痛くなったわ。
「におい?」
「ええ。においがキツイのです。病弱で休んでいらっしゃるなら、においのキツイ花は、ちょっと……」
言葉は濁したが彼には意味が通じたらしい。
「俺が贈ったものを喜ばないはずだ」
ええ、そうですねとここで同意してはいけないわ。
私はグッと堪えて、ひくつく口元を上げ彼に提案する。
「では、買い物に行きましょうか?」
あんなに気の重かったイレール様とのデートも、妹さんへの贈り物を選ぶ手伝いだと思えば違った気持ちになる。
でも、私は前の時間のとき、彼の妹には会ったことがなかった。
彼女はどうしていたのかしら?




