貴公子の誘い
アンリエッタの放った余計な一言で、私の隠し事がバレるのではと冷や汗をかいたけど、問題はなかった。
「シャルロット。君が誰と付き合おうとお兄様は文句は言わないつもりだ。たけど、さすがに王族と公爵家はやめておきなさい」
兄が自分のことを「お兄様」と言うときは、私へのお説教または言い聞かせたいことがあるときだ。
今は、差し詰め身分違いの恋に憧れて高貴な方に無礼なことはしないようにと、釘を刺したいのだろう。
まっっったく、違う方向に心配している兄の姿に、つい笑いが漏れた。
「は~い。わかりました」
わざと子どもらしく棒読みの返事をする。
クスクスと三人で笑い合って、それで終わりだと思っていたのだけれど……。
「付き合ってほしい」
……なにが起きているの?
「イレール様? それはシャルロットに婚約を申し出ているので?」
アンリエッタが渋い顔をして、私とイレール様の間に入ってくれた。
はーはー、心臓に悪いわ。
いつもの授業終わりに馬車を待つために過ごす休憩場所で、いつものようにイレール様が現れ、こちらが今後の付き合いについて一言申し出る前の爆弾発言に、私の心臓は止まったかと思った。
「いや! こ、婚約ではない。その……。明日は学園も休みだから、町への買い物に付き合ってもらいたいと……」
完璧な貴公子、揶揄して冷血などと評されることもあるけど、イレール・モルヴァン公爵子息様は、小娘の言葉に顔を赤らめることなんてないはずだと……赤いわね?
「買い物ですか?」
さて、困った。
買い物ならアンリエッタのほうが適任だわ。
ニヴェール子爵家が経営する商会は、我がアルナルディ子爵領唯一の産業である薬草販売を一手に担い、しかも自国での子爵という身分を鑑みて、他国での商売に重きを置いているという、やり手商人貴族の愛され末娘。
彼女は、兄姉よりも自由に育てられたけれど、目利きはなかなかのものだとニヴェールのおじさまのお墨付きです。
私がアンリエッタが適任だとお勧めしようとすると、するりとイレール様に両手を握られる。
「え?」
「王都には有名な植物園があるのはご存じか? ぜひともシャルロット嬢を案内したいと思っていた。中にはケーキの美味しいカフェがあるらしい」
「はあ……」
なんで、買い物から植物園に話が変わったの?
戸惑う私の肩をガシッと掴んで、アンリエッタがにこやかにそして抗えない強さで、私の体をイレール様へと押し出した。
「ええ。素晴らしいですわ! シャルロットは植物が大好きで、大好きで。きっと喜んでいますから、明日はどうぞよろしくお願いします」
「ちょっと、なんでアンリエッタが返事をするのよ。買い物だったら……」
「あー、残念。私は明日は用事があって付き合えないの。でもイレール様? 男女が二人で町を歩くというのは、いかがなものかしら?」
いつの間にか私を置いてけぼりにして話が進んでいく。
ちょっと、ちょっと待って。
護衛が何人だの侍女をつけるとか、あっちは治安がよくないが、そっちの通りは掘り出しものが多いとか……ねぇ、なんの話をしているの?
二人の周りをちょろちょろと動くだけで、話の輪に入れてもらえず拗ねていると、イレール様が神々しいオーラを纏って私の手を再び握る。
「では、明日迎えにいく。楽しみにしているよ」
「え……。あの……」
私はまだ、ご一緒しますと返事していませんが……。
しかし、イレール様は爽やかな笑顔を残し、足早に去っていった。
このあと、フルール様にお会いして第一王子殿下のお言葉を伝えて、そのまま付き添って王宮に戻られるのかもしれない。
「ほら、シャルロット。馬車が来たわよ。今日はサミュエル様は帰りが遅くなるらしいから、先に私たちだけで帰りましょ」
「アンリエッタ」
あなたには、言いたいことがいっぱいあるわ。
なぜ、あなたがイレール様と私の明日の予定をすべて決めてしまうのよ?
そもそも、私はお受けしていないお誘いだったわよね?
むすっと膨れる私に、アンリエッタは愛想笑いをして私の背中を押して馬車へと乗らせる。
「いいじゃない。知りたかったんでしょ? イレール様のこと」
「そういう意味で知りたかったんじゃないわ」
私はあの人がいつ第二王子と繋がるのか、そして兄へと魔の手を伸ばしてくるのかが知りたかったの。
「二人で会って話せば、向こうの気持ちもわかるでしょう?」
それに植物園に誘うなんて、イレール様はアルナルディ家のことを調べ済なのよ、とアンリエッタが意味深に告げれば、私の心臓が嫌な音を立てた。
イレール様も、兄が創る新薬「レヴェイエ」のことに興味があるのかしら?
でも、「レヴェイエ」が作られたのは前の時間のときのこと。
今は、既存の薬の強化剤を作っているのに?
いったい、なぜ?
「シャルロット? シャルロットってば」
「あ! ごめん。ちょっと考えごと」
「もう、本気で怒ったのかと心配しちゃったじゃない。強引で悪かったけど、あなたが王都にいるのは一年間だけですもの。だから、いっぱい楽しんでほしかったのよ」
ちょんと口を尖らせて言い訳するアンリエッタに、私はため息を吐いて応えた。
「いいわ、別に。確かに二人で話せば本心もわかるかもしれないもの。でも、私が気になったのは……なぜ妹の私よりお兄様の予定に詳しいのかしら、アンリエッタ?」
私の質問に、彼女は薄っすらと頬を赤く染め口を噤むのだった。




