夏の夜、うわさの真相を、野次馬にいった結果。
バリバリバリ!
カミナリのような音が空に響いた。
風のように、前を走り抜けたものがあった。
つづいて、急ブレーキの音!
うわああ!
男の悲鳴だ。
「おい、転けたぞ!」
慌てて見にいけば、十メートルほど離れた地点にバイクと少年が転がっていた。
「なんだい、バイクに乗ったこわっぱかいな。ほれ、だいじょうぶか? ケガは無いか?」
「うわ、うわわあ……!?」
バイクで転けた少年は、腰を抜かしていた。
「な、た、た、助け……」
ガタガタ震えながら、お尻でずりずりと後ろへ下がっている。
「なんじゃ、怖くてしゃべれもせんとは。やれやれ、こりゃ、ただの子どもじゃ」
「つまらん、つまらん。面白い行列ってのは、ただのバイクに乗ったこわっぱかい!」
「なんだ、来て損したぞい」
「おう、帰ろう、帰ろう。おい、そこのこわっぱ、命は取らんからとっとと帰れ!」
「そうじゃそうじゃ! この道はわしらの先約があるんじゃからな」
そう言いながら、懐からさっと取り出し広げたるは、夜の山に赤い大文字とおどろおどろしい蜘蛛の巣を描いた扇子。
それを掲げて音頭を取れば、いずこともなくピーひゃらドンドン、笛に太鼓が拍子を取るとる。
「あ、そ~れ!」
えんやらや~あ
えんやらや!
おかげ参りの百鬼夜行
笙に鼓笛は付喪神
みやこの夜のおおにぎわい
これぞわれらの舞楽法会!
えんやらや~あ、
えんやらや!
手拍子鳴らされ、足踏みそろう。
えんやらや~あ、
えんやらや!
たぬきにきつねに大入道
オニのうしろにろくろ首
これぞ物の怪、妖怪道中
百鬼夜行の夜の道!
これぞ物の怪、妖怪道中
百鬼夜行の夜の道!
夜の向こうに消えゆく行列見送れば。
あとに残るは、壊れたバイクと、月光照らす峠の街道。
やがて誰が呼んだのか、救急車のサイレンが、だんだん大きく近づいてきた!
「ほ、ほんとだよ。見たんだ、たぬきが道端に座ってて、ほかにもガラクタみたいなのがたくさん動いていて、そいつらが人間みたいな顔で喋ってて、踊りながらどんどん行列になって……」
「ああ、はいはい、暴れないで、だいじょうぶだよ。すぐに病院に行くからね」
「本当だって、俺の頭はおかしくないって!」
「わかった、わかったから、暴れるのはもうやめなさいって! きみはひどいケガをしてるんだぞ、死にたくなければいいかげんにおとなしくするんだ!」
バイクで転けた少年を乗せ、救急車が病院へ向けて出発すると、あとには京都府警交通機動隊のパトカーだけが残された。
「しかし、なんですかね、あの男の子。妖怪を見たって?」
「百鬼夜行だよ。昔からこのトンネルの向こうの道に、妖怪が出るって噂があるんだよ」
「平安時代の伝説ですか。行き会うと死ぬって話、ホンマですかねえ?」
「妖怪じゃないが、あの向こうの道で、先月までアニメのコスプレをしたバイク集団が走っていてな。けっこう話題になっていたんだ。見物人も集まってたんだが、肝心のバイク集団がノーヘルやら二人乗りやらで、全員逮捕されたんだよ」
「それ、先月までの話ですよね?」
「まあ、おおかた噂を聞いて野次馬に来ていたやつがいたんだろう。そいつらを見間違えたんじゃないかなあ」
「まあ、そうでしょうねえ。妖怪の百鬼夜行なんて、この現代にあるわけないですね」
「まあな。事故の通報をしてきたのは、通りすがりの親切な人だろ。……たぶん。なぜか通報の録音も記録も、ぜんぶ消えたらしいが……」
「はは、は。……たまにはそんなことも、あるんですかねえ……!」
山のどこかで、なにかが鳴いた。
それがピーひゃらドンドン、そんなふうに聞こえたのは、きっと気のせい。……と人間は、また何も見て確かめることはせずに、噂だけを広めていくのだ。
〈了〉