九話 小鳥探し
「失礼します」
ノアに教わった扉のノブに手をかける。ドアは蔦が絡んでいる木製のドア。人間を受け入れてないという事前情報に沿ったものになっているななど思いつつ、ゆづりはそっとドアを開ける。
すると、ちゅんちゅんと雀が鳴いている音が流れてきた。それに加えて涼風も襲ってきて、ゆづりの頬を撫でる。
ドアを少し開けたぐらいでも充分に分かる、清潔な自然の雰囲気。遠足で山に登った時の様な感覚に、ゆづりは目を細める。
しばらく涼しい風の感動に浸っていたが、不意に終わってしまう。中途半端に開いていた扉が、反対側からガバッと開けられたのだ。
「うわっ?!」
相手の反応をそっちのけに、ゆづりは後ろにひっくりがえった。
同時、悪いことはしていないのに、バレたという罪悪感がこの身を襲う。それに伴い心臓もうるさく鳴きだした。
バクバクと乱れる心音と共に、突然動いたドアを見上げていると、ドアがゆっくり開いていく。そして、ぬっという擬音語が付きそうな動きで、部屋の主が姿を見せた。
「どちら様」
現れた神は、ゆづりの想像を裏切る形をしていた。
人間を受け入れて無いと聞いていたため、てっきり神も人では無いのと思っていた。仮に人だとしても、仙人のような系統とかだと思っていた。
しかし、現在ゆづりの前にいるのは、普通の人間にそっくりな青年だった。
少々癖のある新緑の髪と、晴天を閉じ込めたような空色の目。細い首を大胆に露出させている白いパーカーと、長い足を隠しているダボダボのスボン。
目は二つ、鼻は一つ、口も一つ。腕は二本、足も二本、尻尾や角など変わった部分はない。ゆづりら地球人と何ら変わりない容姿だ。
異常に白い肌と生気のない表情を除けば、至って普通の人間のように思える。
期待を裏切る容貌に、またもゆづりは無言で相手を見つめる。すると彼は決まり悪そうに頬を掻いた。
「あの、どちら様」
「あっ私は佐々木ゆづりと申します。その、ソフィーの協力者というか、その…」
よく考えるとゆづりは何者なのだろう。神では無いし、死人でも無い。そもそも八星に神以外の存在がいることがあるのだろうか。
ゆづりの煮え切らない態度に、理解者は分かりやすく何コイツと顔に出していた。
「何かボクに用」
「文字を読んで欲しくて」
「なんの」
「資料室にある日記とかの…」
「はぁ」
理解者は怠そうな態度を見せる。あまり乗り気では無さそうだ。
だからといって、簡単に引き下がるわけにもいかない。ゆづりはどうすれば相手が興味を示してくれるかを考える。
しかし、全く知らない相手の興味関心など分かるわけもない。一回下がってソフィーの机に置いてあるクッキーでもあげてみるかと悩んでいる時。
「あ、ピピ。出るな、こら」
理解者の後ろからぴいぴいという鳴き声が聞こえたかと思うと、あっという間にゆづりの横へと飛んでくる。そして、そのまま背後へと飛び去ってしまった。
あららと無反応に見逃すゆづりに対し、理解者の変化は顕著だった。表情は変えぬまま、オロオロと不審者さながらの動きを見せ始めた。
「あ、あ、あっ」
「……大丈夫ですか?良ければ捕まえてきましょうか」
「うん。お願い。ボクはここから動けないから」
「…?はーい」
なんで理解者が部屋から出れないのか気になる。が、それより逃げた小鳥を捕まえる方が優先だ。遠くへ行かれてしまったら、捕まえるのが面倒になるからだ。
ゆづりはドアを閉めると、辺りを見渡し小鳥を探す。鳥の色は雪のような純白だった。そして、羽の先はほんのりと緑で染まっていた。
小鳥一人では扉など開けられないため、他の人の部屋に行っては無いはず。
首を忙しなく回していると、いつの間にか宇宙空間に迷い込んでいた。小鳥は結構逃げたようだ。
そこからしばらく小鳥を探したが、全く見つからなかった。飛ぶのが早すぎて捕まえられないとかでは無く、そもそも見つからない。
まさか他の星に行ってしまったのではと、面倒な未来まで見えてきた。それだけは勘弁してくれと、ゆづりは冷や汗を掻きながら必死に彷徨いたが、小鳥の姿はやはり無かった。
しかし、木黙星のドアの前、一枚の葉っぱが落ちている。
その色は薬に漬けられて脱色させられたような白。先端は薬を逃れたのか健全な緑色をしていた。
小鳥と似たような配色だ。偶然ではあるまい。
ゆづりは葉を拾い上げると、理解者が待っているであろうドアを開ける。すると、手に乗せてあった葉っぱがひらりと浮き、パンと弾けた。そして探していた鳥に変化した。
「は?!」
「あっ、ピピ、戻ってきた」
急な変化に驚いて大きな声が出るゆづりを通り過ぎて、理解者がピピを抱きしめる。その姿は、迷子の子供が親に再会した時のような暖かさが見えた。
小鳥が葉になるなら先に言ってくれと、燻っていた怒りも自然に溶けていく。
「ありがとう」
「いえいえ」
理解者は鳥を肩に乗せて、頭を下げる。傲慢さの欠片もない、礼儀正しい神だ。
ゆづりから理解者への好感度も自然と上がる。そして、そのまま上がって行くかと思ったが、そうはならなかった。
「じゃあね」
理解者はゆづりそっちのけで部屋の奥に戻ってしまう。
ゆづりが慌てて引き止めると、相手は不服そうな顔を見せた。
「なに」
「最初に言ったでしょう!本を読んで欲しいって」
「そうだった。忘れてた」
理解者は自分の頭を掻く。彼のフワフワの緑髪が揺れる。肩に乗っているピピもユラユラ揺れ出す。
こんな短時間で忘れるなんて、この神は大丈夫なのだろうか。ゆづりが不安そうな目で彼を見ていると、相手は本を持って来てと言った。
どうやらやる気はあるらしい。その気が失せないうちに持っていこうと、ゆづりは慌てて部屋を飛び出した。
宇宙が広がる部屋に戻り、資料室に駆け込む。すると真っ先に絨毯の上でゴロゴロしているノアが目に入った。
「おっ、おかえり。どうだった?変なやつだっただろ?」
ノアは持っている羽ペンを揺らす。その近くには乱雑に本がばら撒いてある。
一瞬サボっているのかと顔を顰めてしまったが、ちゃんと仕事しているらしい。どのくらい進んだのかと隣にしゃがもうとしたが、急いでいることを思い出し踏みとどまった。
「褒めろゆづり。創造者の記述がありそうなやつ見つけて……」
「ねぇ、ノアが読めない本一冊貸して」
「…読めない本?…そうだな、これとか?色んな星の文字でぐちゃぐちゃに書かれてるんだけど、読んでみろよ。役に立…」
「ありがとう持ってくね」
「えっ、ちょっと早…おい!」
小さくなるノアの声を置き去りに、理解者の元に戻る。
久しぶりの全力疾走だ。昨日から体を酷使し過ぎている気がする。
荒い息と共に扉を開けると、涼しい風が体を包んだ。熱が冷めていく心地よい感覚にゆづりは目を細める。そしてキョロキョロと理解者の姿を探したが、近くにはいないようだった。
ゆづりは理解者、理解者と声を上げながら、部屋の奥に入っていく。すると目の前に大きなブナの木があった。
「ね、寝てる…!」
そして、その樹木の元で理解者は横になっていた。スースーと定期的に寝息が聞こえる。どうやら寝ているようだ。
遅かったかと、無防備に晒している寝顔を見下ろす。体は大人の男の人だが、顔はなんだが少年みたいに幼い。
起こそうとすると、理解者の側にいる鳥が防ぐように羽を広げた。起こすなと言っているようだ。ゆづりは仕方なくその場で腰を下ろし、起きるのを待つことにした。
しかし待っているだけというのも暇なので、持ってきた日記を捲って時間を潰す。日記は相当古いものなのか、乱暴に扱うと紙がボロボロと崩れそうだ。
そっとページを捲り、中に目を通す。当然知らない言語で書かれている為読めやしない。ただ綺麗な字だなとは思った。
手持ちぶたさにページを捲っていくと、何か挟まっていたらしい。一枚の紙が日記からこぼれ落ちた。ゆづりが手を伸ばす前に、風に煽られ飛んでいってしまう。あーあと呟き舞いながら遠ざかる紙を追う。紙は上に飛び、木の葉っぱの中に紛れ込んだ。
「うっそ」
面倒な所に行ってしまった。ため息を漏らし、引っかかっている紙を見上げる。
ジャンプでは手が届かない。木登りは出来ない。木を揺らしてみるかと思い、ゆづりはそっと木に手を置く。
直後、頭がガンと響いたと思うと、耐え難い眠りが襲ってきた。
マズイと思い身を引いたゆづりだったが、それより前に体は言うことを聞かなくなる。それでもよろめきながら逃げようとしたが、プツリという無常な音と共に意識が途切れた。
絵面綺麗に、ゆづりは理解者のそばで落ちた。
意識のない二人のそばに、ピピが寄り添う。そして主人の眠りを拒むようにピイと鳴いた。
その声を聞いて他の小鳥も鳴きながら集まってくる。白い鳥、赤い鳥、青い鳥、黒い鳥。色はまだらで統一感はない。
集まってくる鳥は最初は一匹二匹だったが、段々声は騒音になっていく。そして気付けば、鳥なのかも分からないくらい集まって群をなす。
それは、まるで死体に這い寄る蛆のようだった。
****
「ここを訪れた人間へ
初めまして。
まず、最初に謝罪をしよう。急にこんな所に連れてきて悪いなと。
ここは君たちが生きていた星を繋ぐ『中継場』。星は全部で十個ある。だから、これを読んでいる人間も十人だろう。
ここについての説明を残しておくから、目を通してくれ。勿論、読まずにここを出ていってくれても構わない。
一、君たち『神』は基本には不老不死。君達は死ぬことも無ければ、今の姿から老いることもない。しかし、土獣星の神は、『神座剥奪の儀』の際に不死が解けるので注意を。
二、次の神は、自分の治める星の人間、もしくは他の星の神から好きに選べる。但し生者に限る。神座をその人物に渡す意志に加え、その人物との物理的な接触で神座は移動する。
三、神は星を管理する義務を負う。その上で守るべき規定を以下に示す。
月祈星「天災の襲来の概念を奪わないこと」
土獣星「神座剥奪の儀を遂行すること」
地球「魔力を星に導入しないこと」
水魔星「魔力を維持させること」
金時星「時計を守ること」
木黙星「人間を星に入れないこと」
天機星「寝ている人間への干渉をしないこと」
火敵星「魔族と共存すること」
空手星「人間に腕を与えないこと」
日無星「人間に死を与えないこと」
以上のルールに反する行為は阻止される。
四、神は星の平和を目指すものとする。人間の絶滅、文化消滅、物理的な消滅等、星が崩壊した瞬間、神は意識を失う。
五、意識を失った神は星の再生と共に意識を取り戻す。星が一年以内に回復しなかった場合、星は破棄され神は死ぬ。
六、神を辞めた元神は、不老不死の権利が剥奪される。しかし、即死はしない。死亡まで一年間の猶予を与える。その間に転生したい星を選べば、その星に転生できる。選択しなかった場合は、一年後己の星の人間として強制的に転生する。
七、他の星に行った際、神の姿がその星の人間に認識されない場合がある。お気をつけ下さい。
最後になるが、十星へようこそ。
せめて、これから君たちが楽しい日々を歩めることを祈っている。
記入者 『創造者』」