III 星の揺らぎ
認められた。
てっきり反論されると思っていたために、こうも素直に受け取られ少々拍子抜けしてしまう。
「ほら、ノアもそう思いますね?」
「あぁ。俺様も今のゆづりの話に反論はない。なかなかいい線行っているんじゃないのか」
唖然とするゆづりを差し置いて、ソフィーはノアに意見を仰いでいた。そして、ノアもゆづりと議論を繰り広げる気はさらさら無いようで、呆気なく引き下がってしまう。そして、再び目の前のケーキを頬張っていた。
もしかしてデザートを食いたいがために、まともに抗弁してこないのだろうか。ゆづりがそう邪推した矢先、ノアは「でもさ」とモグモグと口を動かしながら、フォークの刃先を向けてきた。
「ゆづりはこの説から創造者を見つけられるって思ってんだろ?」
「うん」
「それは一体どうやってやるんだ?今の話にヒントか何かあったのかよ」
ノアはかなり前向きに考えてくれているらしい。ケーキを食べながらではあるが、彼にしては珍しい真面目な顔でこちらを見ている。
ソフィーもノアと同じことが気になっていたようで、じっとゆづりの目を見つめていた。
「九個に星をコピーをしたのは創造者。なら、創造者はその元々あった一つの星に生きていた、ってことになるかなって」
「ふーん?」
「つまり、ゆづりは八星の中から元々あったであろう一つの星を見つけて、創造者の痕跡を探そうとしているってことですね」
「はい!そういうことです」
ゆづりは理解の早いソファーに目を輝かせながら、大きな丸の上に棒人間を加える。そして、ふにゃふにゃと波動線を周りの円へと向けた。
大きな円、つまり元々あった一つの星に所属していた創造者が、己の星をコピーして九つの星作り出したという疑似絵だ。
ゆづりはこの大きな円の元ネタとなった星を見つけ、創造者が残した痕跡を漁ろうとしているというワケだ。
「ふーん。まぁ悪くない。でも、これだといくつか問題があるな」
「うん。そうだね」
ゆづりは持っていたペンを投げ捨てる。そして、空っぽになった手を己の膝に添えた。
しかし、これは諦めたことを意味していない。もう落書きをする必要がないから捨てただけだ。
ゆづりだって馬鹿じゃない。ノアに指摘される前から、今の話に穴があることは理解していた。そして、今の計画がそう簡単にいかないことも重々分かっている。
「問題として私が気付いていることは、大きく三つあります」
「はい」
「まず、一つ目はどうやって最初の星を見つけるかってことです。多分、今までみたいに書籍とか手記とか漁るだけじゃどうにもならない。創造者しか知らないことが確定しているので」
星がどのように出来たかなんて、作ったヤツにしか分からない。もちろん、いくらでも推測や予想なら出来る。しかし、ゆづりが欲しいのはれっきとした真実だ。それを得るためには、ポッと出の文献や言い伝えなどは信用できない。
どのようにして揺らぐことの無い、たった一つの真実を手に入れるかは、結構大変な問題だ。
「二つ目は、本当に八星の中に創造者は生きていた確証はないってことです。私や神やでも認知できてない世界…天界とか異世界とか…があって、創造者がそこにいるなら見つからないと思います」
ゆづりのやり方は、『創造者はかつて十星の何処かには存在していた』かつ『創造者は今でも八星のどこかにはいる』ことが前提になっている。だから、その前提がひっくり返されれば、当然だが創造者は見つからない。
というか、この事を心配していたら、今後どのようにしても創造者を見つけることは出来ないだろう。認識すら出来ないのなら、どう頑張っても見つかるわけないのだから。
だから、これは問題と見なさなくていい。この心配は見つからなかった時の理由に収めるべきことで、最初から行動を制限する枷にはしない。
「三つ目は私たちが最初の星を特定できて、なお且つそこに創造者がいたと分かっていても、とうの昔に創造者が己の痕跡やら記録やらを消してしまっていた…ってことですね。これをやられてたら、星を見つけても意味が無くなるので。結局、創造者のことは何も分からないまま終わっちゃうから」
今まで上げた不安事の中で、一番ゆづりが気にかけているのはこれだ。全部が上手く行ったものの、結果は何も得られなかったという、気力と時間だけが奪われるエンディング。
一番最悪なパターンだが、一番起こり得るパターンがこれなのだ。
だって、創造者は五十年に一度しか中継場に来ない。それも、姿が見えないよう色々細工をしていると聞く。おそらく性格はかなり用心的で堅実派だ。そんな人物が星に痕跡を残しているのか。いや、そんなもの跡形もなく、消し去ってしまっていることだろう。
「……と、色々問題はあるってことは分かってます。でも、もちろんある程度は対処法も用意しているし、とりあえず取りかかってみようかなって」
ゆづりは語尾を萎めて口を閉ざす。ここまで長々と話した。しかし、内容は不安定要素が満載で、聞いてもらう価値の無い話になってしまった。
この説明は二人にちゃんと伝わっているのだろうか。というか、聞いてもらえたのだろうか。
ゆづりはいつの間にか下に向いていた顔を上げる。すると、二人はあんぐり口を開けて、目を丸くしていた。
「な、なに?」
「いや、よくこんな短い時間で色々と考えたなって。少しビックリしたんだよ」
「…そんなに驚く?」
「驚くよ。頭の回転早すぎだ。そこそこ天才な俺様でも流石に追い付けない」
「そうですよ。ゆづりは本当に凄いんですから、胸を張って下さい」
ノアに意外そうな顔をされ、ソフィーからは屈託の無い称賛を貰った。
こうも真っ直ぐに褒められるとこそばゆい。ゆづりが慣れぬ感覚にソワソワしていた最中、先に口を開いたのはノアだった。
「まず、二つ目の創造者の居場所のことだが……結論から言うと、これは心配しなくてもいいぜ」
「それはどうして?」
「創造者は八星の何処かには確実にいたし、いるからだよ」
ノアはフォークにべったりとついたクリームを拭いつつ、仔細を教えてくれる。
かなり昔、天機星の神をしていた機械人が、創造者についての情報を洩らしたのだと。それで、創造者がかつてとある星に生きており、現在も何処かの星にいることが判明したと。
「えっ、機械人って勝手に喋ることあるの?」
「いや、基本的には喋らないぜ。だから、二百年前くらいに月祈星の神だったやつが、機械人の中身を解体して分析して、それでまぁ…色々して無理矢理話させたんだよ」
「そう、なんだ」
ノアの言いづらそうな顔を見るに、かなり残酷なことをしたのだろう。
ゆづりもシンギュラリティに拷問でも仕掛けてみれば、創造者について何か迫れるのかもしれない。しかし、人の成りをして人の言葉を話す彼女にそんなことは出来ない。出来てしまうほど、ゆづりに人の心は欠けていない。
「あとは……三つ目はそうですね。そうなってないことを祈るとしましょう」
「とすると、問題は三つ目か」
「うん。でも、それもある程度目算は立ってるよ」
「へぇ。じゃあそれを聞こ…」
ノアが会話の途中で言葉を切る。持っていた銀色のフォークもカチャリと皿の上に落としていた。
「………ノア?」
「俺様、星に戻らなきゃ」
「えっ」
「悪い。明日時間があったら中継場に来てくれ。じゃあな」
「う、うん?バ、バイバイ…」
ノアは強引に別れを告げると、椅子を薙ぎ倒して立ち上がる。そして、ゆづりが制止する隙も作らず、部屋の外へと消えていった。
「な、なにがあったんでしょうね」
「………」
「……ソフィー?」
ソフィーの方からも返事がない。ゆづりが恐る恐る視線を動かせば、彼女の顔はノアと同じように動揺と不安で固まっていた。
「ソフィー?」
「…どうやらニホンで地震が起きたようです。それに他の地域でも何か…」
「え」
「嫌な予感がします。ゆづりは早く家に帰った方がいいです」
ソフィーは眉間に皺を寄せつつ、手短に机上を片付ける。そして、ある程度の整理がついた後に部屋から出て行った。
「……帰るか」
よく分からないが、彼女の言う通り帰宅した方がいいのだろう。
ゆづりは漠然とした気持ちのままケーキの欠片を口に突っ込む。そして、素直に地球へと帰るしかなかった。
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消化不良のまま帰路を辿り、誰もいない家へと戻ってきたゆづり。そして、黙々と洗面所で手を洗っていると、周りの棚や床がギシギシと軋り始めた。
「うぉ、久しぶりだ」
地震だ。震度は三か四くらいだろうか。さほど大きく揺れているわけではない。
それでも少しの不安を覚えたゆづりは、滅多に付けないテレビを灯す。すると、気生真面目そうなニュースキャスターが地震について報道していた。
そして、その縁には津波の危険がある地域を塗った地図まで乗っている。どうやら場所によっては、大規模な被害が出ているようだ。
大変だなと思いつつチャンネルを切り替えれば、そこにニュースキャスターはおらず、テロップで地震について警告を出していた。
しかし、流れている映像は決して平和なバラエティーなどではない。何処かの国の山が、溶岩を流して街を襲っている映像だった。
「噴火…それにテロも…?」
どうやら南東アジアの国で火山の噴火が発生し、西アジアの方では大規模なテロが発生したらしい。加えて、ヨーロッパでは番狂わせの大雨が降り注ぎ、川が氾濫したようだ。
異常だ。今日一日だけでこんなに震災が起こり、世界情勢が崩れるものか。
「もしかして、何か起こってるのか?」
多発する地震、多様な災害、治安の悪化、そして、別れ際に見せたノアとソフィーの動揺。
何故だろう。嫌な予感がする。
ゆづりはバクバクとうるさい心臓を嗜めながら、緊迫したテレビの映像を見続けていた。




