Ⅱ ゆづりの考え
ノアに半ば引き摺られるよう、中継場へ帰還したゆづり。その後も彼の誘われるままに宇宙空間部屋へと赴いた。
おそらく、ノアはイルゼとアリーセの歓迎会で放置されているお菓子でも漁りながら、話を傾聴する算段なのだろう。
実際、目的の部屋へ行けば、ノアの算段通り机上には雑然とクッキーやらケーキやらが散らかっていた。
そして、一人で黙々と後片付けをしている神も、その場に残されていて。
「ソフィー。その…戻りました」
「あら、ゆづり。おかえりなさい」
「その……ただいまです」
真面目な神ことソフィーは、ゆづりが声を掛けると早々こちらを振り返る。その手の中には、クリームでべったりと汚れた皿が重ねられていた。
「おぉ、片付けてくれてるのか」
「はい。そうだ。まだ色々と茶菓子が残されているのですが、良ければ召し上がりますか?」
「おっ、食べる!」
「ゆづりは?」
「い、頂きます」
ノアは目をキラキラとさせて、残っていたチョコケーキを指さす。ゆづりもソフィーに薦められるままにショートケーキを指定した。すると、ソフィーは手際よく新品のお皿にケーキを盛ってくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ケーキを食べるのなんていつぶりだろう。昔、創立三十周年の記念とやらで、小学校の給食にショートケーキが出てきた時が最後のような気がする。
ゆづりは久しぶりのご馳走に目を輝かせ、チマチマと味わいながらスポンジを噛む。一方、ノアはケーキなんぞ食い飽きているのか、次から次へと遠慮なく口へ突っ込んでいた。そして、その間にペラペラと口も回す。
「そういえば、ソフィーに伝えたいことがあるんだよな」
「あら、なんでしょう」
「アリーセとイルゼいるだろ?アイツら、月祈星の修復に手を貸してくれるってさ」
「そうですか。それは良かったです」
ソフィーはいつもの大人びた様子から外れた調子で、声を上擦らせる。どうやら喜んでくれているらしい。何度もそうですかと呟き、嬉しさを噛み締めていた。
一方、ノアは「まだいい知らせはあるぜ」と、チラチラとゆづりに目配せをしてくる。
「ゆづりからも朗報があるらしいからな」
「えっ」
「何かあるんだろ?何か言いたいことがさ」
ノアは能天気な顔で、ココアがまぶされた生地にフォークを入れる。そして、無造作に口へ放り込んだ。唐突に話題を振られたゆづりが困惑しているとは、つゆも知らなそうに。
「ゆづり。そうなんですか」
「えっと…」
確かに話したいことはある。しかし、朗報とは言い難い。ただ十星の成り立ちついての推論が浮かび上がったというだけなのだから。
しかし、既に時遅し。ソフィーの期待に満ちた視線がゆづりに刺さってしまっている。だから、今から何でもないですと言い逃れるのは厳しいだろう。それにそう切り出したところで、ノアが「何でだよ!話せよ」とか騒ぎそうでもあるし。
「……その、ちょっと待ってもらっていいですか。今、纏めるので」
場の空気に流されたゆづりは、観念して自分の意見を話すことにする。
しかし、ゆづりは自分の考えを人に話すことは嫌いなのだ。感情や感想等を共有するのも好きじゃない。
だって、そんなことをしても意味はないだろう。人は人、他人は他人。分かり合えることなどないのだから。
と、まぁそんな風に考えて生きていたゆづりだ。今までやってこなかったことを急には出来ない。
ゆづりは急に指名されて沸った頭を落ち着かせて、ぐちゃぐちゃになっている文章を纏める。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
ソフィーはそれだけ言い残すと、静かに部屋を出ていく。そして、数分後、おそらく自室から紙とペンを持って帰ってきた。
同時、ようやく考えの纏まったゆづりは、ソフィーが差し出してくれたペンを手に取る。そして、真っ白い紙にサラサラととある図を書き始めた。
「今から話すことは、いい知らせとかじゃなくて……その、十星の成り立ちについての予測です」
「成り立ち……面白そうですね。是非お聞かせ下さい」
「はい。先に結論から言ってしまうと、十星は元々は一つしか星が無くて、その星を九個にコピーして、それぞれに特色を加えて出来たのが、今の八星なんじゃないかって思ってます」
ゆづりはまず紙の中央に大きな丸を一つ書く。そして、その周りに一回り小さな丸を九つ描いた。
計十個ある円が見立てているのは十星だ。何となくのイメージで、九つの丸に点々やら斜線やらグルグルやらも入れた。
カタチは同じである星たちに、それぞれ異なった要素を加えた、と見えてくれれば嬉しい。
「……コピー?星を?」
「うん」
ゆづりの唐突とも呼べる話に、悠長に食事を進めていたノアが手を止める。そして、円の書かれた紙を不思議そうに見下ろしていた。
流石に今の話では理解を得るのは難しいだろう。そう考えたゆづりはすぐに「例えば」と例を示す。
かつて、この世界には一つしか星がなかった。そして、仮にその一つの星が地球だったとしよう。
そうすると、創造者は千年前、地球を九つに模造して、全部で十個の地球を存在させた。その後、創造者はそれぞれの地球に獣人やら魔法やら魔族やらを導入した。そして、最終的に完成したのが、古で云う十星、今で残る八星ではないかと。
その例えを伝えれば、二人はゆづりの意見が咀嚼できたらしい。ノアはふーんと薄い反応を見せ、ソファーは何か思うことがあるのか顎に指を置いていた。
「なるほど。話は分かったよ。でも、なんでそう思うんだよ」
「理由は二つあるよ」
ノアの疑問にゆづりは即座に人差し指と中指を立てる。こう返されるのは想定内だ。返答はきちんと用意している。
ゆづりは早速一つ目と宣言するように中指を折り曲げた。
「一番の理由は八星の地形が何処も同じだから。今の私の考えを前提とするなら、このことにも簡単に説明がつくよ」
「十星が元を辿れば同じ星であるならば、地形は同じになってもおかしくない……ってことですね」
「はい。そういうことです」
十星が全て一つの星を起源としているのならば、地形が同じでもおかしくはない。元は同じ星なのだから。
「そして、二つ目の理由は木黙星のことです」
「はぁ、あの星がヒントなのか?」
「うん。今の木黙星は人間がいないみたいだけど、かつての木黙星には人がいたはずだからね」
木黙星の神である理解者はこう言っていた。
「草も花も鳥も、みんなキミと同じニンゲン。星にいたニンゲンは皆、ニンゲンじゃ無くなった」と。
つまり、かつてあの星には人間がいたのだろう。今は例外なく、人間は姿を様々な生き物に変えられてしまったようだが、確かに人がいたのだ。
だからこそ、おかしいと気付ける要素になる。
「創造者が人のいない星を作りたかったのなら、最初から人間を星に置くことはないはず。なのに、木黙星には人がいた」
「………なるほど。元となった星に人が生息していたために、創造者がとある星をコピーをして木黙星を作った際、木黙星にも人間が現れたということですね」
「はい」
ソファーは物分かりがいい。ゆづりが全て話さなくとも補足して助けてくれる。それをありがたく思いつつ、ゆづりはソファーとノアの様子を伺う。
どうだろうか。そこまで突飛な話はしていないと思うのだが。
ゆづりは机の下で、ギュッと己のスカートを握りしめる。そして、ドキドキと騒ぐ心臓を宥めながら、二人の反応を待って。
「面白い話です。よく考えましたね」
「……え」
「これからは、その考えで話を進めてみましょうか」
ソファーのこちらを肯定する言葉に、ゆづりは俯いていた顔を上げる。すると、ソフィーの優しく柔い目が、ゆづりの不安げに揺れていた瞳とピタリ交わった。




