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異世界たちと探し人  作者: みあし
一章 土獣星編
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七話 眠り子の姉


 辺り一辺に宇宙が広がっている部屋こと、宇宙空間部屋。

 そこには、昨日と同じようにケーキやカップが並んでいる机があった。そして、その机の近くにいすずの姿も見受けられる。彼女はゆづりと目が合ったかと思うと、ケーキを鷲掴んだまま手を振ってくれた。


「あら、可愛いですね」 

「そうですね」


 ソフィーは両開きの扉を開けると、いくつもの扉が並ぶ部屋に出た。そして、多くの扉の中から何も特徴のない、事務室にあるような扉を選んで足を止める。


「どうぞ」


 扉を開けたソフィーは、どうぞとゆづりを室内へと誘う。ゆづりが遠慮なく入室すれば、中央に大きなベッドが置いてあった。そして、その上で十歳くらいの少年が仰向けになって寝ていた。


「……この子って……」


 ゆづりたちが急に部屋に入ってきて電気を付けたというのに、少年は何も反応しない。寝返りをうつこともなければ、呻き声を上げることもなく、静かに寝顔を晒している。

 ゆづりは彼が死んでいるのかとギョっとしてしまう。しかし、よく観察すれば、一定間隔で彼の胸が動いているのが分かった。つまり、この少年は生きてはいるのだろう。

 それでも薄々わかってしまう。この子が起きることは無いのだと。


「この子は月祈星の神『放棄者』。そして私の弟です」


 ソフィーの弟。言われてみれば、少年とソフィーに共通点がちょいちょい見つかる。

 彼の目の色は閉じているため、ソフィーと同じなのかは分からないが、髪色は金髪で同じだ。容貌も心なしか似ているような気もする。

 ゆづりはじっとソフィーの顔と放棄者の顔を見比べた後、首をかしげた。


「弟さん、病気か何かですか?」

「いいえ。病気ではなく、規則です」

「きそく…?」


 神は定期的に寝ないといけないのだろうか。

 よく理解できず曖昧な返事をしたゆづりに、ソフィーは一から話してくれた。


「月祈星は天災の星です。五十年に一度、地震、吹雪、豪雨、噴火…何かしらの災害が世界を襲う星なんです」

「た、大変そうですね」

「はい。とても大変です。でも、星の人が協力して天災に立ち向かえば、被害はほとんどゼロで終わります。なので、そこまで危険はないです」

「へぇ。……それで、その天災と弟さんに何か関係が?」


 月祈星が天災とやらで不穏な星だということは分かった。しかし、ソフィーの弟が昏睡状態になっているワケには辿り着いていない。

 ゆづりが素直に首を傾げれば、ソフィーは本題に入りましょうとそっと微笑む。


「ゆづり。先ほど、天災は月祈星の人が協力すれば防げるといいましたね。しかし、協力しないとどうなるか分かりますか?」

「……天災には対処できないから、大変なことになるんじゃ…?」

「はい。正解です。具体的に言えば、星が壊れます」

「……星が壊れる?」

「言葉通りです。人により対処されなかった天災は、多くの建物を崩し、ありとあらゆる地面を砕き、生命という生命を蹂躙しつくしました。人はおろか生命力の塊であるゴキブリでさえ、月祈星では生きることは出来なくなりましたね」

「……ましたってことは、まさか、今の月祈星って」 

「はい。現在の月祈星は、防災より戦争を優先したために、天災に襲われ、壊滅状態になりました」


 あっさりとしたソフィーの口調。しかし、話された内容はひどく恐ろしい。

 命という命を奪い、ゴキブリでさえ死に絶えた。

 地球だとまず起こり得ない。どんな大規模な戦争があったとしても、ここまでにはならない。

 想像も出来ないほどの惨状にゆづりは絶句してしまう。しかし、ソフィーは止まらない。まだ本題にも行っていないというように、大きくため息を吐くと、続けますと囁いた。


「星が天災に襲来され、何もかもを壊していった最中、当時月祈星の神であったこの子にも変化が起きました。彼は急に倒れたと思ったらそのまま意識を失って……それ以降、一切目を覚まさなくなった」

「…な、なんでですか」

「おそらく罰なのでしょう。神であったのに自分の星を破滅に追いやった、その報いです」

「……それは、弟さんが戦争を防げる方法があったのに、しなかったってことですか」

「いいえ。神と云っても、星のために何か出来る力はありません。神は不老不死の体を持つだけで、基本は普通の人間ですからね。戦争を止める力なんて無いですよ」

「それじゃあ報いも何もないんじゃ……」

「………」


 ソフィーは何も言わない。眉を下げて困ったように微笑むだけだった。

 神という名を持っているのに、何も出来ないことに対する自嘲。それとも、何の変哲もない少年が星の責任とやらを取らされたことに対する、やるせなさ。

 どんな感情を抱いているのかは、ゆづりには分からない。が、ソフィーの顔にある感情が悲だということは、ひしひしと伝わってくる。

 

「それじゃあ、その……弟さんはもう起きないんですか…?」

「いいえ。星を元に戻せば目を覚ましますよ」

「星を元に……?」


 天災とやらで壊滅した町を元に戻せばいいのだろうか。

 ソフィーの説明から、月祈星がかなり取り返しの付かないことになっているであろうことは容易に分かる。

 しかし、復興作業にも終わりはある。莫大な時間と途方もない献身が必要にはなるが、頑張り続けていれば、いつかは元の風景に戻るはずだ。

 ゆづりは一筋の光を見いだし顔を上げる。しかし、ソフィーにはそんな希望はなく、絶望の中にいるような諦感した表情しかなかった。


「星を戻すのは簡単じゃないんです。今も天災は星を支配していますから、何をしようともすぐに壊されます」

「…えっ、天災ってまだ続いているんですか」

「はい。おそらく星が全壊するまで、永遠と止まらないでしょうね」

「………」


 ゆづりは上げた面を、再び下に戻してしまった。

 星は天災に襲われ壊滅してしまった。星を元に戻さないとソフィーの弟は目を覚まさない。しかし、天災は今もなお星を壊し続けていて、復興はとてもじゃないが出来ない。

 手詰まりだ。手の施しようのない。こんなのどうしろというのだ。

 暴力的な理不尽さにゆづりが何も云えずにいれば、ソフィーはそこでですよと指を当てた。


「かなり危機的状況ですが、まだ助かる道はあります」

「……それは?」

「創造者です。月祈星を元に戻すよう、創造者に頼みます」

「あぁ、なるほど…」


 創造者は八星を作った人物だ。ならば、当然崩れた星の情勢も元に戻せる程度の力は持っているはず。星を生み出した力があるのだから。

 

「じゃあ、ソフィーが創造者を探しているのは…」

「はい。月祈星を治してもらい弟を起こすため、です」


 完全に理解した。

 ゆづりは昨日のソフィーの話と今の彼女の話が繋がったことに、すっきりとした気持ちを覚える、なんてことはなく、むしろ味わったことのないような緊張感に包まれてしまった。

 だって、爽快感を覚えるような話じゃないだろう。月祈星で起きた天災。起こった悲劇。今もなお続く破壊。ソフィーの隠しきれていない悲痛な顔。すぐそばで寝顔を晒している弟さんの姿。

 全部把握したなんて言葉で片付けるには、いささか現状が重すぎる。


「……私、けっこう責任重大ですね」


 それに、創造者探しの重さを自覚してしまった。

 今までは正直、万が一創造者が見つからなくても、ドンマイドンマイ仕方ないなくらいで済まされると思っていた。その程度で許される気でいた。


 しかし、この話を聞いてしまった以上、そんな軽い気持ちは通用しない。

 ソフィーはゆづりが何も出来なくても、叱ったり咎めたりはしない。おそらく大丈夫です、気にしないでくださいと宥めるだろう。

 しかし、ゆづりの心はそうはいかない。自分の星のことではないから、そこまで気に病むことはないかもしれないが、あぁしくちゃったなぁ程度の後悔じゃとても済まされない。

 月祈星とソフィーの弟のことがかかっているのだから。


「そんなことはないですよ。ゆづりが気負う必要はないです。創造者にだけに頼るわけにもいかないので、私も私で星の修復はしてますから」

「星、治せるんですか」

「頑張ります。何もかもを捧げて」


 ソフィーの決意に満ちた横顔で、ゆづりはすべての疑問を解消する。

 彼女がゆづりの創造者探しに全面的に協力できないと言った理由、あまり力を入れて創造者を探してはいない理由。

 その答えは、彼女は一人で月祈星を治しているからなのだろう。

 確かに、見つかるかも分からない創造者とやらに賭けるよりは、自分で立ち向かった方がいいと判断するのは必然だ。ゆづりでもそうする。


「とにかく、私はゆづりに色んな星に行ってみてほしいだけで、そのための道しるべとして創造者探しを提示している程度ですので。お気になさらず」

「道しるべ……」

「はい。このことに関して責任があるのは、私と月祈星の人たちですから、ゆづりは好きに星を回ってみて下さい。楽しいことがあるかもですよ」

「…………」


 ソフィーは長々とすみませんと謝ると、廊下へ続く扉を開け放つ。そして甲斐甲斐しくゆづりの手を取り、せっかくの土曜日ですからゆっくりしていって下さいと微笑んだ。


「その…」

「はい」

「色々と大変でしょうけど、頑張ってください。私も頑張るので」


 ゆづりが部屋を出る前にソフィーにそう声を掛ければ、ソフィーはピタリと固まる。何かに驚いたようで目を見開いて、唖然としていた。


 まさか、何かいけないことを言ってしまったのだろうか。ソフィーを応援したいという気持ちで言ったのに、不快にさせてしまったのだろうか。

 ゆづりがソフィーの反応に戸惑っていると、彼女は不意にふっと目を細める。そして、いつも通りの穏やかな表情を持って「ありがとうございます」とゆづりに微笑んでくれた。

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