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異世界たちと探し人  作者: みあし
二章 火敵星編

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26話 神が生まれし時 下 


「今から調節するから、少し待ってね」


 在監者はひたすら針を左回しに動かしていく。それに対応するよう、写し出されている映像も遡っていき、砂嵐を所々撒き散らしていた。

 そのまましばらく待てば、在監者はおもむろに手を止める。そして、ちょうど百年だとスクリーンを示した。


「ここって…」 

「あの城だな」


 スクリーンに写し出されているのは、見覚えのある廊下だった。非常に長いかつ広く、両脇に数多の扉がつけられた、大理石の廊下。イルゼやアリーセと出会った城と同じものだ。

 ただ、至るところにメイドや執事など使用人の姿が見え、生活感も伺える点は異なっている。


「アリーセ様」


 見覚えのある廊下がひたすら写される中、一つの声が背後から聞こえた。この映像の主人公であるのだろう、アリーセがおもむろに振り返る。

 すると、男性の姿をしたイルゼがその先に立っていた。その顔にはあの頑固な姿から想像も出来ないくらい、弱々しい色が灯っている。


「あの、本当に行かれるんですか」

「えぇ。お父様の危機だからね。助けに行かないと」

「お言葉ですが、アリーセ様。ここ最近少し怪我が多くありませんか」

「そんなことないよ」

「そんなことあります。三日前、貴方は血だらけで城へ戻ってきているんですよ」

「そんなことあったかな」

「そんなことありました」


 固い口調で話されるイルゼの言葉を、アリーセはラフな言葉で躱していく。あまりイルゼの話を聞く気はないようだ。挙げ句の果てには、イルゼに背を向けてどんどん廊下を進んでいってしまう。

 しかし、イルゼも引き下がらない。ひたすらアリーセ様、アリーセ様と、訓練された犬のようにアリーセの後を追ってきていた。


「アリーセ様!」

「はいはい」


 アリーセはイルゼを無視し続けて、今は城の門まで来てしまっている。そこで今まで遠慮しがちだったイルゼがアリーセの前に立ち、行かせないというように腕を広げた。


「アリーセ様、行かないで下さい!戦いに行くのは、貴女のお兄様方でもいいのではありませんか」

「もぉ、どうしてイルゼは戦場に行って欲しくないなんて言うの?」

「死んで欲しくないからです。貴方にはずっと生きてて…」

「ふふっ、それは無理だよ。人はいつか死ぬ。絶対ね。まあ、お兄様は神になれるから話が違うけど」

「で、でも!できる限りの長く一緒に…」

「イルゼ」


 泣きそうな顔を見せるイルゼの言葉を、アリーセはスバリと断ち切る。芯があり、凛としている声で。

 その有り様に画面越しのゆづりも心臓を掴まれたように小さく息を吐いたのだから、直接見ているイルゼはもっと動揺しただろう。現に彼女は眉を下げ、目を見張っていた。


「心配しないで。必ず帰ってくるから。私の剣術を一番見ていたのはイルゼでしょ」

「…アリーセ様……」


 イルゼはこれ以上言っても無駄だと思ったのか、唇を噛むだけで何も反論しない。

 その隙にアリーセは早足で門の前にいる馬に乗ってしまう。そして、周りにいる甲冑を纏った兵士たちと共に馬を走らせた。

 しかし、アリーセもイルゼを置き去りにすることに名残惜しさでもあるのか、ずっと城の方を向いていた。


 そこからは特筆することは起きない。ひたすら馬の足音と、甲冑が擦れて金属音を奏でるだけだ。


「戦場に向かってるだけっぽいから飛ばすね」


 あまり展開の無い映像に退屈だなと思っていた矢先、在監者は素早く針を進める。そして、十回転ほど回した後に手を止めた。同時、乱れていた映像も整っていく。

 そして、次にゆづりの耳を刺したのは、怒号と剣と剣がぶつかり合う音だ。すぐに分かった。アリーセが戦場についたのだと。


 思わず身構えるゆづりの前で、映像は無情にも整う。そして、躊躇い無く人の命が枯れ葉のように散り去る姿を写し出した。


「アリーセ様、ここからお逃げ下さい!ここはもう…」

「どいて!私は出来るから!」

「しかし」

「いいから!」


 凄惨な世界の中央、誰かと揉めている音を響かせたつつ、銀色の剣が敵の首を跳ねる。剣の持ち主は言うまでもないアリーセだ。彼女が味方を制して前に躍り出て、淡々と人を殺している。


「おー、この子強いね」

「あぁ。バケモンだな」


 あんな可憐な容姿からは想像できない、感情の色のない剣さばき。まるで凄腕の兵士のような腕に、在監者とノアが分かりやすく動揺している。


 ゆづりもそれは同じだ。しかし、ゆづりが動揺しているのは、彼女の剣術というよりは戦場の雰囲気だった。


 まるで道に停留している自動車のように、地面に転がっている死体。通行人の会話のように当たり前に聞こえてくる、悲鳴と怒号。派手な服を着ている人が隣を抜けた時のような程度の色で映る、大量の血。

 そこにあるもの、何もかもが受け入れられない。気味が悪い。身の毛がよだつ。


 慣れろ慣れろと自分に言い聞かせても、太刀打ちできないほど映像は生々しい。今もダラリと脱力しきった死体が軽々と生者に蹴散らされた光景が、目にこびりつき脳にも残っている。


 それでも目を逸らせず、放心状態で画面を見つめていれば、不意にゆづりの視界が真っ暗になった。同時に、瞼の上に柔らかい感覚と温もりが被せられる。

 

「ノア…」

「見るな見るな。こんなもん見てても良いこと無いぜ」

 

 ゆづりの目を隠しているノアは、いつものようにちゃらけた声で笑う。しかし、面持ちはいつもと違うのだろう。戦争が絡むと、彼は何処と無く真面目な雰囲気を醸すから。


 ゆづりは彼の優しさに甘んじて、目を閉じる。そして、早く目的のものが映し出されることを願って、待ち続けていれば。


「まっ……」


 アリーセの断末魔が、ゆづりの耳を打つ。それと同時、ドンと何か重いものが落ちたような音が響いた。

 何かが起こった。ゆづりは咄嗟にノアの手を掴んで、視界を取り戻す。

 すると、目の前の映像が真っ赤になっていた。血や絵の具が跳ねたわけじゃない。目を閉じて太陽を見上げたような、あの独特の赤さで画面が埋まっていた。


「これは…」

「アリーセが攻撃された。魔法でな」


 恐怖心から思考を止めたゆづりに対し、ノアは冷静だ。彼は真っ赤なまま動かない画面を真剣な目付きで見つめ、変わるのを待っていた。

 そして、荒い息と共に回復していく画面を一瞥したかと思うと、前に飛び出していく。


「来た。呪いだ」

「えっ」

「ほら、これ」


 画面の前に出たノアはつんつんと映像をつつき、アリーセの腕を示す。すると、そこには黒い花の模様が入っていた。どうやら今、呪いを掛けられたらしい。


「掛けたのは……コイツだな」


 ノアはアリーセの背後、小さく映っている男を指差す。彼の背中には大きな羽が生えているため、彼は魔族なのだろう。しかし、見覚えのある人物ではなかった。少なくとも、イルゼではない。


「それなら、お嬢ちゃんに呪いをかけたのは、イルゼってヤツではないってことになるねぇ」

「まぁそうなるけど……それならますます意味が分からないぞ。なんで俺様は治療を拒否られたんだよ」

「お前さんがイルゼにことごとく嫌われているからか、統治者の呪いを解かれると、イルゼに不都合なことがあるから、とかじゃないのかい?」

「……というと?」

「統治者が呪いに掛かったままの方が、イルゼにとって好都合ってことだよ」


 在監者は良くあることだというように微笑む。

 しかし、ゆづりには彼の言っている意味が分からない。好きな人の精神が壊れた状態でいて欲しいなんて、そんなこと思う人がいるのだろうか。

 ゆづりの隣にいたノアも違和感を覚えたらしい。あからさまに不愉快そうな顔をして、在監者を睨んでいた。


「…そんなこと有り得るかよ。イルゼのヤツ、アリーセにデレデレだっただろうが」

「まぁ、人には人の考え方があるからね。それにその子、魔族なんでしょ。それなら君たちと考え方が違ってもおかしくないよ」

「それはそうだな。人間同士でも違う考えを持ったヤツはいるからな」


 在監者が挑発的に微笑めば、ノアは目を尖らせ敵意を返す。

 一歩間違えれば戦闘が始まりそうだ。しかし、幸い乱闘が起こることはない。おそらく二人とも、さっさとやることを終わらせて別れようと思っているのだろう。事務的に映像と向き合っていた。

 

「じゃ、映像を進めるよ。次は統治者が神になった時でいいかな」

「あぁ。それでいい」


 在監者は時計の針をクルクルと回す。それに伴って、ザワザワと騒がしい色と音を喚き散らしている映像も変わっていく。

 そして、音が小さくなり画面が真っ黒になった所で、在監者は手を止めた。


「雰囲気がガラリと変わったから止めたけど、何だか暗い場所だね」

「……いや、これって」

「うん。アリーセがいた部屋だと思う」


 映像からこちらに移してきたノアの視線に、ゆづりは頷く。

 現在、スクリーンに写っているのは、見覚えのある内装。アリーセとゆづりが出会った、あの部屋だ。

 その部屋の中央で、アリーセは一人踞り、ひたすらに譫言を口走っていた。

 何を言ってあるのかは分からない。声が細すぎて聞き取れないのだ。


「…………」


 それでも耳を澄ませて彼女の言葉を理解しようとした矢先、アリーセの声が途切れた。直後、荒かった息が安らかになっていく。痙攣していた指先も静かに止まりだした。

 なんか急に体調がよくなった。ゆづりがアリーセの変化に首を傾げるそばで、ノアと在監者はあっと大きな反応を見せる。


「神になった」

「えっ?」

「今だ。『統治者』誕生の瞬間だぞ」

「え、今なの?」


 あまりにも唐突に訪れた神誕生の瞬間に、ゆづりは呆気にとられる。

 王が神になると聞いていたから、荘厳な式が執り行われて国民に交代を知らしめるものを想定していた。しかし、実際はこんな埃っぽい部屋で、観客もいない中、アリーセは神になっていたらしい。

 そのことに対して、神である二人も奇怪な反応を見せる。ノアに至っては「あれっ」とすっとんきょうな声まで上げていた。


「そういえば、『異端者』は何処だ?神の座をアリーセに渡した本人がいないな」

「え、神が近くにいないと交代って出来ないの?」

「あぁ。神になるには、前の神と触れ合う必要がある。物理的にな」


 ノアは自分の手と手をピタリと合わせる。こうでもしないと神の座は受け継がれないのだろう。

 だとすると、この光景は変だ。ゆづりは映像を隅々まで確認して、『異端者』の姿を探す。しかし、映像は無心に暗い部屋を映し出し、アリーセの呻き声を流すだけで、人は誰もいなかった。


「まだ続けるかい?このまま見てても、意味なさそうだけど」


 代わり映えしない風景を、一番始めに見切ったのは在監者だった。

 彼は目まぐるしくスクリーンとノアの間で目線を動かしている。この時間が億劫だと、ありとあらゆる彼の仕草が告げていた。


「もういい。これ以上見ても何も分かりそうにないからな」


 それに釣られるように、ノアもスクリーンから目を逸らす。そして、もうここに用はないと云うように、踵を返した。


「ゆづり。もう帰ろうぜ。これ見てても、イルゼとアリーセのことは分かりそうにないしさ」

「えっ。あっ、うん」


 ノアは一足早く、部屋を出ていく。彼に腕を掴まれていたゆづりも、半ば強制的に外へと引きずられていた。

登場人物


ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。

ノア…水魔星の神。ゆづりを協力者。魔法が強い。

アリーセ…火敵星の神こと『統治者』。呪いにかけられており体の自由を奪われている。

イルゼ…統治者の眷属。ゆづりとノアのことは嫌い。

異端者…前代火敵星の神。アリーセの父親。

在監者…金時星の神。多くの神から疎まれている。

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