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異世界たちと探し人  作者: みあし
二章 火敵星編
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17話 男の正体

 

 糸で白く染まった視界が晴れた時、真っ先に目に映ったのは薄青の瞳だった。そして、外に跳ねている紫の髪も、ゆづりの視界の端でチラチラ揺れている。

 説明するまでもないだろうが、現在ゆづりの目の前にいるのはノアだ。彼は一体何をしていたのか、かなり近い距離でこちらを見下ろしていた。


「ノ、ノア……」

「おっ、起きたのか。おはよう」


 ノアはゆづりが目を覚ましたのを確認すると、すぐに顔を遠ざける。すると、ノアの体に占められていた視界が晴れ、彼の背後にある風景が見えてきた。

 一級品の家具たちが、埃で装飾されて鎮座しているという見覚えのある光景が。


「……えっ、なんで中継場に戻って…」


 間違いない。ここは中継場にある一部屋、火敵星と繋がっている部屋だ。

 先程までゆづりは火敵星の王城にいた。それなのにどうして中継場に戻ってきてしまっているのか。

 ゆづりは体を起こして、意識が飛ぶ前のことを必死に思い出す。しかし、蜘蛛に化けた男に糸で体を縛られたことまでしか記憶にない。その後何があったのか、全く分からない。

 ゆづりがじっと一人頭を回していれば、隣にいたノアがフッと自嘲気味に唇を歪めた。


「ゆづり。お前さ、急に場所が変わって動転してんだろ?」

「う、うん。なんで私たちここに戻ってるの?」

「簡単に説明するなら、全部あの男のせいだな。アイツが……」

「………アイツが?」

「……ほら。自分の頭、確認してみろよ」


 ノアはおもむろにゆづりの頭を指す。ゆづりは促されるまま己の乱れた髪に触れた。

 すると、何かがベタベタと手に纏わり付く。まるで納豆に直で触れたかのような、気色の悪い感覚が。

 何だこれ。ゆづりがゾッとして己の手を見下ろせば、そこには透明な糸がベタベタと張り付いていた。


「な、なにこれ?」

「あの男が使ってた糸だな。攻撃されたんだろ、お前も」

「うん……」


 ゆづりはみょいみょいとリズム良く指に絡まっている糸を引く。すると、髪の一本一本がピンピンと引っ張られ、ジリジリと頭皮を刺激した。

 なかなかに粘性が強い糸だ。これを取り除くというのは、なかなか大変そうだと理解できるくらいには。

 ゆづりはこれからの徒労を考えて、ため息を漏らす。そして、まずは一番大事な制服を何とかするかと指を伸ばしたのだが。


「……あれ」


 制服に糸がついていない。いや、制服だけじゃない。腕や足などにも糸の姿は何処にもなかった。

 王城でゆづりは謎の男に糸でグルグル巻きにされた。だから、全身至るところに糸が巻かれていてもおかしくはない。なのに何故、髪だけに糸が残っているのか。

 

 もしかして服の素材が糸と相性が悪いのかなど考えつつ、ゆづりは自分の体を見渡す。すると、ゆづりの太股の隣こと、ノアの手元に大量の糸屑が纏まっているのが見えた。

 そして、彼の爪にはキラキラと白い糸が光っていて。

 

「……もしかして、ノアが私の糸を取ってくれたの?」

「あぁ。そうだよ」


 ゆづりが恐る恐るノアの様子を伺えば、彼は照れることも誇らしげにすることもなく、淡々と頷いた。

 どうやら糸が少なかったのは、既にノアが取り除いてくれた後だったかららしい。

  目を覚ました時、なんであんなに近い距離にノアの顔があったのかと少し突っかかっていた。また幼稚な悪戯でもする気だったのかと、疑いさえもした。しかし、まさかゆづりに巻き付いている糸を除いてやるためだったとは。

 彼の親切心にゆづりが素直にありがとうと言えば、何故かノアは気まずそうな顔をしていた。


「えっ、なにその顔。もっと感謝しろってこと?」

「べ、別に?どういたしましてだけど?」

「は、はぁ」


 なんだか不自然な態度だ。口調はしどろもどろだし、目はずっと泳いでいるし、何故かずっと苛立ち気だし。

 違和感しかない彼の態度に、ゆづりは具体でも悪いのかと探るような視線を送る。すると、とあることに気づいた。

 ノアの体にも所々、白い線で支配されているということに。


「…まさか、だけどさ」

「おう。なんだ?」

「ノアもあの人に負けたの?」


 ノアの服に付着している糸屑。そして、先程彼が言っていた「攻撃されたんだろ、お前も」というセリフ。何故か中継場に戻ってきているゆづりとノア。

 それら三つを組み合わせたゆづりは、特に思慮することもなく自分の考えを口にした。ノアもあの男に負けて、中継場まで強制送還されたんじゃないか、と。

 だが、それがおそらく良くなかったのだろう。ノアはビクリと肩を揺らし、首を折って下を向いた。そして、蚊が飛んでいるような、あまりにも弱々しい声でポツリと呟く。


「……負けてない」

「え」

「俺様は負けてなんかない。ちょっと気を抜いたらなんか気絶してて、いつの間にか中継場に戻ってただけだ」

「………」


 それを負けたというのではないだろうか。

 ゆづりは思わずツッコミそうになるが、ノアの拗ねと怒りと恥で膨れ上がった頬を見て、ギュッと口を閉じる。

 思うままに発言したら確実に面倒なことになる。この場は何も言わないのが正解だ。あの謎男にノアが敗北したということは胸の中に留めておこう。

 ゆづりが無言を貫き通す隙に、ノアはあーと奇声を上げつつ、自分のローブに残っている糸をブチブチむしり取っていく。

 しかし、怒りからか惨めさからか、彼の指はブルブル震えていて、ろくに糸を掴むことが出来ていなかった。


「いや、だってさ!まさか本気で殺しに来るとは思わないだろ!初対面なんだぜ、俺様たち」

「それは…そうだね。なんであんなに嫌われてたんだろうなとは思うけど…」

「だろ?俺様は手加減してやったのに、アイツはもう…!」

「ま、まぁ。私たちのやったことは不法侵入だし仕方ないよ」


 ゆづりたちは城の主にアポイントメントを取ることもなく、ベルを鳴らすこともせず城に入った。だから、相手から見れば自分たちは強盗や泥棒に見えたのかもしれない。それなら殺しにかかってきても仕方ないと言えるだろう。

 ノアもこちらが悪いことは分かっているらしい。うっと言葉を詰まらせ、それ以上愚痴を漏らすことはなかった。


「ノア。とりあえずもう一回、火敵星に戻ってみようよ。そして、あの人と話をして…」

「いや、無理だな」

「えっなんで」


 ゆづりの無難な案を、ノアは論外と言わんばかりに断ち切る。あまりにも躊躇いのない返答にゆづりが戸惑えば、彼はゆっくり指を上げた。未だ白い糸が挟まっている彼の爪は、火敵星と繋がっている扉を指している。


「今は扉、開かないからな」

「え」

「試しに開けてみろよ」


 ノアは忌々しく火敵星と繋がっている扉を睨む。ゆづりは彼に促されるままノロノロと腰を上げ、扉の前に立った。そして、無造作にノブを掴んで手を引いた。しかし、扉はまるで重い石になったかのように動かない。


「これは…」


 何で、とはならない。原因は分かっている。おそらく火敵星の神であるあの男が、星に人が入るのを拒んでいるのだろう。いすずの時とおんなじように。


「……これってしばらくすればまた開くのかな」


 火敵星に行けないとなると、ゆづりとしてはかなり困る。

 だって、あの火敵星の神は中継場には来ない。だから、神に会うにはゆづりたちが星に降りるしかない。だから、星に行けないとなると、かなり困ったことになる。


 これから行き詰まることを予測して表情が曇るゆづりに対して、ノアはこの状況を楽観的に見ているらしい。ケロッとした顔をして、堂々と床に胡座を掻いていた。そして、あぁと短く肯定を示す。


「多分扉は開くと思うぜ。神さえ許せば星には行けるからな」

「それなら絶望的じゃない?あの人に結構嫌われてたじゃん」

「………ん?何か勘違いしてるみたいだが、あの男は神じゃないぞ」

「えっ、そうなの?」

「眷属だろ。多分」


 ノアは何故か確信している。あの男は火敵星の神ではない、ただの眷属だ、と。

 しかし、ゆづりにはあの男が統治者の眷属であると主張できる根拠が分からない。

 すると、ノアはゆづりの心を読んだのだろう。簡単な話だぜと前置きして、開かない扉を指差した。


「あの扉を開けられるのは、火敵星の神か眷属だけ。一夜前に俺様たちが星に行こうとした時、扉は開いてた。つまり、神か眷属は部外者が星に降りてもいいと、許可は出していたんだ。でも、いざ星に行ってみたらあの男に帰れと言われた」

「…それはおかしいね。許可してんのに帰れって……」

「そう。あの男が神なら、最初から扉を閉めとけばいい。そうすれば誰も星には降りられないからな。でも、現に扉は開いていた」

「な、なんで?」

「多分、閉められなかったんだろう。神が扉を開けたい、眷属は閉めたいと言ったら、優先されるのは神の方だからな」

「つまり、統治者は扉を開けたいって思ってるけど、眷属のあの男は開けたく無いって思ってるってこと?」

「そうなるな」


 ノアはコクリと首を縦に降る。

 あの男に扉を締め切る権限があるならば、最初から扉は開いていなかった。でも、実際にはあの男に扉を封鎖する権限は無いため、ノアは難なくゆづりの後を追って星に降りられた、ということだろう。

 ノアの眷属判定に矛盾はない。しかし、今度は別の疑問が沸いてくる。

 本物の火敵星の神、『統治者』は何処にいるのかという疑問が。


「それならさ、統治者は?何処にいるの?」

「さぁな。でも、生きてることは確信になった。眷属がいるからな」

「なるほど」


 神が死ぬと眷属は死ぬ。つまり、その対偶を取れば、眷属が生きていれば、神も生きているということにもなる。

 心配しなくても統治者は存在するのだから、慌てなくていい。ノアは暗にそう伝え、そくささと立ち上がる。


「じゃ、帰ろうぜ」

「えっ、ここで待ったりしないの?いすずの時みたいにさ」

「しない。あれは最終手段だ。どう頑張っても時間がかかるし。それに俺様は俺様でちょっと準備があるんだ」

「………準備って何の?」

「強くなるための準備だ」


 ノアはまるで因縁のあるラスボスを成敗するための修行をしに行かんというように、引き締まった顔で立ち上がる。そして、ゆづりが止める隙もなく、一人部屋を出ていってしまった。


「………私も帰るか…」 


 あの男は強い。だから、いすずの時みたいに神が弱った隙をついて扉をこじ開ける、なんてことはおそらく出来まい。

 なら、こんな埃っぽいところに居座る理由もない。ノアの言う通り、扉が再び開いた時に突入するのが賢明だ。


 結局、ノアと同じ思考回路を辿ったゆづりは、彼が退室して数十秒以内には部屋を出ていっていた。

登場人物


ゆづり…主人公。不老不死の体を持つ。『創造者』を探している。

ノア…水魔星の神。魔法が使える。ゆづりの協力者。

あの男…前話で出てきたゆづりらに殺意を向けてきた男。

『統治者』…火敵星の神。正体不明のまま百年が経過している。

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