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異世界たちと探し人  作者: みあし
一章 土獣星編
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五話 ゆづりのお家


 なぜかこの気に食わない少年と動物園に行った帰り道。

 空はすっかり陽が落ちて、黒く染まって星が数個、瞬いている。そして、この暗い空のさらに奥、宇宙空間に八星はあるのだろう。当たり前だが、宇宙空間にゆづりが行けるわけがない。一回目は自殺で行けたが、今は死なない身。どうやって八星に行けばいいのか分からない。

 ゆづりはすぐ隣で買ってやったばかりのクッキーを頬張るノアを見る。


「ねぇ、八星にはどうやって行けるの?」

「最初にいた所か?それなら、八星じゃ無くて『中継場』な。八星は地球含めた星の総称だから」

「なるほど。じゃあ言い換える。中継場にはどうやって行けるの?」

「こっちに戻ってきた時にどこにいた?」

「……教室?」

「じゃ、そこいけばいけるよ」

「えっ」

「えっ。なんでそんな反応すんだよ」

「今日はもう学校閉まってるから、中継場には行けないんだなって」


 今は十八時過ぎ。教室はすでに鍵がかけられて閉まっている。つまり、今日は中継場には行けない。

 もっと早く聞けば良かったなと一人落胆していれば、ノアは残念だなとニヤニヤ微笑む。


「あーあ。家だったら楽だったのにな。残念残念」

「………」


 ノアは今日は諦めろとゆづりの後ろでケラケラ笑う。ゆづりは何も言い返せず、黙ってノアの提案に流されそうになり。


「…いや待って」

「おぉ?急に止まるなよ」

「ノア。君はどこから地球に来たの?」

「俺様もゆづりの教室だ。残念だな」

「えっなんで?」

「そういうもんだからだ」

「…よくわかんないんだけど」

「分かれ。八星を魔法のない世界の常識で語るな」


 いまいち理解できないが、科学も常識も通じない世界なのでそうなんだで済ませる。ノアはそんな素直な反応が気に入ったらしく、高機嫌でクッキーを頬張っていた。

 何はともあれ、今日は八星へ行けないようだ。明日になったらまたソフィーから話を聞こうと思いつつ、家へと足を進めて。


「…いや待って」

「わぁ!だから急に止まるなって」

「ねぇ、ノアはいつまで付いてくるの?学校は反対方向だよ」


 ノアはこの世界の人には見えない。だから学校に侵入して八星に帰るなんて容易いはずだ。

 だが、ノアはいつまでもゆづりをストーカーするばかりで帰る気配がない。ゆづりの指摘に、ノアは悪気ない顔で衝撃発言をする。


「えっ、ゆづりの家に泊めておくれよ」

「やだ、無理、断る、帰って」

「即答かよ。俺様は地球に行き場所ないんだよ。夜に外で過ごすのは可哀想だろ」

「いいえ全く思いません。外で寝るか、八星に帰ってください」


 一切の慈悲無く、ゆづりはノアに拒絶を突きつける。

 こんな男を家に入れるのも鳥肌が立つのに、一泊させるなんてもう悪夢だ。本当にどうしようもないなら泊めてやらんこともないが、そんな逼迫した状況ではない。

 外で過ごせと視線で訴えてくるゆづりに、ノアはやれやれというように肩をすくめた。


「泊めてくれたら、俺様しか知らないことを教えてやるよ」

「え、動物園行ったじゃん。それでチャラじゃないの?」

「じゃあ、それに加えて他の情報も教える。それにこのクッキーも分けてやる。どうだ?」

「そんなに持っている情報あるの?ソフィーはあんまり知らないって言ってたのに。それにクッキーは私のだから」


 クッキーを奪い取る。ノアはあっと声を上げ抵抗したが、ゆづりの睨みに怯み手を離した。


「ふん、ソフィーは一番新人だ。まだ神になって数年だろ。一方、この俺様は神になってからすでに五百年近く。持っている情報も多い」

「五百年?!ノアって五百歳なの?」

「あぁ。神になれば年は取らないし、死にもしない。永遠に生きられるからな」


 ノアは誇らしげに胸を張る。ゆづりはマジマジとノアのことを見つめた。

 その顔や立ち姿はどう見ても五百歳には見えない。加えて態度も貫禄のあるお爺さんよりも、うるさい幼児のほうが近い。ゆづりと同じくらいの年だと思っていた。

 黙ってノアを見つめているゆづりに、ノアはゆづりが彼の提案を受けるかどうかで悩んでいるのかと見なしたらしい。ポンと手を打つとゆづりの前に立ち塞がる。


「分かった。じゃあ先に創造者についての情報を教えよう。動物園行ったからな。それで判断してくれていい」

「…分かった。それでいいよ」


 それでもノアに乗せられている気がする。が、何処かで折れないと永遠に付きまとわれる。この辺で引き下がった方が穏便に話が進むだろう。

 ゆづりが早く話せと促せば、ノアは特に勿体ぶることもなく情報を吐いた。


「ゆづりの家に置いてくれるなら、創造者を探し回らなくても会える手段を教える。どうだ?」

「え?」

「お、気になったな」


 ノアはゆづりの顔を覗き込むとニヤニヤ笑う。

 意地が悪い。こいつ普通にゆづりが一番知りたい情報を出してきた。

 ゆづりは暫し葛藤したが、天秤は情報のほうに下がった。ただ、そのまま大人しく受け入れるのも癪なので。


「分かった。間とってベランダなら泊めてもいいよ」

「べ、ベランダ……まぁいいや。それでいいよ」


 ノアは不服そうな顔をしていたが、ゆづりの目力に押されて引き下がった。



****



 十数分歩けば、自宅はすぐ目の前。

 すっかり闇に染まった空の下、ゆづりは鍵を開けると、ノアを家に入れた。


「お邪魔しまーす」


 間抜けた声でノアが挨拶するのを片耳に、ゆづりは電気をつけた。

小さなアパートの部屋は一つ電気をつけるだけで、たちまち家全体を明るく照らす。

 ノアは地球の家が目新しいのか、しきりにキョロキョロ視線を泳がしていた。


「暗いな。誰もいないのか?」

「うん。お母さんは仕事だからね」

「へぇ。お父さんとかも仕事か?」

「ううん。死んでるよ」

「え?あ…ごめん」


 ゆづりはノアに返事せず、キッチンで手を洗うと、座れと椅子を指差した。

 ノアは居心地悪そうに椅子に座る。そして、また世辞にも綺麗とは言えない部屋を見渡して、ふとあるものを見て視線が止まっていた。

 ゆづりはその様子を見ると、まぁそうだろうなと察して、先に説明する。


「その写真の人は姉ね。数年前に死んだよ」

「お前…家族の半分失ったのか。事故かなんかか?」

「まぁそんなところ」


 ゆづりは冷蔵庫を漁りながら適当に返事をする。

 ノアは絶句して、まじまじと父の遺影と、その隣にある姉の遺影を見つめていた。


「それで…さっさと情報頂戴よ」


 ゆづりは二つのコップに麦茶を注ぐと、片方をノアに与える。

 ノアはコップにプリントされている犬のイラストを撫で、無造作に中身を口に含む。だがすぐに顔を顰めると、コップの中身をまじまじ見つめた。


「んん?何これ、紅茶か?」

「麦茶。一般家庭の飲み物です」

「へぇ」


 紅茶なんか家にない。文句を言ったら水を出してやろうと構えていたが、ノアは特に何も言わずにまた口に含んで飲み込んだ。どうやら舌に合わなかったわけではないらしい。

 空になったコップにゆづりはまた茶を注いでやると、ノアの向かいに座った。


「さっ、知っていること全部吐いて」

「刑事と犯人かよ。はいはい。まず、創造者を探さなくとも会える方法だろ?」

「そう。本当にあるんだよね」

「あるさ。そもそも創造者は全く姿を見せない訳じゃない。五十年に一度は会いにくる。次は運がいいな、約一年後だぞ」

「…本当に?」

「疑ってるんだろ。分かってる。ちゃんと一から説明するって」


 ノアはチマチマと麦茶を啜りながら、手をヒラヒラと動かす。


「まず、なんで創造者が中継場に来るかだろ?それは、シンギュラリティ率いる機械人に命令を下すためだ」

「あぁ、ソフィーが言ってた…」

「そう。機械人は創造者からの命令で生きている。その命令は五十年に一度更新しないといけない」

「なるほど。その命令を更新するために帰ってくるってことね」


 ノアはゆづりの補足に頷く。

 ソフィーが創造主に会ったことがなさそうなのも理由が分かった。彼女は創造者が前回来た時より後に、神になったのだろう。タイミングが悪かったのだ。


「じゃあ、ノアは創造者に会ったことがあるんだよね。どういう人なの?」

「さぁな。知らない」

「えっ?ノアって五百歳でしょ。もうその設定忘れたの?」

「こら、設定じゃない。れっきとした事実だ」


 ノアは貫禄ある姿を見せたいのか、ドンとふんぞり返ると足を組む。しかし、そんな程度で五百年生きたという重みが出るわけがない。なんだか威張ってる少年だなと、ほのぼのとした感想がゆづりの心で生まれてしまう。


「じゃあ、なんで創造者に会ったことないの?ノアが五百歳なら十回は創造者に会えてる計算になるんだけど」

「いや、創造者の姿は見れないんだよ。中継場の電気が落ちて真っ暗になるから」

「…それくらい魔法とかでなんとか出来ないの?」


 停電なんて、マッチでも付ければ、ただの人間であるゆづりでも対処できそうなのだが。魔法が使えるというノアなら、もっと簡単に部屋くらい照らせるだろう出来るだろう。

 まさか創造主と会える機会を棒に振ったわけではあるまい。何をしていたんだという目で見れば、ノアは頬を掻く。


「出来ないんだよ。電気が落ちるって言うか、靄が発生して見えなくなるというか…」

「魔法も大して使えないんだね」

「あっ、言っちゃいけないこと言ったな!」


 騒ぎ出したノアを放って、ゆづりはほっと安心のため息を吐く。

 いろんな星を巡って、創造者を見つけ出すのははっきり言って無謀だ。それをしなくてもいい手段があって良かった。ただ、五十年に一回なのがきついが。


「正直もう何も言いたく無いけど。ほら、何が聞きたい?ベランダ代として教えてやるよ」

「そうだなぁ…」


 八星の情報が無さすぎて、むしろ何を知りたいのかも分からない。ぼんやりと悩んだ結果、ゆづりは質問では無く約束の方に持っていく事にした。


「ノアはいつまで協力してくれるの?」

「そうだな、飽きるまでとか?」

「じゃあ、今後も私に全面的に協力するって約束してよ。それでベランダ代にする」

「ん?まぁいいぜ。どうせ人間の寿命なんて百年無いしな」


 どうやらノアはゆづりが不死にさせられたことを知らないようだ。しかし、わざわざ言う必要もないので黙っておく。


 気まぐれなノアのことだ。飽きたらすぐに創造主探しなんて辞めてしまうだろう。それで、ゆづり一人で探すことになったら、もう創造者を発見するのは無理だ。

 魔法が使え、しかも昔から神だというノア。性格は悪いし、イライラすることも多いが、創造者を見つめるためなら結構な逸材だ。逃すわけにはいかない。


 ゆづりの目論見にノアは全く気付かぬ様子だ。彼は麦茶をちまちまと口に入れては満足そうにしていた。


「……もう七時かぁ…」


 麦茶を美味しそうに頬張るノアを見ていると、お腹が減ってきた。ゆづりは立ち上がると、冷蔵庫を漁り夕飯の用意をする。そのついでに棚にあるクッキーの袋を手に取った。


「これ、あげる」

「わっ、クッキー!食っていいのか?」

「うん、どうぞ」


 ゆづりが皿に出したクッキーを差し出せば、ノアは幼稚児のような顔を見せて、皿を受け取る。そして躊躇うことなく、ポイと一枚口に放った。

 その姿をゆづりはしめしめという笑みで見届ける。そして、意地悪そうにクッキーの秘密を教えた。


「それ賞味期限切れてるから」

「んえ?」


 賞味期限が切れていると言っても、たったの三日前。しかも消費ではなく、賞味期限なので騒ぐようなものでは無い。

 しかし、水魔星の人間であるノアは賞味期限のことは知らないのだろう。消費期限という不穏な言葉の響きに不安になったらしく、嬉しそうな顔から一転して青ざめていた。

 動物園に行かされ、ベランダを貸してやったのだ。これくらい意地悪してもバチは当たるまい。

 ゆづりはノアの表情の変化に愉快愉快と呟きながら、夕飯を済ませるのだった。

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