16話 空白の王城にて 下
「失敗したか」
声の主はカツリカツリと革靴を鳴らして階段を下りてくる。城の中には明かり一つなく、暗闇に染まっているため、どんな人なのかまでは見えない。
だが、誰かは予想がつく。ここの星の神、『統治者』だろう。こんな悪役っぽいセリフと演出があるのだから。
ゆづりたちが開けた扉から差し込む新鮮な日は、中に差し込み階段の下段を照らしている。そこに一歩一歩と人影は進んでいく。そして、光まで後三段となった所で相手の姿が掴め出した。
「………」
朝日に照らされ顕になったのは、細身の男だった。
長い手足を燕尾服で包み、さらっとした黒髪を小綺麗に整えた生真面目そうな人。年齢は二十代くらいで、立ち振舞いがやけに上品だ。育ちの良さが滲み出ている。
ゆづりがこの人が統治者なのかとまじまじと見る横で、ノアは気さくに手を上げ彼に近寄っていた。
「どうも、はじめまして。俺様はノア、隣はゆづり。八星の関係者だよ」
「………」
「お前は統治者だよな?なんで一回も俺様たちに会いに来なかったんだよ」
「………」
「あと、門番を操ってたのはお前だろ?あぁいうのは可哀想だから止めろよな」
「…………」
「お、おい。何か言えって」
ノアの問いに男は答えない。虫でも見るかのような蔑んだ目で、壇上から二人を見下ろしていた。
まるで無愛想の境地に至ったような態度だ。あまりにも人間離れした姿に、ノアは肝を抜かれたらしい。笑顔を凍らせ、手を空中に留めたままピタリと静止した。
が、相手は動く。彼は口を動かすことはせず、さっと腕を上げた。すると。
「まっ…!」
ピキリと嫌な音が響き、ノアの立っていた場所が割れた。文字通り、床に亀裂が入り、バキリと。
その威力は凄まじい。なにせ、壊れた床の断片が城の外に出ていたゆづりの頬をいとも簡単に抉ったのだ。普通の人間がこの場に居たら今頃大惨事になっていただろう。
「おい、急に攻撃するのは卑怯だろ!」
しかし、ここにそんな貧弱な人間はいない。爆撃されようが、心臓を潰されようが、四肢を切り取られようが、何をされようとも死なない化け物しかいない。
現に、ゆづりは無傷だし、ノアに至っては男の攻撃を難なく避け切ってヘラヘラと笑っていた。
「……この虫が」
男はまたも自分の攻撃がノアたちに通らなかったからだろう。苛立ちや殺意を全身の至るところから溢れさせていた。そして、その感情に添うよう、彼は荒々しく足を踏み鳴らす。すると、どこからともなく糸が出現し、一本の太い糸を生成した。綱引きの時に使うような太さと長さの白い糸を。
この糸で一体何をする気なのだろうか。
ゴクリと唾を呑むゆづりの隣、ノアがへぇと低い声を出して一歩男に歩み寄っていく。
「あのさ、殺り合う前に一個言いたいんだけど」
「………」
「お前と俺様、今日がはじめましてだよな?なのに、なんでこんな怒ってんだよ?」
「………」
「おい、聞いてんのか?一応言っておくが、暴力に頼ってもムダだせ。負けるのは百パーセントお前だからな」
「黙れチビ」
「おっお前!ちょっと気にしてること言うなよ!」
初めて貰った男のレスポンスに、ノアの余裕そうな顔がガラガラと崩れる。そして、彼はシャアと威嚇する猫のような表情で、男へ指を向けた。刹那、業炎が指から吹き出され、男目掛けて飛んでいく。
「…おぉ……」
ノアが出現させた炎は、一気に大理石の床をルビーで埋めつくしていく。そのスピードにも度肝を抜かれたが、ゆづりの一番の驚きは炎の威力だ。
真っ赤に燃え盛る炎は、開いていた男との距離を一気につめた上で、高さは天井に下がっているシャンデリアにまで到達している。それでいて炎は収まる様子も見せていない。このまま城を灰にするまで燃やし続けるのだろう。
それは図星をつかれたにしても、やりすぎではないだろうか。
城を哀れに思ったゆづりは、おいおいとノアを咎める視線を送る。が、それは長くは続かない。
「無教養のガキめ」
そんな冷徹な言葉が聞こえたと、火が消えたのだ。燃えた痕跡すらも残っていない。
焦げた筈の床は黒ずみ一つない状態でピカピカと艶を放っていたし、火に炙られていたシャンデリアは、爛々と光を放ったまま静止していた。
「………」
まるで何事もなかったかのように平然としている城。
勿論、ゆづりには訳が分からない。理解できていない。つまり、これは魔法だ。あの男が論理も常識も全てを覆す魔法を使用したのだろう。
「おぉ、やるなお前!俺様のライバルとして認めてやるよ」
「………」
「まーた無視かよ!おい!」
ゆづりが思考停止状態で固まる傍ら、二人は爛々と殺意をぶつけ合っていた。
だからだろう。彼らはまるで裏で言い合わせていたかのように、なだらかに戦闘モードへと突入しだした。
「……ど、どうすれば…」
糸を片手で振り回しノアを撲殺しようと迫る男。それに対しニヤニヤと頬を緩ませて逃げつつも重力魔法で迎撃しているノア。
端から見ている分にはただの鬼ごっこなのだが、いかんせん危険だ。鬼の持つ糸に掠めでもしたら、おそらく体が木っ端微塵に砕けて死ぬ。そして、ノアの魔法に巻き込まれたら、マントルまで生き埋めにされて死ぬ。
とても魔法使いではないゆづりが乱入出来る鬼ごっこではない。だから、ゆづりは二人に巻き込まれないよう、遠くから結末を見守ろうとしたのだが。
「いや、私も動かないと!」
ここでボッーと立っていても時間の無駄にしかならないだろう。なら、ノアが男の足を止めているうちに、ゆづりは『理想者』の資料でも探しに行こう。
そう思い付くと同時、ゆづりはノアと男を通り越して階段の置くにある扉に体ごとぶつかった。そして、出来た隙間に体を捩じ込むと、転がるようにして廊下を駆け抜ける。
男はゆづりが好き勝手動いたことに怒っているのだろう。背後から「あの女……!」という罵声が飛んできた。が、ゆづりが足を止めることはない。止める必要がないからだ。
「多分、ノアがなんとかしてくれるだろうし」
ノアは男を制圧した後、こちらに合流してくれるだろう。だから、ゆづりは男を気にする必要はない。ただ資料を探せばいい。
彼の戦闘能力を信じたゆづりは、手当たり次第に扉を開け中身を確認していく。ずらっと並んでいる数多の扉から書庫や書斎を見つけるのは骨が折れそうな作業だが、文句を言ってる暇はない。考えるより先に手を動かせと自分を鼓舞して、扉をドンドン開け放っていく。
「やっぱり誰もいないだな」
いくら城の奥へ進んでも、いくら扉を開け放っても人の姿は何処にもない。
長い廊下は静かに電球が着いているだけで人の気配はない。数多の部屋も掃除はされているらしく埃を被ったりはしていないが、使われていないのがありありと分かるくらい整然としていた。
やはり、代々火敵星の神をやっていた王族たちは全滅したのだろう。
ゆづりは部屋に放置されている家族写真から目を背け、向かいの扉を開け放つ。すると。
「……蜘蛛?」
部屋の中央で、爪ほどの小さな蜘蛛がもぞもぞと動いていた。
別に蜘蛛ごとき珍しくもなんともない。しかし、やけにゆづりの目を奪う。色が白で珍しいからか、無機物しかない城中で見かけた有機物だからか。それとも。
「危ない気配がするから、だろう?」
不意に声が聞こえた。ゆづりの後ろからでも上からでもない。今、見ている蜘蛛から、声がした。あの、ノアとやりあっていた男の声が。
ゆづりが嫌な予感にたじろぐ前に、蜘蛛は嘲笑うかのようにぐちゃぐちゃと形を変える。そして、気づいたときには蜘蛛は亡く、あの男が立っていた。
「うそ…」
ゆづりの目の前で、男のトパーズの瞳が光る。逃げないといけないと分かっていた。早く動けと。しかし、男の威圧的な瞳の色に腰が抜けてしまった。勝てないと悟ってしまった。
動くことも出来ず、ただ呆然と床にしゃがむゆづりに、男は無言で人差し指を向ける。すると爪先から白い糸が生え、ゆづりの首に纏わり付いた。それを皮切りに、糸はあっという間にゆづりの全身にまとりつくと、身動きも取れなくなるくらい頑丈に縛り上げていく。
「帰れ」
糸に視界までも侵食される中、ゆづりが最後に見たのは男からの殺意だった。




