7話 五百年前の道しるべ
「すでに存在する人間に神の記憶と知識を伝え、転生する際にその人の人格に潜り込む。
私の一つ前に地球の神だった『悲観者』はこの手を故意に又は無意識に用い、ただの地球人の人格に潜り込み転生していた。
しかし、何かが不完全だったらしく、同一の口癖、仕草、似たような性格が見て取れただけで、八星の事や神のことは忘却していた。
ならば私は彼女と違い、神としての記憶を維持したまま転生をしてみようかと思った。
動機は特にない。暇潰しを兼ねた、自分の頭脳との戦いだ。
私はちょっと頑張れば、転生くらい出来るだろうと踏んでいた。が、全く上手く行かなかった。
まず、私の人格が入るであろう人間が世界中何処を見つからなかった。当たり前だ。そもそも、そんな人間がいるかどうかも分からない。探したところで、ホイホイと見つかるわけもない。
ならば、私が自ら転生した後に器となる人物を作ろうとした。只の人間を私の人格を入れるための器に作り直し、私の知識の全てを伝えてしまおうと。
しかし、この方法でもうまく行かなかった。
他人に自分の特徴を入れることが出来ない。他人は他人、自分は自分。交わることなどあり得ない。どんな人間にも自我は存在する。それを取り除かないと他の人格を入れるのは難しい、と。
限りなく自我が薄かったり、廃人にでもさせれば新たな人格を注げるだろうが、人道に反する。
『悲観者』に詳しく話を聞きたかったが、彼女に神としての記憶はない。
私は転生することに対して意欲を失い掛けた。が、こんなことで諦めたくもないので、もう少し頑張ることにした。」
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現在は放課後。
ゆづりは休み時間に語句調べを行い、たった今なんとか文章を生成した。
結果出てきた文は失敗を報告するもので少し落胆したが、まだ何か手はあるらしい。これからも、翻訳に追い回される生活になりそうだ。
ゆづりは手元の資料と本を手にして、中継場へ向かう。そして、しばらく寝た後、部屋を出た。
「おっ、ゆづり。来たのか」
昨日は宇宙空間部屋に誰もいなかったのだが、今日は部屋の真ん中にノアがいた。
彼はゆづりに気づくと、クッキーを食べていた手を止めてこちらを振り返る。その近くには、開いたままの本が置いてあった。
どうやらノアも何か探してくれているらしい。ズボラに見えて結構仕事人だ。
「どうだ、何か進展はあったか?」
「これ、『開発者』が残した資料なんだけど」
ゆづりは軽い説明と共に開発者の本を見せる。ノアは受け取るや否や本のページをパラパラ捲っていた。しかし、英語で書かれた内容は彼は理解できなかったらしい。すぐ本を閉じると、ゆづりの説明に耳を傾けていた。
「へぇ、記憶を保持したまま転生できる、か。面白いな」
「でしょ。もしかしたら創造者のことを知った神が、その記憶を持ったまま転生しているかもしれないしさ」
「あぁ、そういう可能性もあるのか」
「そうそう。それでさ、歴代の神の中で創造者について何か知ってた神とかいないの?」
「残念だが、知らないな。つーか、創造者のこと知ってるヤツがいたら、とうの昔に神様全員が創造者について知ってるだろ」
「それもそっか」
創造者がどんな人か分からなかったから、今でも創造者について知っている人がいない。ノアのごもっともな指摘に、ゆづりは口を噤む。
もしかして、転生関係で創造者の正体を暴くのは無理なのだろうか。開発者が創造者について知っていないなら、探す意味もないし。
ゆづりがそう思い立った時、ノアが思い出したように声を上げた。
「でも、『理想者』なら知ってたのかもしれないぞ」
「りそうもの…?」
「あぁ。三大賢神の一人だ。他の賢神…叛逆者も開発者も色々やってたんなら、彼だって何かしててもおかしくないだろ」
賢神とは神の中でも優れた功績を上げた神の呼び名だ。土獣星の『叛逆者』、地球の『開発者』がその一角を担っている。ノアは最後の一人、『理想者』が創造者について何か知っているのではないかと言っているのだ。
確かに叛逆者は創造者について何か知ってそうだったし、開発者も転生云々で有益な情報を残している。
なら、あと一人の賢神、理想者も何かしらの情報を持っていた可能性は高いだろう。
「『理想者』ってどんな神なの?」
「今の『統治者』の十個前、五百年くらい前に火敵星で神をやっていたヤツだな」
「五百年…結構前だね」
他の賢神と比べると、かなり古い時代の神だ。記録や日記が残っているかも怪しくなってくる。
「五百年前の資料なんて残ってるのかな」
「まぁ、難しいだろうな。資料室にあるか……それか王城にでも記録が保管されてたりするかもな」
「王城…?」
「理想者は王だろ?なら、家は王城だ。王の残した文章なら、かなり厳重に扱われてると思うぜ」
「あぁなるほど」
開発者は他の神と異なり、王という高貴で崇高な身分の神だ。王の遺物なんて博物館とか資料庫などに保管されていてもおかしくはない。残っていればの話だが。
「時間がある土日にでも、火敵星に行ってみようかな」
「なら、俺様もお前について行くよ」
「なんで?」
「火敵星は魔族と人間の間で戦争中だ。自衛手段がないと巻き込まれるぞ」
「戦争…」
ノアはボリボリとクッキーを食らいながら平然とした様子を見せる。一方、ゆづりはまたも物騒な雰囲気を纏う星に顔を引き攣らせた。
土獣星は説明するまでもなく物騒だったし、ノアの水魔星も戦争中で大変だと聞いた。それに加え、火敵星もなかなか荒れているらしい。八星には危険な星しかないのだろうか。
「分かった。行くときは呼ぶよ。ノア、強いもんね」
「まぁな。特別攻撃魔道士隊副隊長兼魔道士育成学校特待生だからな!」
「……呪文?」
「職業だよ!」
ノアは不満げに自分が人間だった時の職の詳細を話し出す。軽く聞く限り、ノアもどうやら偉い身分にいたらしい。といっても理想者とは異なり、生まれが特別という話ではなく、魔法の腕で上り詰めた武道派の立場のようだ。
彼の実力に関してはゆづりも評価している。ノアは紅玉やいすずが苦戦したであろう桃も一瞬で完封していたのだ。かなり戦闘能力は高いのだろう。
「あ、そういえば桃見てない?」
「ん?あぁ、アイツなら資料室にいると思うぞ」
ノアは開きっぱなしの扉を指指す。てっきり飽きただの怠いだの言ってどっか行ってしまったのかと思っていた。が、約束はしてくれているらしい。
「ちょっと行ってくる」
「へいへい。気を付けろよ」
ゆづりは皿からクッキーを一枚掠め取ると、資料室に向かう。後ろからノアの何か抗議するような声がしたが無視一択だ。
もぐもぐとお茶の味がする生地を味い飲み込んだところで資料室につく。果たして桃はどれくらい働いてくれたのかと思いつつ、扉を開ければ。
「桃……」
桃は本棚に凭れて寝顔を晒していた。しかし、その周りには大量の本が開いたまま放置されている。やはり、ちゃんと仕事はしてくれたようだ。寝てしまってはいるが。
ゆづりはそっと桃に近づくと、彼女が手に持っていたゲームを起動させる。すると、桃はビクリと体を揺らし起き上がった。
「あー!ピコピコ!」
「えっ、ちょっ、まっ、待て!」
寝起きとは思えないスピードで、桃はゆづりへ飛びかかってくる。ゆづりはびっくりしてゲーム機を取り落としそうになりつつも、桃を手で制した。
「その前に!本は見つけてくれた?」
「ん」
桃は一冊の本を指指す。そこには古ぼけて黄ばんだ表紙の本が置いてある。
かなり古そうな本だ。雑に扱ったらホロホロと崩れてしまうだろう。ゆづりはそっと本を手に取り、中身を確認した。本は手書きで書かれた日記のようなもので、読めない文字が淡々と連ねられている。
「っていうか、これ火敵星の文字だ」
ページに刻まれている文字は、昨日理解者に翻訳を頼んだ本と全く同じだった。おそらくこの本の持ち主は火敵星の神なのだろう。
「もしかして、『理想者』の物だったりするのか…?」
三大賢神である、火敵星の元神『理想者』。火敵星の文字で書かれた創造者についての記述がある本。
まだ結論付けるには早計だが、かなり重要そうな本なのは確かだ。
「ね、もういいでしょ。ピコピコ返して」
「うん。ありがとう、助かった」
ゆづりは桃の手にゲーム機を置く。すると、桃はごろりと床になり、ピコピコへ全てを奪われていった。
このままだと間違いなく桃はゲーム依存症になる。ちょっと心配になるが、暇があれば誰かを殺そうとするのだ。殺人依存よりもゲーム依存にでもなった方が、幾分マシだろう。
ゆづりはゲームをやり始めた桃の怒りを買わないように、音もなく部屋を出た。
登場人物
ゆづり…主人公。創造者を探している。
『開発者』…古の地球の神。創造者について何か知っていた?
ノア…水魔星の神。ゆづりの創造者探しに協力してくれている。
桃…土獣星の神。なんやかんやゆづりの隣にいる。
理解者…木黙星の神。全ての星の言葉を読むことが出来る。