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異世界たちと探し人  作者: みあし
一章 土獣星編
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四話 動物園へ行こう


 今、ゆづりの目の前に広がっているのは、見慣れすぎた光景だった。

 新鮮な日差しが差し込む朝の色と、ザワザワとクラスメイトが騒ぐ音は、紛れもなくいつもの教室を示している。

 先程までいた八星と全く違う風景に、ゆづりはすぐに状況を悟るとため息をついた。


「帰ってきた……」


 八星から無事、地球に帰って来れたらしい。

 すっかり脱力して、そばにある鉄枠に体を預けながら、ゆづりはへへと笑う。


 このベランダから飛び降りたら、八星に拉致られて、神とやらにキスをされて、不死の体になった。そして、ソフィーにかけられた呪いを解くには、正体不明の八星の創造者を見つけないといけない。


 改めて振り返ると訳のわからない展開だ。ゆづりはその場にしゃがむと、本来自分が寝ていただろう場所を見下ろす。


「ここでくたばる予定だったのか…」


 落下地点は灰色のコンクリートで、落ちたらまず死んでいただろう。ほんの数十分前のゆづりは、ノロノロとベランダに出て、欄干を飛び越えた。


 だが、なぜだろう。今のゆづりはその気が一切失せていて、下を見ても下手な笑いしか出てこない。間違っても飛び下りようとは思わなかった。


 死んでも無駄だという思いからなのか、八星への興味が死を上塗りしたのか。

 いずれにせよ、ゆづりの足は早々にベランダを出て、自席へと進められていた。



****



 淡々と授業を受け続け、気づけば昼休みになった。ゆづりは適当に給食を腹に詰めると、図書館に向かう。読書が目的ではなく、八星への情報を得るのが目的だ。


「とはいってもないと思うけど」


 授業間の休みに、ネットを用いて八星と検索した。だが、一切情報はなかった。当たり前だ、八星は霊界のようなものだろうから。


 でも、もしかしたら図書館には何か資料があるかもしれない、という期待を抱き、県内有数の本量を騙る自校の図書館に向かっていたのだった。


 滅多に行かない図書館に着くと、人はほぼゼロで閑散としていた。

それを好都合に、ゆづりは忙しなく本の林を歩きながら、適当に本を引っ張っている。

 まずは天文学のコーナーを抜け、宗教系統のコーナーに行く。すると。


「やっほー」


 ふと聞いたことのある声がゆづりの耳元に響く。ゆづりは驚き、叫びそうになりながら振り返る。

 すると、思わず顔を顰めてしまう相手がニヤニヤと笑っていた。


「ノア?なんでここに…」

「暇だから来た。どーお?」

「……暇なら創造者探してくれませんかね」


 ノアだ。彼は何故かゆづりの学校の学ランを身につけて、本棚にもたれていた。

 げっと嫌悪感を示すゆづりに構わず、ノアは物珍しそうに本を物色している。その姿は普通の真面目な生徒に馴染んでいるが、コイツは人間じゃ無い。

 その心中を汲み取ったのか、ノアはケラケラと声を殺して笑う。


「俺様のことは誰も見えて無いよ」

「なんで?」

「俺は水魔球の魔法使いだからだよ。命なんてここに無い」

「…?ふーん」

「わかってないな。まぁ見てろ」


 ノアはそう言うと、急に大きな声で喚く。バカだのアホだの小学校で聞こえるような言葉が喚き散らされていく。静かな図書室に場違いな声が響き、ゆづりがゾッとするが、周りの人は何も反応しない。


「ま、そういうことね。因みに触っても平気」

「はぁ」


 ノアは適当な生徒の肩に手を置き、片手を揺らす。言うまでも無いが、その生徒は反応しない。意味は分からないが、現象は分かった。


 調子に乗って生徒の本を盗もうとしているノアの頭を引っ叩くと、ゆづりはノアに背を向ける。そして椅子に座り本を開いたのだが、なぜか隣にノアが座ってくる。

 ゆづりはなんだよこいつと睨んだが、ノアはキラキラした表情で大きな図鑑を見ていた。動物の図鑑のようだ。白い下地に多くの動物の写真が貼ってある表紙が目に入る。


「ゆづり見ろ。熊が白黒だ。なんて名前だ?」

「パンダ」

「じゃあこれは?首が長いトラ?」

「それはキリンね」

「じゃあ、これは?」

「しまうま」

「これは?」

「……絵の下に説明ついてるでしょ」

「いやいや、俺様が日本語なんて読めるわけないだろ」

「…えっ、どういうこと?今、日本語話してるよね」

「それは神の権能の一つだ。神の話した言葉は神じゃない人でも理解できる。そんで一般人から話された言葉も、神は理解できる」


 また訳の分からない話が出てきた。下手に突っ込んでもどうせ分からない。ゆづりのような神でない人間でも、ノアやソフィ-といった神たちと会話するのに困難は無いとだけ理解しておく。


「んで、これは?」

「ゾウ。…ねぇ、もう面倒だから動物園行って学んできなよ」


 動物園には音声で展示されている動物を説明する機械があった気がする。それならノアでも理解出来るだろう。何より面倒事が起こる前にさっさと学校から離れてほしい。

 そんな思いを込めてノアを睨めば、彼はきょとんとした顔で首を傾げていた。


「動物園?なにそれ」

「世界各地の動物が見れる場所だよ」

「へぇ、面白そうだな。行きたい!行こう!」

「近くにあるから一人で勝手に行ってね」


 幸い動物園が学校の近くにある。そこまで大きくは無いが、キリンなどメジャーなやつはいるだろう。

 ゆづりが冷たくあしらうと、ノアはニコニコと笑って顔を覗いてくる。そして一緒に行こうと誘ってきた。

 当然無視だ。ゆづりは聞こえないふりをすると、黙って本のページを捲る。


「行こうよ。ゆづりは暇だろどうせ」

「うるさい。暇じゃない」

「じゃあ俺様に付いてきてくれたら、創造者について教えてやるけど?」

「えっ、知ってるの?」

「もちろん。動物園行ってくれるなら言ってやるよ」

「………」


 なるほど。面倒なことになった。

 ゆづりはニマニマとしているノアの面を苛立ちげに見つめつつ、頭を回す。


 まず、前提としてゆづりは動物園なんぞに行きたくはない。時間の無駄だし、金も掛けたくない。ノア一人で楽しんできてほしい。

 しかし、ノアはゆづりと動物園に行かないと、情報は教えないと言っている。何とか丸め込んでノアの話に乗らずに情報だけを引き出したいが、まぁ無理だろう。ゆづりは口下手だ。とても説得なんぞ出来ない。


「………はぁ……」


 ただの人間が調べても、八星について手に入る情報は皆無だろう。一方ノアはソフィーと同じ立場の神。何かしらの情報は持っているはず。

 面倒だが、ノアと動物園に行った方がメリットはある。そう考えたゆづりは、わざと大きなため息を吐いた。


「分かった。行こう」

「よっしゃ!」


 ノアは机の上でガッツポーズを決める。

 皆が静粛に本を読んでいる中、一人机上ではしゃいでいるノアは滑稽でシュールだ。

 変なやつ。ゆづりは思わず笑ってしまっていた。



****



 動物園に行く事を約束した休み時間が終わり、午後の授業も終わった。

 ほんのりとオレンジに染まっている空の下、ゆづりとノアは並んで歩いていた。

 向かう先は動物園。まさか学校終わりに行く羽目になるとは思わなかった。


 勿論、ゆづりは行くのは土日にしようと言った。時間も多いし、予定もないから。しかし、その説得がノアに通じる事はなかった。今日がいいとずっと喚いていたのだ。そして、授業中も隣でずっと騒いでいたため、押し切られる形で承諾してしまったのだった。


 不機嫌なゆづりとは対照的に、ノアはご機嫌そうだ。図書室で借りた本を抱え、スキップしそうな勢いで隣に並んでいた。


「じゃーん!見たい動物、メモしたんだ」

「…まさか本に直接書いたわけじゃないでしょうね」

「まさか!ちゃんとノートに書いたぞ」


 ノアは自慢するようにノートを開いて見せつける。その内容を見るより先に、ノアの使っているノートがゆづりの数学用ノートだと気付く。いつの間に奪っていたらしい。ゆづりはバシッとノートを奪い、丸めてノアの頭に叩きつけた。


 目を白黒させるノアをよそに、書かれている文字を見る。日本語は書き慣れていないらしく、歪な字が連ねてあった。しかし読めないことはない。きりん、ぱんだ、しまうま、ぞう。ご丁寧にイラストまで添えてある。それも下手くそで余計分かり辛いが。


「残念だけどパンダはいないよ」

「えー。そんな事あるのかよ」

「パンダは高貴な生き物なんだから」

「なんだそれ」


 拗ねた様子のノアの手を引き、動物園の入場口に向かう。平日かつ閉園間近なのが相まって人が少ない。どこと無く寂しい感じがした。

 入り口に貼ってあるポスターを見ると、閉園は十八時で最終入場は十七時だと書いてある。今は十六時半程度だからギリギリ間に合った。


 学生証を提示して、入場門を潜る。ノアはやはり人に見えないようで、そのまま素通りしていた。


「六時までだから。さっさといくよ」

「はーい」


 パンフレットを広げ、ノアが見たい動物を見れる最短ルートを考える。キリンとゾウはサバンナ繋がりで近い場所にいる。シマウマもそこから遠くない場所にいるようだ。


 チョロチョロと動き回るノアに声を掛け、サバンナスペースに向かう。その途中で、早速お目立ての動物がいたらしい。


「いた!おい、いたぞ!きりんだ!」

「はいはい」


 キリンの長い首が見える。ノアはそれを見つけるとすぐに走り出した。ゆづりは走る気も起きず、ノロノロと後をついて行く。


 その道程で、すれ違った母子と目が合う。不思議そうなものを見る目だった。その一瞬はその視線の意味が分からなかったが、しばらく足を進めて気付く。


 おそらく、放課後に中学生が一人で動物園に来てるのが不思議なのだろう。しかも、本人はあまり楽しそうでない様子。変だと思われても当然だ。


 そう思い始めると、なんだか恥ずかしくなってきた。自分は一体何しているんだろうか。さっさと帰りたい。


「早くしろよ、ゆづり!」

「はいはい」


 しかし、ノアがそんなゆづりの気持ちを分かるわけがない。

 彼は次から次へと動き周り、節操なくゆづりの名を呼んでは大騒ぎする。ゆづりはその声に反応しないよう、我を殺してひたすらノアについていった。


 そのままお目当てのゾウとシマウマを見て、他の動物も見てノアはようやく満足したらしい。動物園の出口が近くなる頃には、日が落ちかけていた。早く帰ろうとするゆづりをよそに、ノアはある建物の前で足を止める。


「ここは?」

「お土産屋。ぬいぐるみとか食べ物とか売ってるよ」

「行く!」


 吸い込まれるように店に入っていくノア。ゆづりも仕方なくついて行った。入ると早々、熊のぬいぐるみと目が合う。可愛い。

 ノアはあれこれとぬいぐるみを触ったり、菓子が飾ってあるガラスを叩いたりしていた。


 物を買うには当然お金が必要だ。ノアはお金は持っているのだろうか。嫌な予感にゆづりが顔をしかめていると、ノアは予想通りのことを言ってきた。


「なぁ、これ食いたい。あとこの子も欲しい」

「お金は?」

「持ってるわけないだろ」

「………」


 ノアの姿は周りの人間には見えない。だから、万引きしてもバレることはなさそうだ。しかし、犯罪行為をさせるのは気が引け、気づけば財布を取り出していた。


「ありがとうございましたー!」


 レジ打ちの女性の挨拶を片耳に、購入したクッキーと熊のぬいぐるみをノアに渡す。クッキーは動物をモチーフにしたもので、可愛いは可愛い。ぬいぐるみも目がくりっとしていて、なかなか愛らしい。だが、値段は割高で可愛くない。


 不測の出費に顔が曇るゆづりに対し、ノアはご機嫌そのものだ。後で金返せと言いそうになるゆづりを制して、先にノアが口を開いた。


「ゆづり、ありがとう。それと、楽しかった!」

「……よかったね」


 屈託ないノアの笑顔に毒気を抜かれたゆづりは、静かにため息を吐いて、それ以上言うのを止めた。

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