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異世界たちと探し人  作者: みあし
二章 火敵星編
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3話 正体不明の神様


 クラスメイトと別れたゆづりは、そのまま急ぎ足で帰路を遡り、教室に戻った。

 幸い教室には誰も残っていない。みんな帰ったか、部活にでも行ったのだろう。

 ゆづりは注意深く辺りを確認してから、ベランダから外に身を投げる。そして、目覚めるとすぐに資料室へと向かった。


「みんな忙しいんだな」


 部屋を這い出て宇宙空間部屋に行けど、そこに神の姿はない。それは資料室でも同じで、大量の本しか残っていなかった。どうやら神たちは自分の星に行っているようだ。

 ゆづりは少し寂しいなと思いつつ、資料室の本から一冊の本を手に取る。そして、ペラペラと紙を捲って中身を確認した後、また本を本棚に戻して、新たな本へと手を伸ばした。


 現在、ゆづりが探しているものは、『叛逆者』の手記の一編だ。


 ゆづりは紅玉たちの家に彼の手記があると踏んでいた。しかし、彼の家はご存知の通り、竜によって焼かれ無くなった。

 それを知った時、ゆづりは手記も燃えてしまったのだと落胆して、絶望したのだが、今は違う。


 そもそもあそこに手記があったという確証はないのだから、もう一度資料室を探せば何かあるのではないか、と考え直していたのだ。


「それでも大変だけどね」


 土獣星の字形、そして叛逆者の筆跡はなんとなく頭に入っているとはいえ、その記憶に従ってこの大量の本を選別するのには、時間がかかる。根気よくやったとしても、一ヶ月はかかるだろう。

 それを考えると気力がごっそり奪われるが、これ以外にゆづりに出来ることはない。ゆづりはフツフツと沸き出る諦めと疲れを無視して、本と戦い続ける。



 そのまま、本と格闘し続けて小一時間経った。が、最初の予想通りめぼしい成果は出ず、ゆづりの頭だけがおかしくなっていった。

 このまま刑務作業をしていたら、ゆづりが壊れる。今日はもう諦めようと、ゆづりが一歩本棚から距離を取ったその時。


「これ、英語じゃん」


 びっしり詰められた本棚の一角から、とある本に目をつける。『Developer』と背表紙に刻まれた、いかにもな雰囲気を醸している本を。


 Developerは開発する人とか、そんな意味だったはず。ゆづりが曖昧な英単語の記憶を掘り返しつつ本を見ていれば、とあることを思い出した。


「これって、もしかして三大賢神の一人のやつか…?」


 ノアは、土獣星の『叛逆者』、地球の『開発者』、火敵星の『理想者』が三大賢神だと言っていた。

 この『Developer』を神の名前のように訳すならば、おそらく『開発者』になる。加えて、この本に使っている言語は地球の英語。この本を三大賢神のものだと見なすのに支障はない。


 ゆづりは沸き出る興奮を隠しきれず、紙を捲る。すると、そこには筆記体の英語が紙一杯にびっしり埋められていた。


「おぉ…」


 馴染みのない筆記体に、この分量。英語はそこそこ分かるゆづりでも、翻訳には時間がかかりそうだ。


「……理解者に訳してもらうか…」


 この本を木黙星に持っていけば、一瞬で翻訳が終わるだろう。しかし、あの翻訳機は一日一回しか使えない。その貴重な機会を、頑張れば読めるであろうこの本に使ってしまっていいのだろうか。


「いや、ダメだ」


 理解者に翻訳を頼むなら、ゆづりがどう頑張っても読めない本をお願いしたい。

 ゆづりは甘えの精神をピタリと絶ち切り、全く見たこともない文字で書かれた本を手に取る。言うまでもないだろうが、叛逆者の手記探しはまた今度に回す。今日は疲れたから、これでしまいだ。今は開発者とやらの翻訳を優先したい。


 完全に開発者へと気を取られたゆづりは、さっそく冒頭部分を訳しながら資料室を出る。

 すると、昨日と同じようなドンドンと何かが壁にぶつかるような、まるで昨日桃が部屋で暴れていた時のような音が、宇宙空間を支配していた。

 

 どうやらまた桃が乱暴しているらしい。

 ゆづりはげんなりしつつも、音のする方へ進む。すると、やはり扉が多くある廊下にたどり着いた。

 しかし、ゆづりの予想に反し、音源は土獣星ではない。その向かいにある扉の中だった。


「これは火敵星か…?」


 白いチョコレートのようなデザインをした扉。今までゆづりが一回も触れたことのないその扉は、おそらく火敵星のものだ。

 

「何してんだろ」


 ゆづりは八星の中で唯一、火敵星の神にだけ会えていない。『統治者』がどういう人なのかも知らなければ、火敵星がどういう星なのかも把握していない。思い返せば、色々謎だらけの星だ。

 気になる。だが、開けるのは気が引ける。好奇心と恐怖心を天秤に掛けた後、ゆづりは扉を開ける選択をした。


「お、お邪魔します…」


 ギギィと古ぼけた音と共に部屋を覗けば、内装は俗にいうゴミ屋敷のようになっていた。部屋は基本埃っぽく、中央に置いてある机と椅子の足は折られていて、壁は黄ばんで汚れていた。

 壊れていたり、埃を被っていたりと凄惨な状態の家具たちだが、おそらく全て高級品だ。ゆづりには審美眼など一切ないが、家具たちの持つ豪奢なオーラには流石に反応する。壁にかかっている風景画なんて、美術館とかにあるようなものではないだろうか。 

 色々気になる点は多い様相だったが、そんなことよりも意識は他の事へ向く。

 

「…誰もいない?」


 さっきまではドンドンと何者かが扉を叩いている音がしたのに、部屋の中にはそんな音もなければ、誰かがいる気配もないのだ。それにさっきまで誰ががいたような雰囲気もない。

 誰もいない部屋から、誰かがいるような音がしている。

 間違いない、お化けだ。


「お邪魔しましたっ!」


 急なホラー展開にゆづりは勢いよく部屋を出ると、後ろ手でバンと扉を閉めた。そして、せかせかと足を進め、火敵星から素早く距離を取る。

 安心しろ、入室してから三十秒も経っていない。それに下手に物にも触れていない。呪われるわけがない。

 それでも恐怖からかバクバクと心臓が激しく震える。なんだか誰もいないはずの廊下に、何かいそうな気配までしてきた。

 疑心暗鬼になってしまったゆづりは、なりふり構わず木黙星のノブを捻る。そして、逃げ込むように部屋の中へ入った。


「いらっしゃい」


 礼儀もへったくれもなく、駆け込むような形で入室したゆづりにも、理解者は穏やかに歓迎の意を示す。そして、パッと木から青年の姿へ変化すると、近寄ってきた。

 親しみやすい理解者の態度に、ゆづりはピタリと静止する。なぜなら、彼の格好がいつものパーカーと半ズボンというスタイルから大きく変わっていたからだ。


「スーツですか?」

「うん。葬式の時に切る衣服らしいから、着てる」


 理解者は明らかにサイズが合っていないスーツの袖をヒラヒラさせる。ゆづりは彼の云う葬式という言葉でいすずのことを思い出し、少し悲しくなった。


「あのね。あの子に文字教えたのボク。彼女、よくここに来てたから」

「……そうだったんですか」

「うん。だから悲しい。死んでほしくなかった」


 珍しく無表情を崩し、寂しそうな影を顔に落とす理解者。肩に乗っているピピもちゅんと悲しげに鳴く。

 いすずは語学がかなり堪能だった。ゆづりはてっきり独学で何とかしたのだと思っていたが、理解者の力も借りていたらしい。

 それでも凄まじい努力が必要になるという点は変わっちゃいないが。


 ゆづりも暗い顔をして何も言えずに言えば、理解者が音もなく隣に並んでくる。そして、風にでも吹かれたかのように顔を下ろすと、ゆづりの顔を覗き込んだ。


「だから、今度はキミが勉強する。どう」

「えっ」

「そしたらここに来なくても、キミは文字が読める」

「それはそうですけど…」


 理解者はゆづりに、いすずのように言語を学べと言っているらしい。

 確かにゆづりが八星の言葉を使えるようになれば、翻訳の効率はかなり上がるだろう。しかし、そう簡単に言語が使えるようになるわけがない。数年取り組んでいる英語でさえ、まだマスターには程遠いのだ。八星にあるすべての言葉を知るには、百年じゃ到底足らないだろう。

 あまり芳しくないゆづりの返事に、理解者は無言でしゃがむと木を指差す。するとピピが飛んでいき、葉っぱを数枚咥えて戻ってきた。


「あげる」

「これは?」

「創造者を意味する言葉。これが竜語、魔語、天機語」


 理解者は七枚の葉っぱを並べる。どうやら各星の一番メジャーな言葉で、『創造者』と書いてくれたらしい。漢字に似たような文字や、アラビア語のような蛇に似た文字までいろいろ、葉っぱに刻まれている。

 これがあれば、創造者の文言がある本が木黙星に来なくとも分かる。普通に有用なものだ。ゆづりはお礼を言うと、大事に制服のポケットにしまった。


「で、今日はその本を訳せばいいの」

「はい。お願いします」


 そっと細い腕を伸ばしてきた理解者の手に、ゆづりは持っていた本を乗せる。すると、理解者はペラペラページを捲り、その内容に目を通した。そしてあっと声を出した。


「これ、火敵星の字」

「えっ、火敵星ですか」

「うん。なんか気になることあるの」

「その…実はここに来るときに、火敵星の扉がドンドンって叩かれてたんですよ。でも、実際、部屋には誰もいなくて」

「ふーん」


 ゆづりは先程の心霊現象を理解者に話す。部屋から音がしたこと。中を覗いても人の姿は無かったこと。かなりの時間、放置されているのか埃だらけだったこと。

 理解者は相槌を打つこともなく淡々と耳を傾けていた。そして、ゆづりが口を閉ざすと一言、変なのとだけ感想を述べる。


「火敵星の神…『統治者』はいないのに」

「……?火敵星って神はいないんですか」

「いるにはいる。でも、誰も統治者がどんな人なのか知らない」


 訳の分からぬ説明にゆづりが首を傾げれば、理解者はたどたどしくも詳細を話してくれた。


 まず、火敵星の神は在位についている王様がなるという伝統があるらしい。統治者の前代である、火敵星の神『異端者』も例に漏れず王様だった。

 しかし、およそ百年前、彼は不意に姿を消し、中継場に姿を見せなくなった。彼を心配した他の星の神が火敵星の様子を見に行くと、彼はすでに死んでいて、多くいた彼の子供たちも皆亡くなっていた、とのこと。

 唯一分かっているのは異端者の死後、『統治者』が火敵星の神になったことだけ。 

 しかし、『統治者』は中継場に来たことはなく、神たちもどんな人なのか知らないのだと言う。


「……本当に『統治者』とかいう神はいるんですか?子供が全滅しているなら、神をやる人もいないですよね」

「統治者って名前を創造者がつけた。そして、他の神に知らせた。だから、いることはいる」


 正体不明の火敵星の神、『統治者』。

 ゆづりが神に今だ会えていないのは、タイミングが悪かったからだと思っていたが、そうではなく誰にも姿を見せていないだけのようだ。理解者が知らないとなると、おそらく正体を知っているのは、創造者のみなのだろう。

 

「なんだか気になりますね」

「うん、時間があったら火敵星に行ってみたら」


 なぜ姿を見せないのか。どんな人が神の座についたのか。

 他の神とは違い、そもそもの段階で謎が多い。当然気にもなる。


 百年も姿を見せていない理由が、『統治者』こそ創造者だから、とかだったら面白いのだが。

 ゆづりはまさかあるまいと思いつつ、「時間があったら見に行きます」と返した。

登場人物


ゆづり…主人公。『創造者』を探している。

『理解者』…木黙星の神。ゆづりが読めない本を翻訳してくれる。

桃…土獣星の神。喧嘩大好きな野蛮な娘。

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